第31話「重茂、南へ(壱)」
「弥四郎が一手の大将?」
佐々木道誉・土岐頼遠らを見送ってから程なく。
戻って来た師泰から山門攻めの陣触れを聞かされ、重茂は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
高一族の末席に名を連ねていた弥四郎――師久の大将任命は、大抜擢と言って良い。
先刻まで、師泰は尊氏・直義たちの元へ軍議に出向いていた。
山門――比叡山にこもる後醍醐方への対応を決めるための軍議である。
「ああ。殿の御推挙によるものだ。どうも裏で親父が動いたような気配もしたが」
「しかし少し前までならともかく、今は我ら兄弟が大将というのは厳しいだろう。一門衆から文句は出なかったのか」
九州から京への道程では師泰も大将を務めたが、それは軍が分散されていたり、別行動を取っている足利一門が多かったからだ。
今は違う。丹波から駆け付けた仁木頼章(九州に残留した仁木義長の兄)、今川頼貞等、多くの一門が集まっている。
重茂ら兄弟は足利宗家に属する身ではあるが、その立場は家人である。他の一門衆との上下関係はデリケートな問題だった。
「一番文句言いそうな高経殿は、越前の方に出向いておったからな」
「吉良殿は?」
「うむ……まあ、大手の大将として指名されたことで機嫌を直されたようだった」
いきなり師泰の歯切れが悪くなった。どうも揉めたらしい。
吉良殿というのは、足利高経同様、非常に高い家格の足利一門である。
足利一門の所領の中でも豊かで知られる吉良荘を有していることから「吉良殿」と呼ばれているが、当人たちは未だ「足利」を名乗ることもある。高経らとほぼ同格――宗家である尊氏・直義にも後れを取らない出自の者たちだった。
そんな家柄の者が、宗家の執事に過ぎない高兄弟と同格に扱われることを良しとするはずがない。
師久の大将任命に苦言を呈した吉良に対し、尊氏・直義が「別の軍に分けるから、風下に立つことにはならない」と説得したのであろう。そういう光景は容易に想像がつく。
「吉良殿はそれで良いとして、弥四郎は誰を率いるんだ」
「九州でかき集めた味方衆、それに足利重代の家人衆――あとはまあ桃井・岩松・山名といったところだな」
新参の味方、同輩、そして足利一門の中でも比較的立場の弱い一族ばかりである。
そのこと自体は、高一族の立場からも納得できた。
「他の一門衆は、皆大手もしくは搦め手の軍よ。弥四郎が任されたのは、敵の逃げ場を塞ぐための壁の軍というわけだ」
「手柄は一門衆に持っていかれるというわけか。それは仕方ないにしても、なぜそんなとこで弥四郎に大将を任せられるのだ」
「お披露目、ということかもしれんぞ。これまで行動を共にしてきた一門衆ならともかく、他の方々は弥四郎の力を知らん」
師久が頭角を現し始めたのは、足利が朝敵とされた後の乱においてである。
尊氏たちは、宗家の家人に優れた人材がいるということを一門に披露したいのかもしれない。
「だからわしは言ってやった。弥四郎、敵が隙をみせたらお前も容赦なく攻め立ててやれとな」
「四郎の兄上なら、敵が隙をみせずとも無理矢理攻め入りそうだな」
そう言いながら、重茂はゆっくりと腰をあげた。
「厠か」
「殿の宿所だ。弥四郎はそこにいるんだろう?」
「ああ。今頃は戦支度をしているはずだ」
「少し様子を見てくる」
「お節介な奴だな、お前は」
放っておけ。その言葉を飲み込んで、重茂は静かにその場を後にした。
尊氏の宿所付近は光厳院の仮御所となっているからか、いつになく物々しい雰囲気に包まれていた。
石清水八幡宮寺に属する神人や僧、院に近侍する侍、そして足利一門の武士が境内にひしめき合っている。
守るべき院がいるからだろうが、戦場さながらに緊張感が漂っていた。
京に戻ってきたといっても、まだまだ腰を落ち着けることはできそうにない。今はまだ戦の最中である。
「おお、弥五郎ではないか」
師久を探して僅かな供回りで境内を歩いていると、正面から馬上の尊氏が姿を見せた。
当然のように、その脇には師直もいる。しかし、師久の姿は見当たらなかった。
「殿。良いのですか、出歩いて」
「ああ。ずっと宿所にこもっていては気が塞がりそうになるのでな」
「私もお止めしたのだが……」
師直が珍しく愚痴をこぼした。
宗家惣領の主を守るのが執事としての師直の使命である。
しかし、尊氏はどこか自分の身に対して無頓着な一面があった。
「丁度良いところであった。弥五郎、一つ頼みがある」
「は、私にでございますか」
「ああ。ほら、今、楠木殿の首を市中に晒しているであろう」
後醍醐方の名将・楠木正成の戦死を喧伝し、相手の士気を挫くための措置である。
もっとも、正成はこれまで何度か「死んだと思っていたら実は生きていた」ということがあったので、市中では「本当に楠木殿の首なのか」と半信半疑らしい。
「思ったほど効き目もなく、そろそろ形も見目悪くなり始めていると聞いた」
「はあ」
「そこでだ。おぬし、河内の楠木党の元へ、首を届けに行ってはくれぬか」
「首を、でございますか?」
重茂は不服そうな顔をみせた。
そんなお使いは、他の適当な者にでもさせておけば良いのではないか。
ここで河内などに行っては、山門攻めに参加できるか怪しくなってくる。
「無論、それだけなら他の者にさせても良い。届けるにあたって、他に二つ頼みたいことがある」
「なんでございましょう」
「楠木党と――興福寺の動向を見て来て欲しい」
興福寺の名を聞いて、思わず重茂と師直は表情を引き締めた。
後醍醐方に味方している延暦寺、京の東寺と並ぶ強大な寺社勢力――それが興福寺である。
延暦寺が国家鎮護を担うのに対し、興福寺は藤原氏を守護する氏寺という性格を持っている。
とは言え藤原氏は長くこの国の中枢にあり続けた存在である。それに縁のある興福寺は、大和一国を事実上支配する存在と言っても良い。
楠木党のいる河内国と興福寺のある大和国は、いずれも京の南に位置している。
彼らがこのタイミングで後醍醐方に味方しようと北上してきた場合、足利にとって恐るべき敵となるだろう。
「弥五郎は巧言令色を用いることがなく、見たままを正直に述べる。加えて細かいことにも目が利き、物覚えも良い。山門攻めには参加できず不服があるかもしれぬが、これはおぬしを見込んでの頼みなのだ」
「いや、しかしですな」
「弥五郎」
尊氏に異議を申し立てようとする重茂を、師直が横から制した。
これは何を言っても行かされる流れである。
「……承知いたしました」
「すまぬな。おぬしのことを頼っているからこその頼みだ」
「殿はずるい御方ですな。あまりそういうお言葉は多用されない方がよろしいかと存じます」
「む、そうか。どこかずるいのかよく分からぬが……気をつけるようにはしておこう」
改まる気配のなさそうな返答に、重茂だけでなく師直も溜息をつく。
「直義や四郎にはこちらからも伝えておく。支度を整えたら、今晩にでも出立してくれ」
「分かりました」
重茂の返答に頷くと、尊氏は「ではよろしく頼む」と告げて再び馬を歩かせる。
その後に従いつつ、師直は微かに重茂の方を見た。
「弥四郎は遠乗りに出ている。麓の辺りで待っていればじきに戻ってくるだろう」
それだけ述べて、師直は重茂の回答を待たずに去ってしまった。
「相変わらず俺のことはお見通しというわけか」
恐ろしい兄だ。
心中でそう呟きながら、重茂は麓に足を向けた。





