第49話「巡る天下、回る人々(参)」
重茂が関東に下向するという話は、奉行人たちの間でもあっという間に広まっていった。
戦の終わりが見えてきたことで、人の出入りは活発になっている。
島津貞久のように新政権に期することあって京へ来る者もいれば、所領の安定化のため下向する者もいた。
誰が来た、誰が去ったというのは、格好の話のタネなのである。
「重茂殿――これを、お願いできますか」
関東への出立も近づいてきたある日、重茂が奉行人たちの仕事場に顔を出すと、長井挙冬が何枚かの書状を差し出してきた。
向こうにいる者たちへの手紙である。こうやって依頼されるのは初めてではないので、重茂は「心得た」と快諾した。
「中身は、改めていただいても構いません。一族の……毛利のことを、少し」
「ああ、話には聞いている。挙冬殿もいろいろと抱えるものがあって大変だな」
毛利というのは、挙冬と同じ大江氏に連なる一族である。
この毛利氏は、若年の当主・師親と後見である曽祖父時親が足利方、祖父貞親と父親衡が後醍醐方について相争うという内訌状態にあった。大江氏の代表格である挙冬は、師親・時親と連携して貞親・親衡を帰順させようと四苦八苦している。
書状には、貞親・親衡の如く時勢を見誤るなということを書いたのだという。
大江一族をまとめて足利方に繋ぎとめておきたい。それが挙冬の考えのようだった。
「毛利のことでは、師泰殿に世話になりました。なかなか会う機会がないのですが、今度御礼をと思っています」
「兄上が?」
「はい。師泰殿は、毛利師親の烏帽子親でもありますので」
一度京を追われて九州まで落ち延びる途中、師泰がどこかの武士の子の烏帽子親を頼まれたと言っていたことを思い出す。
師泰は『大江の子』と話していた。それがおそらく毛利師親なのだろう。とすれば、師親の師は師泰の師ということになる。
先日の島津師久の一件もそうだが、高一族は少しずつ足利氏以外との繋がりも持ち始めている。
それは、足利氏が天下を代表する存在になりつつあることの証明でもあった。
足利の一族ではないものの、高一族は足利という共同体を動かすための重要なポジションにある。
足利氏の地位向上に伴って各所との関係が構築されていくというのは、自然な流れだった。
「重茂殿」
挙冬と二人で話しているところに、今度は信濃入道――太田時連が顔を見せた。
声をかけられると、思わず身体が硬くなってしまう。重茂も仕事に慣れるまでは、時連から厳しい叱咤の声を何度も浴びせられた。理不尽なものがなかっただけに反論もできず、ただ「仰せの通りです」としか言えない。そういう経験もあって、重茂からすると時連は鬼のように恐ろしい存在だった。
「な、なんでしょう信濃入道殿」
「なにを構えておるのだ、そなたは。うしろめたいことでもあるのか」
「いえ、誓ってないです」
「なら堂々とせぬか」
「はい」
姿勢を正した重茂を見て頷くと、時連は大量の書類を重茂に渡した。
「これは、向こうにいる御一族や御身内の方への書状でしょうか」
「いや、坂東の所領に関する訴訟の記録の写しだ」
見てみろと促され、重茂は渡された文書に目を通していく。
そこには、相模・武蔵といった坂東諸国の所領についての記録が事細かく記されていた。時連の手によるものと思しき注記などもある。
「戦が終わっても、所領を巡る争いは終わらぬ。どこまでいっても落ち着くということがない。だからこそ調整が必要になる。今渡したものは、そのための武器だ。それを使いこなして、鎌倉の千寿王殿をよく助けるが良い」
それだけ言うと、時連はさっさと仕事に戻ってしまう。
既にかなりの老齢なのだが、仕事に対するバイタリティは重茂たちにも引けを取らない。
「入道殿は、親切な人です」
挙冬がしみじみと言う。
この奉行人たちの集まりでも、時連を恐れる者はいるが、嫌っている者というのはほとんどいないだろう。
少なくとも、重茂は時連に関する悪口というものを一度も聞いたことがなかった。
「尊敬すべき御仁だ。……怖いけどな」
ぼそりと付け加えたとき、一瞬だけ時連が重茂の方を睨みつける。
慌てて口を塞ぐ重茂に、挙冬は穏やかな笑みを向けた。
日も暮れようという頃、宿所へ戻る途中で、重茂は尊氏の姿を認めた。
供回りの者を連れているが、自身は軽装で、歩き方もどこか頼りない。
一応戦はまだ続いているのだからもう少し用心すべきでは――そう思った重茂は、声をかけることにした。
「……おお、弥五郎か」
いざ注意しようとしたところで、重茂のそういう気持ちは急速にしぼんでいった。
尊氏が、ひどく憔悴しているように見えたからである。
先日呼び出されたときもやつれているような気がしたが、今日はもっと酷い有様だった。
なにかの病に侵されているのではないかと疑いそうになる。
「殿。顔色が優れぬようですが」
「ああ、うむ。……どうも気が塞いでいてな。じきにこの戦も終わろうというのに、妙なことだ」
むしろ、戦が終わろうとしているから気が塞いでしまうのではないか。
重茂はそう思ったが、口にすることはしなかった。尊氏とてそれくらいは分かっているだろう。
尊氏は、今叡山にこもっている『敵の親玉』の後醍醐に大恩がある。少なくとも尊氏はそう感じている。
結果として後醍醐と対立することになってしまったが、それは尊氏の本意ではない。両人の対立というのは、不幸なボタンの掛け違いによるものだ。尊氏にとって、大恩ある後醍醐と戦うことも苦痛だったろうが、勝者として敗者である恩人に向き合うのは、より辛いことなのだろう。
重茂は、尊氏に誘われて東寺の庭園にやって来た。
「わしは、帝に合わせる顔がない。このまま消えてしまいたいと、近頃はそんなことばかりを考えている」
「殿は足利の惣領。そのようなことでは、我ら一同、否、今となっては世の武家皆が困り果ててしまいます」
「おかしなものだな。わしは、元々なんでもない者として一生を終えるはずだったというのに。本来惣領となるべき兄が早逝し、帝が世を御一新されるなか、気づけば足利の惣領に収まっていた。帝のおかげでだ。高位官職も賜った。あの頃は良かったな」
足利尊氏は、その父・貞氏の嫡男ではない。
嫡男は、尊氏・直義の兄である高義だった。
この高義が長命だったなら、尊氏・直義は分家を立てて一色・細川・仁木などと同じような立場に収まっていたことだろう。
高義が亡くなり、嫡流を尊氏に移すか高義遺児に継がせるかで、足利氏は一時紛糾していた。
重茂はなにかをするような立場ではなかったので傍観しているだけだったが、あの頃の雰囲気はどうにも恐ろしいものがあった。
問題が決着しないまま貞氏が亡くなり、なし崩し的に尊氏が足利の代表のような恰好になった。その立場がしっかりと固まったのは、後醍醐と鎌倉幕府の戦いの中でのことである。後醍醐なくして、今の足利尊氏は存在しえないのだ。
「実は少し前、清水寺に願文を収めた」
「願文?」
「我が身の栄達はこれ以上望まぬ。私は出家する故、この世の果報は直義にいただきたい――と」
重茂は思わず周囲を見渡した。
尊氏に付き従っている近習以外に人気はない。
これから新たな武家政権を打ち立てようとする者が、このような願いを抱いているなどと知れようものなら、足利を見限って後醍醐方に寝返ろうとする者が出る可能性がある。
「その話は、みだりになされぬ方が良いかと存じます」
「分かっておる。わしも、今すぐ出家しようというつもりはない。世がもう少し、もう少しだけ静謐になればの話だ」
尊氏の後ろ姿が、重茂にはひどく儚いものに見えた。
仮に、自分が急に師直の跡を継がねばならなくなったとすれば、どうだろう。
その地位が不安定で、安定させるために助力してくれた恩人がいたとして、その人物と対立したらどうだろう。
世の武士の期待を一身に背負うことになり、一個人としての意思が表に出せなくなったとしたら――耐えられるだろうか。
足利の家人としては、主君の弱気を諫めるべきなのだろう。
しかし、重茂には何も言えなかった。尊氏の出発点が、自分と似たようなところにあるせいかもしれない。
「……世が鎮まったら、出家なされるので?」
「そうしたいと考えているが、そう上手くはいかんだろうな。当面は直義をわしの名代とすれば良いが、千寿王のこともある」
尊氏の跡を直義に譲るのか、千寿王への繋ぎとするのか。
今度の後継問題は、高義没後の比ではない。なにせ、足利はもはや鎌倉幕府の一御家人ではなく、天下第一の武家なのだから。
「弥五郎」
「はい」
「千寿王のこと、頼む。強い男となるよう導いてやってくれ。わしのようにしてはならぬ。良いか、くれぐれもわしのようにしてはならぬぞ――」
自己嫌悪混じりの主の言葉に、重茂はただ頷くことしかできなかった。





