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花七宝の影法師~天下ノ執事の弟、南北朝の世で奮闘す~  作者: 夕月日暮
第2章「廻天の秋」
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第23話「一ノ谷の先」

 それは、取り囲んでいる軍勢からするとあまりに小さな城であった。

 赤坂城と呼ばれる小城に立てこもっているのは、楠木くすのき正成まさしげという武士らしい。

 河内かわちではそれなりに名が知られているそうだが、重茂しげもちはその男のことをよく知らなかった。


「これだけ大勢の軍を差し向けるほどの男なのだろうか」


 兄・師直もろなおに尋ねると、彼は呆れたような顔で大きく息を吐いた。


「行軍してからそのようなことを口にするな、遅すぎる」

「では、兄上は既にお考えが定まっていると?」

「……大軍を差し向けたのは、西国に対する示威も兼ねているのだろう」


 やや反発気味に問い返した重茂に、師直はいささか言葉を慎重に選びながら応えた。


元寇げんこうが途絶えて既に久しく、西国で関東の武勇を示す機会は長らくなかった。だからか、近頃の京方では不穏な気配があるそうだ。関東の申しつけに従わぬ武家もいると聞いている。それらに対する牽制をしたいというのが狙いなのだろうよ」


 鎌倉幕府にとって、西国というのはいかにも遠かった。

 元来東国武士による東国中心の政権だった鎌倉幕府は、平家追討や承久の乱といった戦いを制したことで、西国への影響力を強めた。中国大陸のげんが攻め寄せてきた元寇で、その影響力は更に増す。しかし、昨今は元も攻めてこなくなり、京との間にも戦端が開かれるようなことはなくなった。


 西国は、徐々に鎌倉幕府の武威を忘れつつある。


「今、鎌倉は体制が揺らいでいる。将軍は無力なお飾りとなり、実権を握っていたはずの執権しっけんですら得宗とくそう家以外は名誉ばかりの役職へと落ちた。更に得宗家ですら、御当主よりも内管領ないかんれいの方が力をつけているという有様。あまりにも、ややこしい」

「ややこしいのは分かる」


 師直の話を横で聞いていた師泰もろやすが、うんうんと頷いた。

 そんな兄の反応にやや顔をしかめながら、師直は続けた。


「誰が偉いのか、誰の指示に従うべきか。それがややこしくなると、戦にかかる手間も増える。頼朝よりとも公や義時よしとき公の頃であれば、将軍・執権の指示の元で御家人ごけにんが一致団結して戦に臨むことができた。だが今は違う。よく分からぬものに命じられ、よく分からぬまま戦に駆り出されている」

「一致団結とは程遠いな。勝てる戦も勝てないかもしれん」

「だからだ、兄上。見た目だけでも派手に軍勢を整えて、西国に向けて脅しをかけたいのだよ、鎌倉は。できれば本気の戦など、したくはないのだ」


 兄たちの話を聞いて、ならばと重茂は遠き赤坂城を見つめる。


「楠木とかいう武士自体は、大した相手ではないということか。見せしめとして叩き潰されるだけの贄。そう考えると、気の毒な気もしてくる」

「……」


 だが、師直は重茂の見解に同意を示さなかった。

 否定するわけでもない。ただ、何か値踏みするような眼差しを赤坂城に向けている。


「そこは、行ってみなければ分からぬ。仮に楠木が、鎌倉のそういう内情を理解したうえで決起したのであれば――」

「したのであれば?」

「……いや、分からぬうちは、言わぬ方が良かろう」


 それから程なくして、赤坂城は陥落した。

 だが、そこで死んだはずの楠木正成は後に蘇り――最終的に、鎌倉幕府の命脈を断つことになる。


 大英雄・楠木正成の名は、日ノ本全土に轟くことになった。


 ほんの――何年か前の話である。




 建武けんむ三年五月二十五日、早朝。

 まだ陽も昇りきらぬうちから、直義ただよし軍は摂津入り口の山脈の頂を目指していた。

 海路を往く尊氏たかうじたちの軍勢が、難所である播磨灘はりまなだを越えたからである。


 少弐しょうに頼尚よりひさ率いる浜の手の軍勢は、そのまま海沿いを東進し、戦が起きたときは尊氏率いる海の軍勢と連携して敵にあたる。

 足利あしかが高経たかつね率いる山の手の軍勢は側面から状況を確認し、状況に応じて丹波たんばへと北上する。

 そして足利直義率いる大手の軍勢は、中央から摂津せっつの国を横断し、京へと迫る。


 敵が潜んでいないか警戒しつつ進軍しているからか、どうにも空気が張り詰めている。

 その重苦しさを和らげようと、重茂は「そういえば」と切り出した。


「この辺りは、かつて九郎判官(ほうがん)義経よしつねが平家と戦をした地でございますな」

「ん、そうであったか?」


 直義が重茂の話に食いついてきた。


 九郎判官義経というのは、今より百五十年程昔を生きた武将である。

 都で武家の頂点として君臨していた平家に対し挙兵したみなもとの頼朝よりともの異母弟で、平家との戦いで縦横無尽の活躍をしたと語り継がれている。最後は兄・頼朝と決別して非業の死を遂げるのだが、その生き様は今の時代を生きる武士からも広く愛されていた。


 その義経が摂津の地に布陣する平家を打ち破った。それがこの辺りなのである。

 一ノ谷の戦とも称されるその戦は、平家物語等での名シーンの一つとして語られていた。


「高経殿が行かれる道は、おそらく九郎判官が通った道でしょう。丹波から来るか丹波へ行くかという違いはあるでしょうが」

「そうか。少し羨ましいな」

「我らの道筋は、土肥どひ実平さねひらと同じでしょうな」

「土肥実平か。悪くない」


 土肥実平も、九郎判官義経と同じ時代を生きた鎌倉幕府草創期の著名な御家人である。

 一ノ谷の戦いに従軍した後、西国数か国の守護に任じられ、鎌倉幕府の重鎮として活動した。

 現在、足利に従って参陣している小早川こばやかわ氏などは、実平の後裔にあたる。


 余談だが、尊氏・直義の祖先である足利義兼(よしかね)はというと、一ノ谷の戦いには参戦していない。

 おそらく、当時まだ安定しきっていない東国で頼朝を支える役割を担っていたと思われる。


「仮に新田にった勢がこの先で待ち構えていたとしても、平家のように蹴散らしてしまえば良いだけですな」

「珍しく景気の良いことを言うな。季節外れの雪でも降るかもしれん」


 重茂と直義の雑談に、周囲の空気が少し明るくなった。

 ただ、側にいた師泰は珍しく乗ってこなかった。軽口一つ叩かず、険しい表情で道の先を見据えている。


 重茂たちも、今がどういう状況なのかは理解している。

 だから、師泰を無理に会話へ引きずり込もうとはしなかった。


 やがて陽が昇ろうとする頃、山頂も近づいてきた辺りで、先行していた赤松あかまつ勢から注進が入った。


「敵の軍勢、山向こうに布陣せり」


 報告を受けて、重茂と師泰は急ぎ山頂へと駆けた。

 待っていた円心えんしん則祐そくゆうたちと共に、眼下に広がる光景を見る。


 遠き生田川いくたがわまでの平地に、新田軍と思しき軍勢が広く展開しているのが一望できた。

 手堅くまとまっているようには見えない。どちらかというと、広く薄く分散しているような陣形だった。


「なんとも不出来な陣ですな」


 円心が一望して遠慮のない意見を口にする。

 確かに、陸海両面から迫る足利軍を迎え撃つには、いささか心許なく見える。


「もしかすると、陣容を整えるだけの時間がなかったのかもしれませんな」


 大軍をまとめる面倒臭さを知っている重茂からすると、今の新田軍の陣容はそもそも不完全なものに映った。もしかすると、軍としての方針すら定まっていないのではないか。


 重茂や赤松親子がそんな風に敵軍を分析する中、師泰はじっと戦場を見つめ続けている。

 視線の先にあるのは、平地の中では北寄りにある小さな山。


「あいつがここにいるとすれば、布陣するなら……あそこか?」


 戦場における要害の地と言えるその山の名は――会下山えげやまといった。




 一方、会下山では楠木正成が西の山脈を眺めていた。

 側には正季まさすえ恵清えしょうがいる。


「――しまった」

「どうかしたのか、楠木殿」


 正成のぼやきに、恵清が反応を示した。


「恵清殿。我々はどうやら、一足出遅れたようだ」

「なに?」


 促される形で、恵清も西の山脈を見つめる。

 そこには、足利軍のものと思しき旗が大量に掲げられていた。


 彼らは新田軍への援軍として独自に行動を取っていた。

 今日、これから西の山脈へ向かおうとしていたところだったのである。


「とうとう来たか」

「兄者、見ろ。北の方にも旗が見える」


 遥か彼方、丹波に通じる道の先にも軍旗が見える。

 あちらに味方がいるという話は聞いていない。であれば敵だろう。


「ふむ。あちらの軍は、もしかすると丹波にでも向かうつもりやもしれぬな」

「丹波?」

「丹波には足利の一党がいるようだから、そちらと合流して北西から京を窺うつもりなのかもしれん」


 正成は頭の中で近隣諸国の絵図を引いた。

 そして、敵の進軍ルートを思い描く。


「どうする、楠木殿。西か北に打って出るか」


 恵清の問いかけに、正成は頭を振った。


「ここで西と北の敵を引き付けることにいたしましょう。北の軍に丹波へ行かれては対処が難しくなる。と言って、そちらに向かえば西の軍勢が新田軍を側面から襲うでしょう。であれば、我らがすべき一戦はこの辺りで行うのが得策と思われます」


 そう言いつつ、正成は南方を見た。

 海から迫る尊氏の軍は、ここからだとあまりよく見えない。

 そちらの状況がどう転ぶかが、不安と言えば不安だった。

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