8. 魔法のジュータンが出てきました。さすが異世界です。
「……俺、人を殺しちゃったんです……」
ベンチに並んで座った男の子が、うつむいたまま、ぽつりぽつりと語ってくれる。
ひぇぇぇ……。
真剣に聞くフリをしながら、内心ダラダラと冷や汗をかく、あたし。
超弩級の重さだった!
この世界、騎士なんか人を殺したことあって普通だけど、こんな男の子にはやっぱり、辛いと思うんだよね……
「運転中に、飛び出してきた女の子をひいちゃって……」
運転? この世界にも車あるの?
ま、いいか!
魔法があるくらいだから、車もあっておかしくないよねっ!
それに、今はこの子を励ますことの方が大事だ。
「でもそれは、その女の子が悪いんじゃないの?」
あたしだって、うっかりトラックの前に飛び出してひかれて、この世界に転生したけれど、それでトラックの運転手さんがタイホとかされちゃってたら居たたまれない。
「……それは認められて、示談で済んだし、賠償も葬式代だけでいいって……」
「良かったじゃん!」 心から良かった、それは!
「きっとその女の子も草葉の陰から、ああ良かった、って思ってるよ!」
実際は、そうじゃないかもしれないけど。
死んだ女の子も、その子の家族も。どんな気持ちだったかなんて、たぶん経験者のあたしでも、はかりしれない。
でも、この男の子にそこまで苦しんでほしくないんだ。
「そんな風に思えないんです……!」 血を吐くような、叫び。
「晴れた日は外に出ると気持ちいいから、できるだけ家の中にこもるんです。気持ちいい、と思っちゃいけないから」
「そんなこと……!」
どうしよう、涙でてきた。
「仕事から帰る道では、空が見えないようにずっと下を見るんです。夕焼けを、きれいと思わないように」
「(臨時名)ペーターさん……!」
男の子の手を握りしめ、涙にくれる。
悲しい!
悲しすぎるよ……!
「よし、決めた!」 あたしは、手近なランプをキュキュっとこする。
「出でよ、ランプの魔神! もとのサイズで!」
ぼわん、といかにもな効果音と共に、ランプの魔神さん出現っ!
「えーっ、なんでまだ侍女スタイルなの!?」
「気に入ったんでぇす♡」
……ま、いいや。
「で、なにかご用でぇすか♡ マスター?」
「空とぶジュータン出して! ついでにこの子とあたし乗せて、運転して!」
「はぁい♡」
ランプの侍女スタイル魔神はとってもご機嫌で空中から、赤いジュータンを取り出してくれた。
★★★
結った髪がほどけて、後ろに流れる。
風を切って、空を駆ける。
人の手に届かないはずの、天上の青がこんなに近い!
「きゃぁぁぁぁぁぁっ♡」 上機嫌で声をあげる、あたし。
気持ちいい!
「もっと飛ばしてぇぇぇっ!」
「かしこぉまぁりぃ♡」 ランプの侍女スタイル魔神さんも、上機嫌。
くるり、とジュータンを空中回転させてくれる。
侍女スタイルのスカートがまくれて、何もつけてない脚とその上がもろ見えになった。
……きゃ。
目隠しの隙間から、ついつい、どっちの性別か確認しちゃう、あたし。
どっちだったかは、内緒だ。
一方の(臨時名)ペータ少年は。
「どぉぁぁぁぁぁぁっ!」 目隠しも性別確認もする余裕なく、必死で悲鳴を上げている。
うん、良き良き。これもストレス解消かな。
「もう降りましょうよ……!」
「だぁめ」 ニンマリとして、答えてあげる。
「もっと! もっとよ……!」
あたしの声援に応じて、ジュータンはさらに高速で飛び出した。
(臨時名)ペーター少年の悲鳴が、大きくなる。
「いつになったら降りるんですか……!」
「あなたが!」 風に負けないように、叫び返す。
「この風を、気持ちいいと思うようになるまで!
流れる雲を、キレイだと思えるようになるまで!
空に、手を伸ばそうと、思えるようになるまで!」
この子は、前世であたしを死なせちゃったトラック運転手さんとは、違うだろう。
けど、どうしても重ねてしまうんだ。
勝手に飛び出しちゃって勝手に死んで、罪を犯させてしまった。
もう、苦しまないでいいよ。
自分のために、生きてほしいよ。
顔を見たこともない、あの人まで、この願いが届くといいのに。
「ひゃっほぉぉぉぉぉぉっ!」
あたしは風と、眼下の海をめいっぱい楽しみながら、思いっきり歓声をあげた。