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後編

 喫茶店を出ると、どんよりとした空が目に入った。じきに雨が降りそうだ。

「岡田様、ご馳走さまでしたー」

 俺が払わなきゃどうするつもりだったんだーとかは聞かないでおく。

「おぅ」

 ぶかぶかとお辞儀をしたあんじーは、ネクタイと同じチェック柄のジャケットの上から斜め掛けしたカバンから黒ブチ眼鏡を取り出した。

「掛けてください」

「あぁ」

 受け取った眼鏡を装着したが、特に変化はない。

「意味あんの、コレ?」

 にぃーとあんじーは笑う。

「念には念をという事ですね。用意周到なのです、ボクは」

 遠回しに褒めてくれと解釈し、ぽふぽふと頭を軽くたたいた。

「うん、偉いぞ」

 あんじーは、いやぁな顔をして口をとがらせた。

「ボクは子供じゃありません!」

 半ズボン姿を見る限り、制服を来た子供にしか見えない。

「……ま、そういう事にしておこう」

「そういう事じゃなくて、そうなのです……! あ、タイムリミットまで10分を切りました」

「先にそれを言えって! で、どうすんの?」

「どうするも何も、現場に向かいますよ」

 てくてくと音を立てそうな歩き方で、あんじーは歩き出した。アスファルトには小さな黒い点々が、広がり始めている。比較的ゆっくりと歩いているが大丈夫なんだろうか。

「なぁ。時計見てないけど、なんで時間が分かるんだ?」

「ボクの体内時計は、正確ですから」

 分かるような、分からないような。

「……うぉっ!」

 すっとぼけた声を上げたのは、俺。

「どうしたんですか!?」

 あんじーは足を止め、心配そうな顔で俺を見上げている。

「わりぃ。上から水の塊が降ってきた」

「んー? 葉っぱに水でもたまってたんでしょうか」

 道路と歩道の間には大きな街路樹が並び、ところどころに背の低いサツキが植わっている。

「……それよりも、走らないで大丈夫なのか?」

「歩いてもじゅーぶん間に合う近い場所で待ち合わせをしたので、心配はいりませんよ」

 外見とは裏腹に、言っている事に可愛げがない。

 喫茶店を出た通りの角を曲がろうとした時、目付きの悪い男が正面から歩いてくるのが見えた。紫色のスーツに赤いネクタイ。脱色して傷んだ長い髪をそのままおろしている。

 なんとなく関わりたくない人物だ。

「あっ、デュークさん。こんにちは」

 隣を歩くあんじーが声を掛けた。

「あんじーじゃない! やーだ、久しぶりぃ〜」

 デュークなる男はこっちに駆け寄ると、野太い声でくねくねとした動きをしている。

「あんじー……まさか知り合い?」

 俺がぽつりと呟くと、あんじーはにっこりとした。

「デュークは死神さんです」

「死神のデュークでーす。よろしくぅ」

「……どうも」

 どう反応して良いか分からずに、とりあえず俺は頭を下げた。すぐに、隣のあんじーを軽くつつき小声で聞いた。

「敵、じゃないのか?」

「なんでですか? デュークは仕事熱心な良い死神さんですよ」

「だってホラ。死神って魂を持ってくとか、どっちかってーとダークなイメージだよな?」

「まあ……世間の評判はともかく。彼はプライドを持って仕事をしているんですよ? それに、もしも迷ってしまったら……気の毒ですから。責任を持って送り届ける事が、死神さんのお仕事なんですよ」

 顔を上げるとデュークは、目を細めて笑顔を作っている。

「あんじーは相変わらずねぇ。切り札まで用意しちゃってるんだもん。ねぇ!」

 ばしんと力強くデュークに肩を叩かれ、その一撃で眼鏡が飛んだ。後ろ倒れそうになるのをあんじーが、押し留めている。

「デューク。人間はデリケートなんですから、扱いに気をつけてください!」

「……悪気はなかったのよぉ。ご免なさいね」

「……はは、気にしないでください。たいした事ないですから」

 心配して覗き込むようにするデュークから視線を落とすと、足元の眼鏡を拾う。

「そろそろ時間、です」

 あんじーはそう言って交差点の方を見た。

 急に、雨は勢いを増した。

「さよならよ、坊や」

 顔を上げると、すでにデュークの姿はない。

 周囲を見渡すと、傘もささずに下を向いたまま小走りで走る一人の少女が目についた。

 彼女の周りを、黒くどんよりとした雲のような影が追う。


 ――……彼女が危ない!



 直感的にそう思い、自然と身体が彼女を追う。

 あっという間の時間に思えた。

 喚声が聞こえた。

 俺が彼女の背後から手を伸ばし、強引に後ろへ引いた瞬間。

 目の前を白いライトバンが、走り抜ける。

 悲鳴が聞こえた。

 どんっとアスファルトに叩きつけられたような衝撃に思わず目を閉じた。


「……あ、あの。大丈夫……ですか?」

 間近から聞こえる声に、目を開けた。

 不安な眼差しのまま華奢な身体を震わせ、彼女が軽く肩を叩いたのか。それとも、雨なのか。

 身体に張り付くような黒髪が、筋を作っている。

 心臓が跳ね、俺は視線を逸らした。

 いつの間にか周囲には小さな人だかりがあり、口々に感想を言い合っている。

「信号無視して突っ込んでくるなんて、全くろくな奴じゃないね」

「ホント無事で良かったなぁ」

 俺は曖昧な返事をし、ゆっくりと立ち上がる。

「……痛いところはありませんか?」

 彼女は俺に寄り添うように、隣にいる。

「……どこも。君は?」

「わたしなら、平気です。本当にありがとうございました」

「あぁ……気にしないで」

 次第に人だかりは散ってゆく。

 デュークの姿も、あんじーの姿も見えない。

 前を見ると、歩道の白線から随分遠い。


 ――これは、偶然なのか?


 ぼんやりと考えていると、高い声が聞こえた気がした。


(ボクは愛のキューピッド。デュークは良い死神さん、なのですから)

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