11
アルレイシアは久しぶりに屋敷の外に出て日の光を浴びていた。もう何日も外に出ていなかったアルレイシアはこのままではお腹の子にも障ると、一日に一度、外へ出る事にしたのだ。
久しぶりに浴びる日光はとても眩しく、弱ったアルレイシアには少し刺激が強かったが、花の香りは心地よく心を慰めた。
──グラブス様!これ以上は御遠慮下さい!
ふと聞こえた声に、アルレイシアは足を進めた。
付き添っていた使用人はアルレイシアを止めたが、聞こえた声の通りならヤンが来ている。きっと自分を心配して足を運んでくれたのだろうと思った。
「アルレイシア様、侯爵様より許可の無い者とのご面会はさせてはならないと申しつかっております」
「でもおじ様は・・・」
「伺いを立ててから後ほどご案内致しますので」
「・・・・・・・そう、ですか」
エリストロ家に世話になっている身で我儘は出来ない。侯爵もルーマリアも、ヤンの事は知っているので、きっとすぐに許可がおりると、声のした方に背を向け部屋に戻る為にゆっくりと歩き出した。
ヤンに最後に会ったのは何時だったかと思考を巡らせ、あの日ヤンの前で泣いた事を思い出し、顔が熱くなるのを感じた。
(そういえば、おじ様から頂いたお菓子)
フランツとの思い出の菓子を貰ったが、とても口にする気にはなれずにそのまま置いてある。
その事をふと思い出した時だった。
「奥様!旦那様が、旦那様がお帰りです!」
勢いよく開かれた扉。慌てながらも笑顔の侍女の言葉に、アルレイシアは心臓が止まるほど驚いた。
「・・・・フランツ様が」
部屋の外から沢山の人の気配がし、部屋付きの侍女たちが壁際に並んで礼を取ると、侯爵様、マリア、そして侍従に支えられる様に歩くアルレイシアの大切な人の姿。
「・・・・・!、あ、ああ、、、フランツ、様」
「アルレイシア、ただいま」
いつもの優しい声に眼差し。ずっと安否が分からなかった夫が帰ってきた。
「フランツ様、フランツ様!!」
駆け寄ろうとするも、足がもつれ上手く走れず、転びそうになるアルレイシアに侍女が駆け寄るけれど、それよりも早くフランツは侍従の手を離しアルレイシアに駆け寄った。
「アルレイシア、君を一人にしてすまない」
「いいえ、いいのです。こうして帰ってきて下さったではありませんか」
事故に巻き込まれたフランツは、土砂と共に馬車ごと流され川へ押し出された時に割れた窓から投げ出された。全身を強く打ち、腕や足を折る重傷を負っていたのだ。
壊れた馬車から離れた場所にいたため発見されなかったが、近くの住民が救助し、命は繋がった。
が、頭を強く打ち助かる見込みは薄く、アルレイシアの体を考えるとすぐには伝えられなかったとエリストロ侯爵は詫びた。
フランツが帰ってきた事でアルレイシアの心は晴れた。
安否が分からず不安だった日々が、まるで遠い昔の事のように感じた。
フランツはアルレイシアをソファに座らせながら膨らみ始めた腹を撫で、息子であるジェミニと親子の時間を過ごす。
アルレイシアに負担にならないよう事故の詳しい話はせずに、目が覚めたのは五日前、アルレイシアのことが頭に浮かびいてもたってもいられずに馬車を走らせ帰ってきたと伝えた。
フランツはまだ安静が必要だと言うことわかっていたので、フランツがいくら大丈夫だと言っても短く切り上げ休んで欲しいと話した。
「なら、君も一緒に休んでくれるかい?」
アルレイシアはフランツが何を言っているのか分からなかったが、フランツの部屋に連れて行かれたことでその意味を理解した。
「こっちのベッドなら広いから一緒に休める」
「そんな、邪魔になってしまいます」
「邪魔なんかじゃないよ。それにアルレイシアの顔色が悪い。心配なんだ」
フランツの行動全てが嬉しかった。
夫は妻である自分のことを一番に考えてくれていると。
アルレイシアはフランツの部屋で共に休み、フランツの回復までピッタリと寄り添い、フランツもまたアルレイシアと離れることなく、離れていた時間を埋める様に、アルレイシアと、ジェミニと過ごした。
夜には二人寄り添い眠りにつく。
幸せを噛み締めるアルレイシアはふと思い出した。
「・・・・・あっ!」
「どうしたのかな?私の可愛いアルレイシア」
フランツはアルレイシアの髪を優しく撫でながら聞いた。
「あの、おじ様が訪ねていらした筈なのですが、フランツ様の事で頭がいっぱいですっかり忘れていたんです」
「ああ、、、彼なら日を改めて頂くようお願いしたんだ」
「フランツ様、お会いに?」
「屋敷に着いた時にね。私も伝えるのをわすれていて、ごめんね?」
「いえ、いいのです。そうだ、おじ様からお菓子をいただいたんです」
「・・・・そう。アルレイシア、今日はもう休もう。明日沢山話そうか」
「はい。フランツ様」
フランツはやはりアルレイシアを優しく撫で、額にキスをしてから抱きしめた。