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3.彼女の夢

「ねえ、教えてほしいことがあるの」

 アイラは水の入ったグラスで戯れるディーを見つめながら、静かにそう切り出した。

「あなたはなぜ、自分のことを風使いではなく、風呼びだと思っていたの?

 それは、レオも不思議に思っていたことだった。

 風呼びというのは、呼び人の中でも最も力のコントロールが難しいとされる。なぜならば風は気まぐれであり、その気まぐれに敵わなければ、望むような風は呼べないとされるのが通説だからだ。

 しかし彼女自身のことを風呼びだと言いながらも、風を呼ぶ力をコントールしたいのだと言った。その矛盾をはらんだ願望は、いったいどこから生まれたのか不思議だったのだ。

「私が風呼びだと自覚したのは……そう言われたからよ。そう言われて、生活を制約されつづけてきた。もう、幾年も……」

 ディーはそういうと、グラスを静かにテーブルに置いた。

「私は、子どものころから強い風を呼ぶことができた。ただその力は不安定で、その不安定さゆえに風呼びだと言われていたの。そして、力をきちんと扱えるようになるまでは、し……家から出てはいけないと」

「あなたが風呼びだと言ったのは誰なの?」

「それはさ……私の父のし……部下よ」

 先ほどから、ディーの言葉が時折、何かを誤魔化しているような様子なのがレオは気になっていた。彼女はこの国で、明らかに高い身分の人間だろう。着ている服や所作、言葉遣いからそれをうかがい知れる。その彼女の生活を制約できるだけの力を持った人間が、彼女の身内以外で誰がいるのだろうか。

「私は力をコントロールできるようにはなかなかならず、一生外に出ることは叶わぬのだと思っていた。それでも私は、祖母との約束を果たすために、ずっと力をコントロール練習をしてきた。そしてこの前、私はその約束を果たせる望みを、不意に手に入れたわ」

 ディーが立ち上がると、彼女の着ていたドレスの裾が揺れた。そのドレスの裾を払うようにしながら彼女は数歩進むと、おもむろに手を宙にかざした。

「おいで」

 ディーが優しくそう声をかけた途端、彼女の手の中に、緑色に輝く美しい鳥の羽が現れた。緑といっても羽の付け根は淡く、先は深みのある色に徐々に変わっていく美しいものだった。それは光沢を帯びていて、まるで緑の光を発しているかのようだった。

「これが、私を選んだの。だから私は、諦めてはならないと思ったわ」

 ディーがどういうつもりでその羽をこの場に提示したのかは分からない。

 しかしアイラとレオには、すでに、ディーが何者か分かってしまっていた。

 この国では風巫女の候補を選ぶ条件として、神緑鳥しんりょくちょうの羽が必要だということは既に聞いていた。そして、おそらく目の前にあるこの不思議な羽は、きっと神緑鳥しんりょくちょうなのだ。

 そうなれば、ディーが何者かは言わずとも知れる。

 宰相の娘であるか、このアイヴェサ王国の王女かの二択だ。

 そしてもう一つ、彼女の素性を推察するための情報をレオとアイラは知っている。

 彼女を風呼びと断じたのは、父の部下だと彼女は言った。

 王女であろうが、宰相の娘であろうが、それほど高位なものの行動を制約するならば、国王や宰相ほどの身分の高さが無ければ実行はできないはずだ。

 そして、宰相が部下であるとするならば、ディーの父親は国王となり、彼女は王女であると分かる。

 ただの貴族でも関わり合いになるのはやめておいた方が良いと思ったのに、ディーが王女であるとなれば、さらに関わり合いになるのは避けたいところだ。レオはこの旅において、アイラの平穏が守られればそれでよいと思っていた。ディーと関わることは、この旅に不和を生みかねない。


「お願いがある。私はこの羽に選ばれ、どうしても果たしたい祖母との約束がある」

 

 その声は、よく通る声だった。相手に否を言わせない、力強いものでもあった。

 ディーはアイラとレオを見て、そして言った。

「あなたたちの力を貸して。私は、自分の力をコントロールする必要がある。特にあなたは、これだけの力があるんだもの」

 水の入ったグラスを指し、ディーはそう言った。

 アイラはしばし考えていたようだったが、ゆっくりとソファから立ち上がった。そして、ディーの手にそっと自分の手を添えた。

「協力するわ。私にできることなら」

 レオは関わり合いになりたくないと思っていても、アイラがそう答えるだろうことは、レオにもわかってはいたことだった。



 同日の夜、宿の中庭でアイラとレオは静かに月を眺めていた。

 北の大地の夜は冷える。外套を羽織ってもなお、頬や耳が赤く染まり、手は氷のように冷たくなる。

「お嬢様も、わかっていて協力すると言ってるんですよね?」

「あの子が王女であること? それとも、宰相が彼女を風巫女にするのを阻止すべく、風呼びだと偽りを吹き込んでいるということ?」

 どうやら彼女もまた、レオと同じ結論に至っていたらしい。

「……どちらもです」

「もちろん、わかっているわ」

 彼女が振り向くと、金色の長い髪が風になびいた。それは月の光を受けて、波打つように輝く。

 そのあまりの美しさにレオが見とれていると、アイラはかつてのような、どことなくのほほんとした笑みを浮かべて言った。

「分かっていても、助けてあげたいの。私に助けられる力があるなら、ね」

 彼女は美しかった。迷いがない。彼女は自分の力が及ぶ範囲なら、目の前にいる困っている人を助ける気でいるのだろう。

 そういう彼女はどこか新鮮だったが、ある意味では、「愚鈍姫」と呼ばれていた時と同じ、心の優しさを持っている。

「それが……多少の危険をはらんでも?」

「ええ。今までだってどうにかなったのだから、これからもどうにかなるわ」

 彼女の決意は固いのだ。

 レオはそう思った。

「どこまで、面倒を見る気ですか?」

「どこまで……ね。一応、力を扱えるようになるまで、のつもりよ。あなたの妥協点もそこでしょう?」

「本音を言えば、そこでも妥協はしたくないぐらいですが」

 レオがそういうと、アイラはそうね、といって、しばし考えるそぶりを見せた。

「あなたがあの子と関わりたくないと思うのは、あの子が王女だからでしょう? それも風巫女の候補で、おそらくは宰相にその存在を疎まれている。そんな子を助ければ、私にどんな塁が及ぶかわからないと」

「それは……そうですね。お嬢様は、案外、自分を省みないですからね」

 レオとアイラはかつて、復讐する側と復讐される側の関係性だった。

 レオはアイラの生家であるブレイハ伯爵家に強い恨みを持っており、その悪事を告発することで、ブレイハ家の瓦解を狙っていたのだった。アイラはそんなレオの復讐心を知りながらも、レオを懐に置き続け、レオに気取られないように裏で協力してくれていた。

 彼女がもう少し自分の身を大切にしていれば、そんな状況下でレオを傍に置くことを許しはしなかっただろう。

「そうね……それは、そうなのかもしれない。ねえ、レオ」

 アイラはそこで言葉を区切ると、一歩レオに近づいた。

「私はあの子を助けてあげたい。でも、本当にどうするかは、あなたが決めていいわ」

「え?」

「だって……あなたに私のプレゼントはあげたから」

 炎に包まれた屋敷の中で、アイラは確かにレオに彼女の命をくれた。レオの誕生日プレゼントだといって。しかしそれは、復讐を果たすためにレオに自分を殺せと言っている意味合いであって、彼女の意思決定をレオに委ねた言葉ではない。

「その言い方はずるいです……。わかりました。力のコントロールまでですよ」

「本当? ありがとう、レオ!」

 軽やかにそういった彼女の表情をみて、レオはこっそりとため息をついた。

 なんだかんだいって、レオは彼女に敵わないのだ。そんな彼女だったからこそ、レオはきっと今ここにいるのだから。


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