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8(フランツ)

「兄上、アルレイシアの件、ありがとうございました」


「やっと身を固める気になったと思えば相手は人妻、私がどれほど驚いたか分かっているのか?」


「人妻ではありません。婚姻は無効、アルレイシアは私の婚約者です」


「・・・・まあいい。婚姻無効の手続きを自ら進んでするほどだ。余程あの男が嫌だったのか」


この国では白い結婚を三年以上送ると妻側に婚姻無効を申し立てる権利が生まれるが、ほとんどの場合申請がされない。

夫婦仲がどうだろうと貴族のほとんどが政略結婚であるためと、申請には純潔である証に指定の医師の診断書が必要となるからだ。男に体を開いたことの無い女はこれを嫌がるのだ。

アルレイシアはその診察を受けた。

愛する女が医師といえ男に見られた事は許し難い事だが、それほどまでにあの男と別れたかったのだ。

そして私を受け入れてくれた。


アルレイシアとあの男との婚姻が無効となって直ぐに、兄上に頼み正式にエリストロ家からクラウム家へ婚姻の申し入れをしてもらった。

クラウム伯爵は格上のエリストロ家からの申し入れを受け入れてくれた。



伯爵は私がアルレイシアと会っている事を知っていた。

情報を流したのは伯爵の古い友人だというヤンだ。ヤンは私に協力すると言いながら伯爵に情報を漏らしていた。

どこまで話しているのかは分からないが、婚姻申し入れを正式に持参した日、伯爵は私に君で良かったと言った。

家柄、資産、人間性、何を指してかは分からないが悪くない反応に胸をなで下ろした。



「今日の宴は楽しくなりそうだな」


「兄上は御遠慮願えますか?ややこしくなるので」


「分かっている。離れて見ているさ」


兄は愉快そうにククッと笑うと引き出しから紙束を取り出し差し出した。


「少し早いが結婚祝いだ。もう婚約も済んだからな、正式に爵位の継承を済ませておけ」


「ありがとうございます」


私達の父、先代の侯爵が身罷ったのは七年前、当時既に成人していた兄が全てを継いだが、父は次男の私にも幾つかある爵位のひとつを継がせる気でいた。既に存在した父の遺言に従い、兄は私の婚姻が決まると子爵位を讓渡する手続きをする事になっていた。


「目を通し早めに一枚目にサインを、いや、今書いていけ」


そう言われ書類を捲ると・・・


「兄上、間違っています。私がいただくのは子爵位のはずですが」


そこにあるのは伯爵位、あまりにも違いがありすぎる。


「お前の婚約者はルーマリアとも相性がいい。苦労をかけるなよ?」


「いや、兄上。私が継いでしまえば兄上の子が継ぐものが無くなってしまいます」


上位貴族が持つ爵位は一つとは限らない。歴史が古ければ古いほどに。男児が複数居れば次男以降に持っている爵位のひとつを継がせる。


「何を驚く? 父は元よりお前に伯爵位を与えるつもりだった」


「しかし......いえ。ありがとうございます」









アルレイシアは先日正式にラットン家に養子として迎えられた。ラットン侯爵はヘンリクと上手くいかないのならアルレイシアをラットン家へ迎え入れ、別の男を宛てがうつもりだった様だ。

養子縁組の予定があるにもかかわらず私との婚姻を決めるのはまずいのではと思ったが、私との婚約はあっさりと決まった。

勿論恥ずべき行い等は無い。現状、クラウム家に持ち込まれる縁談の中で一番地位が高くまともだったから許されたのだろう。


「......まさか、伯爵はこの事を?」


「ああ。言ったぞ?お前は伯爵になると。だからあっさりと許可をしたんだ。エリストロ家という後ろ盾と伯爵という肩書きあってこそだ。好きだ愛だとそんな物で動くわけないだろう。それにお前にラットン家で肩身の狭い思いなどさせるわけは無い。爵位があれば婿入りしてこき使われることは無いからな」



私はアルレイシアと婚姻しても侯爵にはなれない。

アルレイシアが産む子が次期侯爵となる事は最初から決まっていた。あの男がそれを理解していなかった事が不思議ではあるが、原因はあの男の実父だ。息子が養子に入ると、周囲に自分の息子が次期侯爵と話していた。

だからなのか、あの男は次期侯爵と指名を受けていないのにも関わらず、愛人サンドラに自分が侯爵になったらサンドラを正式に屋敷に迎え、実家の男爵家に援助をすると話していた。







夕刻、ラットン家へアルレイシアを迎えに行くと、家令や使用人達が迎え入れてくれホールにて愛しいアルレイシアを待った。


「エリストロ様、どうかお嬢様を宜しくお願い致します」

「ああ、これからも宜しく頼むよ」

「勿論でございます」


執事のバートは深く頭を下げた。


三年前、私はエリストロ家の使用人をこの屋敷に送り込んだ。その使用人にはあの男の屋敷での動向と、アルレイシアに無体を働かぬように見張らせていたが、バートはすぐに見破った。

だがバートは何も言わず、報告もしなかった。

ラットン家にとって害をもたらすことは無かったからかもしれないが、どうやらバート自身もあの男の所業は許せなかったようだ。

アルレイシアとあの男が夕食以降に会うことがないように調節する事もあった。


私のレディが使用人からも愛されている事もまた、有り難い事にあの男からアルレイシアを守ってくれた。






数人の使用人を連れたアルレイシアがゆっくりと階段を降り、あまりの美しさに言葉を失ってしまった。



「お待たせ致しました、フランツ様。あの、素敵なドレスと、アクセサリーを、ありがとうございます」


「あ、ああ、、、良く似合う。まるで私のために神が遣わせた天使だ」


ふんわりとしたドレスの露出はあまり無く、胸元や肩口は薄く繊細なレースで覆われている。その装いが可憐で清楚なアルレイシアによく似合い、アクアマリンがよりアルレイシアの美しさを引き立てていた。


「ありがとうございます。フランツ様も、とても素敵です」


アルレイシアは恥ずかしそうに頬を染めて私を見上げる。

愛した女性が美しく着飾り私の色を纏う。これ程までにいいものだとは知らなかった。



会場では既にゲルガー侯爵が待っていた。あまり華やかな場所は好まないと聞いていたが、養子縁組をしてからの初めての社交の場であるからか、ラットン侯爵は私たちを連れて挨拶へと回る。


やがて開式の合図がされ私は初めてアルレイシアをダンスに誘った。


夢のようなひと時、こうしてアルレイシアの手を取り踊るという願いがやっと叶った。


視界の端にあの男とその恋人の姿を見たが、どうやらこちらには気がついていない。

夢のようなひと時はあっという間に終わり、クラウム伯爵が私を呼び止め、それを見たラットン侯爵はアルレイシアをダンスに誘いアルレイシアはラットン侯爵の手を取り輪の中に入って行った。






「君のやり方は気に食わない。だが貴族は綺麗事ではいられないのも事実だ」


「......クラウム伯爵」


「これでも私は娘を愛しているんだ。だから娘が望む君を認めた。それにアレにくれてやるよりマシだ」


アレが誰を指すのか。私以外にアルレイシアに婚姻の話が来ていたのか?


「アルレイシアとの婚姻を認めていただき、感謝しています」


「全て片はついたのか」


「......粗方は」


「そうか、ならば墓場まで持って行くことだ。幸運は二度はない。一度手放せば二度と手には入らないぞ」


そう言うと伯爵はくっとグラスを呷り人混みに消えた。



「......知っていたのか」






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