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6.祭典の準備

 アイラとディーが跡形もなく消えたあと、残されたエリックとレオは、二人してあたりを見回した。

「殿下!」

 エリックはディーを呼びながら、叫ぶが、叫んだところで二人が戻ってくるよしもない。

 エリックは動転して忘れてしまっているようだが、ディーは「風乗り」を使える。おそらくその力で二人は一気に宿屋まで戻ったのだろう。

 ただ、レオが気になっているのは、ためらっていたディーが、急にやる気を見せたことだ。アイラが何かをささやいた後、ディーは笑って手を振った。

「ああ……なるほど」

 レオは突然、ひらめいた。

 だからディーは笑って『よろしく』と言ったのだ。

「……男と腕を組むのは気が進みませんが、しょうがないですね」

「え?」

「貴方のお姫様が、お呼びです」

 レオはそう言ってエリックの腕をつかむ。そしてエリックが驚きに目を見開たと同時に、それは起こった。

 一瞬の浮遊感。暗闇。そして、吹き抜ける風。

 先ほどまであった落ち葉に彩られた並木道は目の前になく、その代わりに現れたのは、レオが滞在している宿と、その前で笑っているアイラとディーだった。

「さすがレオ。勘がいい」

「お嬢様の行動は、お見通しです」

「お見事ね。ちゃんと彼も連れてきてくれたし」

 アイラが微笑みながら、レオがエリックの腕をつかんでいるところを指し示した。

 レオはもうそれが必要ないことだと悟り、手を離す。

 隣にいるエリックはまだ、目の前の現実を受け入れられていないようだ。

「殿下……これは……」

「あなたはこうやって私に呼ばれたのよ。アイラは曰く、あなたも望んでいたから、というのはあるそうだけれど」

 おそらくエリックは、本当にディーを心配し、探し回っていたから、その思いと呼応して彼はここにたどり着くことができたのだろう。今はややレオが誘導した部分もあるが、最初に彼が現れたのは、彼自身が強く望んでいたからこそだ。

「エリックがちゃんと私を探してくれていてよかったわ」

「私がどれだけ心配したとお思いですか!?」

「ご、ごめんなさい……。私も不可抗力だったのよ。気づいたら、この街にいたのだから」

「ここで立ち話をするのもあれだし、場所を移しましょう」


 アイラの提案で一行は宿に入ると、宿の飲食スペースの隅で話をすることにした。

 幸い、にぎわっている飲食スペースなので、これなら隣の人が何を話しているのか聞き取るのは難しいだろう。

 そこでディーがこれまでのいきさつをエリックに話していく。時折アイラとレオが話を補助しながらではあったが、彼女の話し方はきちんと物事が順序だてられていて、彼女の知性を感じられるものだった。

 一国の王女とあらば、このぐらいは当然なのだろうか。


「殿下がここにいらっしゃる経緯については理解しました。ですが殿下、風巫女の儀を諦めていないのであれば、急ぎ、城に戻る必要があるかと」

 話を一通り聞き終えたエリックはそういうと、ディーにそう伝えた。

「それは……確かにそうかもしれないわね」

「準備が必要なんですか?」

 レオが尋ねると、エリックは緩やかに首を横に振った。

「準備……といいますか、風巫女の儀は、日食の直後に壇上に上がっていることが必要になります。そのための舞台が用意されているのは、ここからかなり距離のある王都ヴェリードです。今から移動してギリギリ間に合う、といったところです」

「風巫女の儀は、当日のその瞬間にさえ、壇上にいればいいの? それ以外の事前準備はないということ?」

 重ねてアイラが尋ねると、今度の問いには首を縦に振った。

「そうですね。風巫女の儀に立つ資格は、神緑鳥の羽を所持していることと、とにかく日食で暗くなり、次に太陽が指す瞬間までに壇上に登っていることの二つのみです」

「なるほど」

 アイラはそういうと、机に肘をつき宙を見つめた。何かを考えているようだ。アイラが何かを考えている、というのはディーやエリックにも伝わったらしい。二人とも、アイラをじっと見つめている。

 しばらくの間、四人の間には沈黙が流れた。

 宿の飲食スペースの騒音だけがその場に響くが、誰も他のテーブルの会話に耳を傾けている様子はなく、アイラはひたすらに考え、残りの三人は、ただその様子をうかがっていた。

 そしてあるとき、アイラははっと顔を上げて三人を見回し、自分に注目が集まっていることに気づいた素振りを見せた。

「ねえ、提案があるんだけど」

「提案?」

「本当にその儀式に参加する要件が、羽と、日食直後に壇上に立つこと、だけなんだったら、ギリギリまでここにいた方がいいと思うの」

「ギリギリまで? ですが、今からヴェリードまで向かってもかなりギリギリかと……」

 エリックはアイラの提案に首をかしげたが、ディーはレオと同じくアイラの提案にピンと来たようだった。エリックはさきほど自分が実際に経験していてもまだ彼女の力について呑み込めていないのだろう。

 彼女の力があれば、距離などもはや関係ないのだ。

「いいえ、エリック。今の私の力があれば、距離は関係ないわ」

「今のうぇん……いえ、ディー様の力があれば?」

「そうよ。私は風乗りの力を使える。しかも練習してみてわかったんだけれど、体に触れてさえいれば、一度に複数人運べるの」

「風乗り……さきほどの力ですね。ディー様はこの短時間で本当に……」

 エリックはディーと長い付き合いだというから、おそらく彼女が力をコントロールできなくて悔しい思いをしていた時期をよく知っているのだろう。感慨深げに息をつくと、改めてレオとアイラに向かってエリックは礼を言った。

「ディー様の力をこの短期間で開花させてくださる方がいらっしゃるとは……感謝の限りです」

「いいえ。私たちがすごいわけではなくて、ディーが今まで邪魔をされていたからよ」

「宰相でしょうか?」

「ええ。ディーはずっと風呼びだと思い込まされていた。本当は風使いだというのに。その洗脳さえなければ、私たちがいなくたって、ディーは力をもう少しうまく使えたはずよ」

「それに、アドバイスといっても些細なことしか伝えられていませんしね。もともとの素質ですよ」

 アイラの言葉に続けてレオもそうフォローをする。アイラとレオの功績が過剰なものになってしまっては困るのだ。ディーはこの国の王女であり、儀式が成功すれば風巫女となって、この国での立場はゆるぎないものになる。

 アイラの気まぐれでディーを助けたが、アイラもレオもここに留まることは望んでいない。

 アイラもレオに向かってこっそり片目をつぶって見せている様子を見ると、アイラ自身も同じ懸念を抱いていたのだろう。

「話しを戻しましょう。お嬢様がギリギリまでここにいた方がよい、と言ったのは、早く戻りすぎると邪魔が入ることを恐れてでしょう?」

「さすがレオ。よく分かってるじゃない。今まで自分の娘を風巫女に……とディーをだまし続けてきたのだから、直前になってディーが力のコントロールもできているとなれば、どんな手段を使うか分からないわ」

「それは確かにそうね。確かにギリギリまで私が風巫女の儀に参加できることは伏せておいた方がいいかもしれないわ。でも、さすがに不安だから、ここにとどまらず、もう少し近づいてはおきたいわね」

 ディーの言葉を受けてエリックはしばし考えた後、それなら、と口を開いた。

「それであれば、ヴェリードから少し南に位置するルーベンに滞在してはどうでしょう? あの町は一度ディー様の捜索も終わっていますし、捜索隊ももう少し遠い場所を探しているかと」

「いいわ。そうしましょう。そうとなれば、明日出発ね。で、当日になったら、ヴェリードまで行って、壇上に姿を現せばいいのだもの」

 アイラとレオはさすがにアイヴェサ王国の地理には詳しくないため、エリックの提案に乗るのが得策だろう。レオがそう思ってアイラを見ると、彼女は顔の前で人差し指を立て、一つだけ、と切り出しながらディーに向かって言った。

「当日までの滞在場所に異論はないわ。ただし、登場の仕方については私に考えがあるの」

「考え?」

「ええ。風巫女というのは、当日、いかに風使いの力を示したか、にかかってくるんでしょう? それなら、登場の演出は派手にしなくちゃ」

 

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