5. ガラスの靴を落としました。
「ちょっとシンデレラ!」 相変わらずツンケンした声で呼ぶのは、義姉その2。
「コルセットを締めてちょうだい!」
「はぁぁぁぁぁぁ……」 思わずタメイキが出てしまう。
「なんなのよその態度は!」 ごつん! またしてもゲンコツ。
今日も絶好調で荒れてるなぁ。
でもなんか、もう、いくら殴られてもいいよ。
許せんよね、こんな女。わかる。
でもまぁ、許してほしい。
たぶん、その辺でたまたま出会った女にプロポーズしちゃう王子とか、そのプロポーズをほいほい受けちゃう女とか。
それで喜んじゃってるカップルとか。
もう、国家破滅フラグ立ってるから……あ、これじゃあますます、許せるわけないか。
「出でよ……ランプの魔神……」
「はぁい♡」 最近は重大任務が多くて、ご機嫌の魔神さん。
「おぉや、暗ぁい♡ 今晩はあれでしょ、婚約発表……」
「のぁぁぁぁぁぁぁっ!」 それ、言っちゃダメなやつ!
「2お姉さまのコルセットを絞ってあげて! 死なない程度に!」
「はぁい♡」
魔神さんが、コルセットの紐に触ろうとすると。
「きゃあっ!」 身をよじって悲鳴を上げる、義姉その2。
「そんな気持ち悪いおばあさんに、触らせないで!」
しまった。そういえば、魔神さんはおばあさんスタイル。
でも、それほど気持ち悪いとは思わないけどな?
「はぁい♡ じゃあ、これではぁ?」
どろん。
と、いかにもな音を立てて、魔神は。
輝かしい超絶イケメン(カボチャパンツ+タイツ付き)に変身っ!
今度慌てたのは、あたしだ。
だって、心臓に悪いんだもの。
「ばかばかばかぁっ! なんでツェント王子に化けるのよぉっ」
「おやぁ? お姉さんは喜んでおられるようですがぁ?」
言いながら、義姉その2のコルセットをしめる。
見たくないっ……いくら、正体がランプの魔神さんだと分かってても、見たくない!
目を反らすあたしから、少し離れたところで。
どさり、と義姉その2が倒れた。
「……しめすぎ?」
「いぃえ♡ ヨロコビのあまり、お倒れになりました」
「そ、そう……」
そうだよね。
ツェント王子といえば、いくら国政関係なくその辺の娘にプロポーズしちゃうような、おバカな惚れやすさんでも、年頃の娘たちの憧れの的なのだ。
金持ち、イケメン、権力だって持っている。
「はぁぁぁぁぁ……」 また、タメイキが出た。
「ツェント王子が……普通の人だったら、良かったのになぁ……」
お金は確かにちょっと欲しいけど、ほかってそんなに重要かな?
なんか、むしろ、邪魔な気がしちゃう。
普通の家に住んで、普通の職業があって、毎日一緒に顔を合わせてゴハンが食べられる。
そんな生活が、いいのにな。
ままならない。
「まぁまぁ」 魔法使いのおばあさんの姿に戻った魔神さんが、コルセットを手ににやぁり、と笑った。
「さぁあ♡ マスターも今晩は、どぉっさり、オシャレしましょうね♡」
★★★★
何百本? だか何千本? だかの蝋燭が灯されたシャンデリア(ムダ遣い!)で、真昼のように明るい広間。
来てしまった。
ゴクリ、と唾を飲むあたしのことを、実は誰も見ていない。
貴重な青のシルクに、幾重にもレースを重ね、小粒の宝石をちりばめたドレスは、パーティー会場の誰よりも、贅沢。
あたしは化粧や髪型やコルセット(苦しいっ!)で、誰よりも美しいはず。
でも、誰もあたしの方はみていないのだ。
なんとなれば。
「エリザベート姫よ、余は、そなたとの婚約を破棄する!」
はーい。始まってますよー。
レッツ・ザ・婚約破棄・ウィィズ・隣国王女!
可哀想……加害者になっちゃうあたしが言うのもなんだけど、どーしても親(王様ね!)が認めないからって、満座の中で婚約破棄宣言とか。
さすが、顔だけバカ王子。
こんな人好きになっちゃって、振り払えないあたしもバカだな。
………………
………………。
顔を上げられない。
この後で、あたしのことを紹介される。
やめた方がいいよ、って言ったけど王子いわく。
「このまま敵中突破するには既成事実が必要なんだ! 耐えてくれ!」 だった……。
「そして!」 得々として、あたしを紹介しようとする、愛しいバカ王子の声が、響く。
「余の新しい婚約者が……」
その時。
ボーンボーンボーン、と時計が真夜中を告げた。
その音をきいた瞬間。
あたしは、弾かれたように、走り出した。
広間を抜ける、長い階段を駆け降りる。
懐から、ずっと大事に持っていた小さなガラスの靴が片方、落ちた。
でも、悪者になりたくなくて逃げ出したあたしには。
王子からもらったガラスの靴を拾う資格は。
もう、ない。




