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9(フランツ)

曲が終わっても戻らない二人を見つけ駆け寄りあの男の手を叩いた。



ゲルガー侯爵の言葉を聞いた男は酷く狼狽え慌てて会場から立ち去って行き、その姿を見てやっと区切りが着いたと胸をなで下ろした。



「・・・あ」



不意に上がったアルレイシアの声。その視線を辿ればあの男が置き去りにした恋人の姿。



「あの方は、ヘンリク様といらしたのではないかしら。大丈夫でしょうか」


「気になりますか?」


「ええ、だってヘンリク様が先に帰ってしまったらあの方の帰りの馬車は」


「では手配して差し上げましょう」


「いいのですか?」


「ええ、それくらいでしたら平気でしょう」



あの男の恋人を案じるなんてお人好し過ぎるとは思うが、それほどまでにあの男になんの興味も関心も無かったのだ。


アルレイシアをゲルガー侯爵に預けて人混みをかき分け女の元へ。




「パートナーの彼は君を置いて先に帰ってしまったようだよ」



「そうですか」



周囲の視線がぐっと集まる。元夫の愛人と現婚約者との会話だ。新たな醜聞のネタを、耳を大きく広げて待っている。




「私の婚約者が君の帰りの足を心配していてね、手配しておくから係の者に後で声をかけなさい」



「お気遣い感謝しますわ」



サンドラは扇で口元を隠して妖艶に笑う。



「これで幕引き、かしら?頂いた宝石達は返さなくていいかしらね」



「さあ?どうでしょうか」



「ふふ、お可愛らしい婚約者様にも宜しくお伝えください」




サンドラはアルレイシアの方へ視線を向け、周囲を軽く見回してから人混みの中へ消えていった。




「フランツ様、どうでしたか?」

「ああ、大丈夫だろう。きみに宜しく言ってくれと」

「そうですか」





あれからあの男は正式に養子縁組を解除されたが、ゲルガー侯爵は補佐官としての立場を与えた。

侯爵家の仕事を一部とはいえ任されていた男を野放しにはできないのだろう。

サンドラは残りの報酬が支払われた事を確認すると半年後には裕福な商家の後妻として嫁いで行った。



宴の日から一年、待ちに待ったアルレイシアとの婚姻式の日だ。





そっとヴェールを上げ口付ける。


頬を染め瞳をうるませながらもまっすぐに私の瞳を見つめ、まるで少女のように微笑んだ。



やっと手に入れた。



愛しているよ。



私のレディ。





















フランツ様はこんな私の心をいつも抱きしめてくれた。


ヘンリク様がサンドラ様とお付き合いされていると知ってから、私は私が惨めで仕方なかった。

ラットン家に望まれて嫁ぐはずが婚姻前から恋人がいるのだから。それも婚約前からではなく婚約後からの恋人。ヘンリク様が私になんの配慮もしてくれていないのが分かり乾いた笑いが込み上げた。


そんな時、ヤンおじ様がいつもの『キャンディー』の入った瓶をお土産に持ち訪れてくださったのです。


おじ様はお父様より三つほどお若い古い御友人。たまに屋敷を訪ねてきて下さり新しい品物を見せてくれたり、お仕事で訪れた街のお話をよく聞かせてくれ、時折珍しいお菓子や小物等をプレゼントしてくれるのです。

ご苦労された時期もあるけれど、今では都でも大きな商会の一つグラブス商会の会頭をされていて、幼い頃から憧れ淡い恋心をいだいていましたが、婚約したことでその恋心に区切りをつけたのです。


おじ様は私の社交界での噂を気にして来てくれました。

あまり社交の場に出ない私にもその噂は耳に入っています。親切なご令嬢が教えてくださるから。

どうやら私はヘンリク様と結婚するためにお金で買ったことになっているらしかった。

婚約するまで一度も会ったことなど無いのにどうしてそうなるのか。幸いヘンリク様の耳には入っていないのか態度は変わらなかったけれども、恋人の女性の元に居るのも変わらなかった。


「おじ様、来週のお茶会に来て下さる?」

「ご招待頂けるのかな?可愛いアルレイシア」

「おじ様がいてくれたら心強いわ」

「・・・必ず行くよ」


おじ様は優しい笑顔を浮かべて私の頭を撫でてくれた。




貴族の婚姻に夢を持ちすぎているのかもしれない。男性に恋人がいる事はよくある事で子を産んだ後に愛人を持つ妻も多い。

でも私はそうはなれない。


お茶会ではやはり私を見る目が気になってしまった。向けられる同情の眼差しにいたたまれずに席を外し少しの時間一人で庭の奥へ。

戻ってからは笑顔の仮面を貼り付け必死に過ごした。


「きっと幸せになれる。大丈夫」


帰り際おじ様はそう言ってくれた。


でもその慰めは信じられなかった。でも大丈夫、分かってる。私は私の役割を全うするだけ。



あの夜会でフランツ様と出会い、私の人生は変わりだした。

もっと、もっと早く知り合えていたら。

いいえ、きっと変わらない。私はラットン家に嫁ぐことを父から求められていたから。

私は胸に溢れる気持ちを諦めたかった。


ヘンリク様との初夜、あの時に私は私の幸せを諦めてしまった。


それなのにフランツ様は婚姻しても私を見つめていてくれた。この身に流れるクラウムの血さえ要らないと言われた私を。いけないことだとわかっていても、気持ちは止まらなかった。


婚姻から二年がすぎた頃、ある日おじ様が私を訪ねてきた。東国との取引が波に乗り、珍しい物を手に入れたと美しい赤と金の装飾の簪をくれた。


おじ様は優しい笑顔で私を見つめる。

いつもと変わらないおじ様の笑顔に、私は結婚生活が辛いと言ってしまった。

一頻り私の不満を聞いてくれたおじ様は、やっぱり優しい顔をしていた。


「婚姻無効を申請するなら早めに申請書を取寄せ、すぐに出せるようにしておきなさい。あの男もただの馬鹿ではない、一度は関係を持とうとするはずだ。気をつけなさい」


まさか、という気持ちだった。

ヘンリク様が私を嫌っているのは明らかで、今でもサンドラ様の元へ頻繁に足を運んでいる。

話しかけるのも着飾るのも全て私がヘンリク様を好いているからだと本気で思っている人が。

ああ、でもあるかもしれない。離縁しない保険のために、有難く思えと言いながら覆いかぶさって来そうだ。



私はおじ様の言葉に従いすぐに準備を始め、婚姻から三年と数日で婚姻無効を認められた。

医師の診察は苦しく辛かったけれど、ヘンリク様に抱かれるよりはずっとマシだと感じた。




私とフランツ様の婚約はあっさりと許可された。

きっとおじ様が手を回してくれたに違いない。

おじ様だけじゃなくてフランツ様もきっと。


あの日フランツ様から頂いた砂糖菓子、おじ様から頂いた簪。どちらも貴重な東国の物。販路はエリストロ家が独占していたもので、今までグラブス商会に東国からの交易品はほとんどなかった。エリストロ家が関わっていると私でも分かる。







「アルレイシア、とても綺麗だよ」


式に参列してくれたおじ様はいつも以上に優しい笑顔で祝福してくれた。

辛いことがあったら私を頼りなさい。

そっと私に囁き、私は笑顔で答えた。




「ありがとうおじ様。でも大丈夫、私幸せだもの」








半年後、わたくしとフランツ様は海辺の可愛らしい教会で婚姻式を行いました。


婚姻後はフランツ様の持つ伯爵領へ移り、わたくしはフランツ様の補佐をしながら満ち足りた時を過ごしました。


アルレイシアと言うわたくし個人を望んでくださったフランツ様、怖いくらいに幸せな日々。


翌年にはフランツ様に良く似た可愛らしい男の子を出産し、これ以上にないくらいに満たされたのです。




「アルレイシア、愛しているよ」


「フランツ様、わたくしもフランツ様をお慕いしています。誰よりも、何よりも」








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