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8.風巫女の選定の儀2

「そんな、馬鹿な……急に力をコントロールできるようになるなど、そんなあり得ない! 本当にあなたのお力ですか!?」


 宰相は我慢できないとばかりに立ち上がってそう叫んだ。

 儀式を終えたディーは、宰相の方を静かに見た。そして、風乗りの力を発動させ、壇上から一瞬にして宰相の前に立ったかと思うと、宰相の腕をおもむろにつかんだ。

「なっ」

 そしてもう一度風乗りの力で場所を移すと、次は祭壇のすぐ下に宰相を伴って現れた。

「まだ判定は終わっていない。あなたの娘の活躍を見てから、私の批判をすれば良いわ」

 ディーの静かな声が場に響いた。そして一拍の後、それを後押しするかのように拍手が鳴り響いた。観客はの様子を見て、宰相はついに何も言えなくなったらしい。覚悟を決めたのか、壇上にいる娘へと視線を移した。

「次は私の番ですね」

 フェルナンダはそういうと、静かに前へと進み出た。

 そして彼女は一度大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐き出すと、自分の胸に両手を重ねた。

 しばらくすると、一陣の風が吹いた。

 それは大きく大樹の葉を揺さぶった。ただ、それだけだった。

 その場にいた者たちは、まだ何かあるに違いないと待ったが、フェルナンダは手を下ろすと顔を上げてこう言った。

「これが……精霊の御意志です」

 彼女は静かにそういうと、後ろを振り返って、ディーを小さく手招きした。

 ディーはそれに従ってフェルナンダの隣に並んだ。すると、フェルナンダがディーに向かって礼を取り、言った。

「ウェンディ・ヴァン・アイヴェサ殿下に、風巫女就任のお祝いを申し上げます」

 ディーはその言葉を聞いて、しばらく動けないでいるようだったが、彼女が動く前に、観客が動いた。

 地を揺るがさんばかりの歓声と、拍手がその場から巻き起こったのだった。

 ディーはそれを見てもなお、動けずにいたようだったが、国王が立ち会がり、ディーに拍手して見せると、彼女はようやくその場で一礼したのだった。


「よかった。私が手伝わなくとも、圧倒的だったわね」

「そうですね。僅差でなくてよかったです」

「……ちょっと、圧倒的すぎる気もするけど」

 アイラがポツリとこぼした言葉に、レオは確かに、と思った。

 風巫女の候補に選ばれる風使いにしては、大樹を揺らすだけとは、いささか力が弱いように思う。確かに風呼びは、力を使うのが安定しないことが一番のネックなわけだが、風使いの方が操れる風の規模も大きくなるのは間違いない。

 フェルナンダが訓練を怠ったとも思えないし、いったいどういうことだろうか。

「挑んで勝てないと分かっていたからこそ、誰の目から見ても勝敗が付くようにしたかったのかもしれないわね……」

「……まさか」

「そうしないと、納得しない人がいたかもしれないから」

 自分の娘が選ばれずに明らかに気落ちしている宰相の方を見て、アイラがそう言った。

 親はともかく、娘は高潔だったということだろうか。

 それとも、緊張から本当にあの程度の力しか発揮できなかったのだろうか。

 他人の心情は、誰にも本当のことは分かりはしない。今、この場にある真実は、このアイヴェサの王女であるディーが、風巫女の選ばれた、ということだけだ。



 




 風巫女の選出から一週間たち、アイラとレオは、小高い丘に来ていた。

 周囲には誰もいない。それは、ここが王家の人間の墓がある場所であるからだ。

「悪いわね。旅立ちの前に、こんなところに来てもらって」

「いいえ。ここは……あなたのおばあさまのお墓なんでしょう?」

 一番高い位置に作られた墓は、生前の王太妃のものだという。それはディーの祖母であり、彼女が風巫女を目指したきっかけでもある人だ。

「ええ。あなたたちにずいぶんと手伝ってもらったから、おばあ様にご報告しようと思って」

 今日のディーは王女らしい華やかなドレス姿だった。そしてディーの傍に控えるのはエリックだ。彼はディーが風巫女になった後、風巫女の護衛騎士にも就任したらしい。

 それには、ディーが本当に彼を信頼しているから、ということもあるが、ずっと引きこもって生きてきた彼女にとって本当の味方が誰なのか、国王も判断に困ったからという事情があるようだ。

「おばあ様、私、風巫女に就任いたしました。ここにいるアイラとレオの二人がとてもよく助力してくれました。どうぞ、天から見守ってくださいませ」

 彼女はそういってしばし黙祷すると、くるりと振り返った。

「ここは良い場所でしょう。風が吹き抜けて、青い空はどことなく近くって」

 ディーがそう問いかけてくるので、レオはそれを肯定した。

「……いい場所ですね。お嬢様も、お好きでしょう? こういう場所は」

「そうね。素敵だわ」

 アイラが一歩踏み出すと、風が吹いた。

 アイラの金色の髪が風になびいて、彼女はゆっくりと髪を手で押さえた。その様子を見ていたディーは、ふと、何かを思いついたような表情をして、レオとアイラに向かって言った。

「ねえ、この国に留まらない?」

「え? この国に、ですか?」

「ええ、そうよ。二人はとても協力してくれたから、住む場所ぐらいなら、私の力でどうにでもなるわ」

 ディーが笑顔でそういうが、あいにくこの旅の行き先を決める権利はレオにはない。

「お嬢様、どうされますか?」

 レオは答えを確信しながらも問いかけると、アイラは問われたことを不思議そうな表情をしてから、ゆるゆると首を横に振った。

「旅を続けたいの。私は、まだ、留まりたくない」

「……そういう気がしてたわ。じゃあ、また来てくれる?」

「確約できないわ。この国の出身ではないし、ね」

 アイラははっきりと、あえて期待を持たせぬ言い方をした。アイラとレオの旅の終着点はどこか分からない。正直、母国であるルトス王国に戻るかすらわからぬ旅だ。母国ですらないアイヴェサに再び訪れる約束などできないだろう。

「そういえば、二人はどこから来たの?」

「隣国のブレイハ領というところです」

 その問いにレオが答えると、エリックがブレイハ、とつぶやいた後、ディーにブレイハについて彼が知っていたことを伝えた。

「ブレイハといえば、取り潰しになった家と、愚鈍姫と呼ばれた長女の話が有名な地ですね。なんでも、愚鈍姫と呼ばれたブレイハ家の長女の従者が告発し、家が取り潰しになったとか」

「ああ、その話は私も知っているわ。ブレイハ家のお嬢様も、その告発した従者も、行方知れずなんでしょう?」

 まさか二人は、当の本人が目の前にいるとは思ってもみないのだろう。

 アイラはどうするのだろうか、とレオはアイラの方に視線をやった。するとアイラはいたずらが成功したような、そんな嬉しそうな表情をして、言った。

「私の名前はリリアナ・アイラ・ブレイハ。またの名を愚鈍姫よ」

「あなたが……そう、だから、最初の時は……」

 ディーは驚いた様子でそういった。どうやら最初のとき、やたらアイラが間延びした口調で話していたのを思い出したらしい。

「アイラ嬢をお嬢様と呼ぶということは……レオさんは……まさか」

 エリックはエリックで、レオが告発した従者だということに気が付いたようだ。

「従者として仕えていました。復讐するつもりで告発しましたが、のんきなお嬢様に毒気を抜かれて今ではすっかり旅のパートナーですよ」

「え! あなたが告発したの? それなのにあなたたちは一緒に旅をしているの? どうして?」


 ディーの問いはしごく当然の問いだ。

 レオはそれにどうこたえるかしばし悩んだ後、小さく笑みをこぼしていった。


「どうしてかって、それは誕生日プレゼントをもらったからでしょうね」


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