10
アルレイシアとフランツが婚姻し翌年には男児を出産しジェミニと名づけた。そして更に二年が経ち、アルレイシアはフランツとの間に二人目の子を授かった。
フランツは仕事で暫く国を出ることとなり、アルレイシアを安全のためにラットン家に預け、隣国へと発った。
フランツが発って二十日。帰路へ着くと知らせを貰った三日後に、その知らせは届いた。
フランツは途中土砂崩れにあい、行方不明になっていると。
その知らせを受けたアルレイシアは倒れてしまった。
あれから五日が経ち、従者の遺体は発見されたがまだフランツは見つかっていない。
予想だにしない出来事に、ゲルガーはアルレイシアの滞在中は本邸に滞在し、ルーマリアも頻繁に訪れアルレイシアの体を気遣った。
日に日に窶れ萎びれてゆくアルレイシアを、皆が心配した。
「・・・・アルレイシア」
ぼんやりと宙を眺めていたアルレイシアは、ヤンの訪れに僅かに反応した。
部屋の中では幾人もの使用人が壁際に張り付きその様子を窺っている。
ヤンはアルレイシアの座るソファの前で膝を突きその顔を覗き込んだ。
「私が分かるかい?」
「・・・・・・おじ様」
「こんなに窶れてしまって」
悲しそうに眉を寄せるヤンに、アルレイシアの瞳は僅かに動きを見せる。
暫くの間ヤンはぼんやりとしたアルレイシアを見つめた。
ヤンは手にしていた小箱を開け、アルレイシアに差し出す。
差し出した箱の中にはアルレイシアもよく知る砂糖菓子。箱の中に綺麗に六個が並んでいる。
舌の上でさらりと解け、花の香りと爽やかな甘さが広がる東国の砂糖を使った高級菓子。
フランツはよくアルレイシアに手ずから与え、アルレイシアは幸せな時間に浸った。
「・・・・・・あ、」
ポトリと一粒の涙が零れ、アルレイシアは唇を震わせた。
「おじ、様……わた、私」
震える手で涙を確認するアルレイシアの手を、ヤンがそっと握る。
アルレイシアはビクリと身体を震わせその手から逃れようとするが、ヤンの優しい顔に振り払うことは出来なかった。
「フランツ様は素晴らしい人だ。きっと無事だよ」
「・・・・・おじ様、、、ゔぅ、ううぅ・・・」
ボロボロと零れる涙は、両手では受けきれずに溢れてゆく。
ヤンはそっと隣に腰掛け優しくアルレイシアの肩を抱いた。
ヤンはアルレイシアを慰め、アルレイシアの気に入りの砂糖菓子の箱を置いて帰っていった。
そのヤンと入れ違いで訪れたルーマリアは、ヤンの姿にピクリと眉を動かし、頭を下げるヤンの脇を通り過ぎた。
「・・・・・・・・・」
立ち去る後ろ姿を見つめるルーマリアに、アルレイシアは小さな声でその名を呼んだ。
「・・・マリア」
「アルレイシア」
ルーマリアはアルレイシアの元に急ぎ駆け寄り、その体を抱き寄せた。
「アルレイシア、エリストロ家に来てちょうだい。夫にもゲルガー様にも許可は取っているわ」
「マリア?どうしたの?」
「心配で堪らないの。会う度に痩せて、窶れてしまって。お願いよ」
「でも、エリストロ侯爵様にご迷惑を」
「そんな訳ないでしょうっ、夫もあなたの事をとても心配しているわ。それに義弟について何か分かれば一番に知らせが来るのはエリストロ家よ?」
アルレイシアはぼんやりとした頭で頷き、それを見たルーマリアはすぐに屋敷の者に指示を出しその日のうちにアルレイシアとフランツの間に生まれた子、ジェミニを連れ出した。
アルレイシアをエリストロ家へと連れてきたルーマリアは窓も大きく日当りの良い部屋へアルレイシアを滞在させた。
窓を開ければまだ幼いジェミニが楽しそうに一つ年上のルーマリアの子ヴィスタと駆け回り楽しそうな声を上げる様子が見られる。
その様子をぼんやりと眺めるアルレイシアに、ルーマリアは薬を飲むように促す。
「・・・ありがとう」
「いいのよ」
サラリとした粉薬を口に含み水で流し暫く、アルレイシアは心地よい眠気に包まれうとうとと瞼を閉じ、やがて静かに寝息を立て始めた。
「様子はどうだ?」
「今の所は何とか。お医者様からの薬が効いて安定しているわ。とても弱い薬だと言うけれど、心配で」
「そうか」
ルーマリアは夫であるエリストロ侯爵と向かいアルレイシアについて話をしている。
アルレイシアがエリストロ家に滞在して三日、精神状態の悪いアルレイシアは医師から精神安定効果のあるハーブを少量処方され、欠かさずに服用している。
腹の子は安定期を過ぎてはいるが、だからと言って安心は出来ないからだ。
「食事の量も随分と少なくて、、、このままではお腹の子だけではなくあの子まで」
「・・・・・・・・」
「まだ話してはいけないのですか?」
「期待させておいて、万が一にという事もある。今の彼女では耐えられないだろう」
エリストロ侯爵はふーっと息を吐きシワの寄った眉間を押さえる。
フランツは生きている。
だがアルレイシアに伝えることが出来ないでいた。
意識はなく、もう何日もの間生死をさまよってるからだ。
兄として信じたい気持ちはある。だが万が一があった場合、フランツの子を宿しているアルレイシアとジェミニ、腹の子を守らなければならないとも思っていた。
伝えなかったことを恨まれてもいい。弟の為に悪役に徹しても構わない。
「ですが、、、せめて会わせてあげたいのです」
「ルーマリア、すまない」
わっと泣き出したルーマリアを、歩み寄りエリストロ侯爵は優しく抱きしめた。