精霊騎士 1
精霊を守護せし国〈コールランド〉――――
そもそもの人口が他種族よりも少ないエルフ族は、広大のな森の中心にそびえ立つ〈精霊樹セフィロト〉の根元を栄えさせた空間で密かに生活していた。
気候は和かで人々も不安の一色もない心で過ごしている。
誰が見ても、平和であることの証明がそこら中で溢れているのは素晴らしいの一言だ。
だが他種族の交流は限りなく少ない。
かつては勇者も過ごしていたとされていて〝善〟の心を持つ者は歓迎しているものの、やはり他種族との交流は年間を通して両手で足りるほどである。
精霊の加護で包まれている大陸は生物の全てが豊穣であり、魔法に秀でているために生活には不自由はない。森というだけあって家畜にも恵まれている、だが空中に含まれる魔力量が濃いために〝魔獣化〟しやすい環境でもある。
だから狩りという手段で食事と守護というのを両立しているのだ。
「んー…………」
環境を守るために創立した騎士団――――精霊騎士。
〈コールランド〉の全てを守護している者たちが、セフィロトの根に本元を置く精霊騎士団の会議室では一人……苦痛にも似た表情で椅子に深く腰掛ける男性がいた。
薄暗い部屋でも少しに光に照らされてしまえば、瞬く間に金色に光る髪からみても若く見えてしまう男性であったが、男性が座る場所には椅子が六席だけしかない。
つまり選ばれし者のみが座れる場所である。
そんな男性が何を唸らせているのか――――答えは、目の前にある探知魔法を永久的に発動させている魔方陣の荒ぶる姿にあった。
「探知魔法陣が揺れ動いている場所……。未だに帰って来ない三人の若い衆……。あの力場の歪みに何かが出現したのか? いや、それにしても国が荒れている様子はない」
雫が落ちた時のような波紋。
その程度の反応ならば精霊騎士団〝新選組〟の若い者たちでどうにでもなる魔獣である。
だが、今回は違う。
大陸全てを把握し探知し続ける魔方陣自体に歪みを与えるほど力である。
「しかもこの位置……ヴァーリエ・シルバ・スクリームが住まう場所付近じゃないか。問題に問題を重ねてどうする……」
深いため息と共に、更に深く沈むように椅子にめり込んでいく。
その表情は、まるで世界に問いかけているようにも見え…………何とも苦労を感じる姿である。
「はぁ、ここ百五十年は平和だったのに。全く……世界は問題を作るのが好きだな、もう今日は眠れないよ? これからこっちだって仕事が――――「マクティ組長ッ!!」
響く女性の声、叩かれる扉、彼女の声には聞き覚えがあった。
「あぁ……また問題だよぉ」
「失礼します!! マクティ組長補佐ルフガン・ニア・ジキル、要件があり参じました!」
短く整えられた髪型、目の元にかからないくらいに揃えられた前髪から覗く薄紫の瞳、そして一際視線を集める左目を隠す眼帯が特徴の女性などそうはいない。
「はいはい。どんな問題? 聖属性を使う魔獣でも現れた? 加護持ちの怪物でも降臨した? それとも半人半獣とか特殊な奴が来たとか? …………ボクは何を聞いても驚かんぞー」
「えぇ、そんな大層な事ではありませんよ。帰還に遅れていた三人の新選組が戻ってきました」
「えぇ……少しはボクの心構えを崩してきてよー――――まぁ、いいけどさ。それで? 三人とも無事なのかい」
「はい、生きてはいます。ただ…………怪我の状態に不信感を覚えたので、個人的にご報告を」
「不信感? 歴戦である君が? あぁ、とうとう来たよ。気が緩んだ瞬間に来るんだよ問題ってやつは」
「……マクティ組長はエルフの中で肉体的に最強だと思うのは誰でしょう?」
マクティの緩み切った心に一閃、ルフガンは踏み込んだ。
その瞬間に、もはやスライムと同等と言えるほどにだらけていたマクティは姿勢を戻す。
「間違いなくバライグ組長だろうなぁ。魔法無しの戦いなら獣人と並べるくらいに強いし、それに彼の武術とやらは世界からの知識を集結させたようなものだからね。どの種族よりも肉弾戦なら最強だよ」
「では、バライグ組長なら連続的に……そしてほぼ同時に拳を振るえると思いますか?」
「……どうしたんだい? 今日はやけに回りくどいじゃないか」
「では、これから言うことを全て受け入れてください。…………改めて、三人は無事に回収されました。今朝見回りに出ていた新選組らが発見したそうなのですが、問題はそこからです。二人の女性は全身を強打しています、拳の痕が残っているほどの一撃を連続でもらっていました。一人の男性は腹部が陥没していました、回復魔法での治療に二日ほどかかるかと思います。そして、空中から見渡せる魔法の痕跡を見つけたらしいのですのが……精霊騎士ではありえない魔法の痕跡だったそうです」
「どんな感じ?」
「二つの方向に痕跡があり、どれも変な方向に――――まるで何かに弾かれたかのような状態だったとのことです」
「それが真実なら相当まずいけど――――「まだあります」
「この痕跡の全ては〝人族〟のものと一致するのです」
「…………本当かい?」
「血液が付着しておりエルフの血ではないことが判明。魔族の特徴的な魔力の反応はないことから、必然的に人族のものであることが分かりました。ただ、既に確証を得ていることがあったんです。私は彼らの怪我の状態を見に行きましたが、くっきりと拳の痕がありました。そして微かに残っていた魔力の反応が凡そ人族とは思えないほどの神聖を…………感じました」
「神聖……? 人族でありながらも神聖の特性を持った魔力? それって――――」
「人族が研究していると噂の〝勇者降臨〟である可能性は十分にあるかと」
目の開き、渇き切った笑い声を喉が溢す。
「装備を整える、組長格の面々に連絡だ。何もなければそれでいいが、騎士団の全員に伝えてくれ」
――――戦争だ
◆
「違う! そうじゃない! もっと集中しろと言ってるだろうが!!」
「し、してるって!!」
魔力を感じる訓練を開始して、およそ一時間ほど経過しただろう。
「ならどうして私の魔力がお前に通らないんだ!? リラックスをして私を受け入れる、その間は自分の体に神経を集中させる。そうすれば自ずと違和感を感じるはずだ」
魔力という、結人にとっては理解が追い付かない未知の存在に触れようとしていた。
ヴァーリエの説明通りにすれば確実に魔力に触れることが出来るらしいのだが…………
「だからって! こんなに密着する必要あんのかよ!?」
もはや、魔力を通す気があるのかも分からない。
端から見ればイチャついているカップルにしか見えないと思わせるほど、ヴァーリエは結人の体を抱き締めていた。
しかもただ抱き締めているわけではないのだ。
これでもかというほどに夢が詰まった大きな双峰が結人の顔面に押し付けられ、まるで捕食者のように結人の手足に自由を与えないようガッチリと回されたむっちりとした脚。
「……これでも心に変化がない?」
常に相手の心を覗くことの出来るエルフ特有の瞳が、結人の中を覗く。
そして無意識に声に出てしまうほど納得させられるのだ。
「ん!? 何か言ったか!?」
「いやなに、お前にもちゃんと性欲はあるんだよな? ユイト」
「あるわ!! だから困ってんだろ!!」
「そうか……なら、良いが」
言葉、表情、体温の上昇から伝わる結人自身の感情。
そしてエルフの瞳で覗くことの出来る結人の心の様子。
どれだけ考えても答えはないのだろうが、エルフだからこその判断をしてしまうならば、結人は男性としての生存本能を失っているようにも見えてしまう。
何故なら、心が一切動かないからである。
これだけ密着したら普通は心にも影響が及ぶはずなのに、結人の心は強い光が輝き続けるだけ。
変わらない。全く変わらないのだ。
出会った時から何も変わらない。
「(まぁ、そこもたまらない所だ)」
「お、おいヴァーリエ? 何も良くねぇよ? 寧ろ訓練の邪魔だよ?」
「……なら、さっさと私の魔力を感じ取れ。私の魔力だって無限じゃないんだ、それに私は普通の魔法とやらがあまり使えないからな。早くしないと私の方が先に倒れるぞ」
「感じとれって言ってもなぁ、どんな感覚なのか分かんないし――――あっ! あの時みたいな感覚は今でも少し違和感あるわ」
勝手に一人で納得した結人は心を静かにさせる。
血の流れを穏やかに、頭の中を綺麗に整頓し、あの魔力を弾いた瞬間の状態をそのままに今の状態に持ってこようと試みた。
願った――――その身に余る力を。
意識するんだ、意識を…………今この瞬間は戦いであるということを。
内側から熱が籠り、高揚感が湧き上がる感覚。
怒りにも、強すぎる正義感にも、それは似ている……。
無理やりではなく、戦いに直結するキッカケを意識する。
「こ、これは――――神聖魔力!?」
常に息苦しさを感じる。
それに感覚が鋭くなる、もはや全てを置き去りにしている気分だ。
「あぁ……これこれ、この感覚だ」
いついかなる瞬間からでも戦いと隣に居合わせている緊張感のような、張り付けられた緊迫感。
心の底から湧き上がる無邪気な心意気が、まるで何でも出来てしまうと錯覚させる…………強くなったような気分が、結人自身を包み込む。
「ど、どうりで魔力が通らないわけだ。結人はまるで、本物の勇者のような人間だったのだな……改めて思い知らされたよ。それにその目――――神聖眼じゃ…………いや、いやいやッ」
何やら焦りながら問答無用で結人の服を脱がせたヴァーリエは、驚きのあまり口を閉じれないでいた。
「――――これは神聖紋が、身体中に刻まれている?」
上半身を中心に四肢に走る赤い閃光が走る道筋。
まるで刺青のようにも見えてしまうが、一つ一つに模様があることから、何かしらの力を持っているものだと分かる。
それにヴァーリエの瞳に映る結人の瞳は真っ赤に変わっていた。
「神聖……紋?」
「ユイトは確かこの世界に来る時に武神に出会ったと言っていたな?」
「会ったな。本当に武神かどうかも分からないけど」
まったりとしていて、マイペースな雰囲気が表に出ていて、決して暴力に頼ったことのなさそうな細めの優男の姿を思い浮かべる。
「その時に受け取った神の力――――所謂、〝加護〟というものがユイトの本体に刻み込まれているんだ。私が先に言いかけた神聖眼というのは加護の一部で、その瞳を通すことで加護を反映させていくというものなのだが……どうもユイトには、武神そのものの力が加護として刻み込まれてる」
「えー……つまりは、スゴイってとこか?」
「い、いや。そんな一言では片付けられないぞ? ユイト自身に〝神聖〟という魔力属性が溢れているとなるとエルフが黙っていない……………そう言えば、力場が歪んでいたと言っていたような気がするな。しかも、今は魔力を目覚めさせている途中――――いや、もはや目覚めた状態でいるというのが正しいか?」
「また居場所がバレるとか、そんな感じの問題がありそうだな」
「それもあるが……一番厄介なのは、ユイトの力が本物であることだ。エルフは精霊を奉り守る民であることは知っているだろう? つまりは宗教的な面が強い。それに精霊と同等の立ち位置である神となると、間違いなく崇め立てられてしまうぞ」
「それは嫌だなぁ、出来るなら密かに修行して強くなりたいし。俺は少しだけ人見知りだから人混みにはあんまり行きたくない。てか、その話の流れで行くと既にここに向かって来ている精霊騎士団とかいう奴らが来てるんじゃねえのか?」
「あぁ、可能性としてはありすぎるな。それに今回の場合は――――エルフ族最強の騎士である者たちが集結してもおかしくはない状況だ」
「最強の騎士たち?」
「精霊騎士団六席の組長席、つまりはエルフ族の最強がお前の下に現れるかもしれないぞ…………」