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花七宝の影法師~天下ノ執事の弟、南北朝の世で奮闘す~  作者: 夕月日暮
第5章「治天の秋」
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第241話「土岐頼遠の挑戦(参)」

 土岐とき氏は京に近い美濃みのを本拠としているだけあって、足利あしかがなどよりも公家との接点は多かった。

 が、全員が顔見知りというわけではない。頼遠よりとおにとって、洞院とういん公賢きんかたは数回見かけたくらいの相手だった。


 白金しろがね荘を巡る件について、様々な知識を持つ公賢の見解を伺いたい。

 そのように話を通して洞院家に向かったのだが、頼遠は公賢が持つ見識の深さにはじめて接して驚嘆した。


 評判になるだけのことはある。

 話に聞いていた以上に、ずっと多くの物事に精通している人物だという印象を持った。


 もっとも、その知識は朝臣としてのものである。

 白金荘の一件についても、頼遠派の言い分は通らないだろう、というのが公賢の出した結論だった。

 そもそも白金荘の大元の所有権は広義門院こうぎもんいんにある。その広義門院の決定を覆すには、よほどの理由が必要だった。


「そなたらの一派が荘官として過不足なく働いていたとしても、本家の人事に介入する権限はない。あえて言うが、本家側と良好な関係を維持できなかったそなたらに落ち度があった、ということになる」

「しかし、あまりに急な話です。理不尽だとは思いませぬか」

「そなたらの立場からすれば理不尽であろう。しかし逆に考えてみよ。本家側がそなたらの訴えのようなものをずっと聞かねばならぬとしたら、荘園の主として立ち行かなくなると思わんか」


 現地の人間の訴えを常に聞き続けるとしたら、本家側は荘園管理をほとんど行えなくなる。

 どのように管理するかはほとんど現地の者たち――荘官側が決めていく形になる。

 それでは誰が主か分かったものではない。


「どうしても白金荘を手放したくないのであれば、広義門院様が新たに決めた荘官が、荘官として明らかに不適格だということを証明するしかあるまい」


 広義門院の決定そのものを否定するのではなく、その決定が広義門院にとっても不利益になることを証明すれば良い。

 公賢が提示したのは、朝廷と頼遠派双方の立場を踏まえた案と言える。


 ただ頼遠派の訴えを否定するだけでなく、こういう意見も出てくる。

 朝廷の臣下という立場ながら、柔軟に物事を考えられるタイプのようでもある。


 話を聞けば聞くほど、頼遠は公賢を仲間に引き入れたいと思うようになっていった。

 この知識の深さとバランス感覚の良さは、他の大物を引き入れる際に大いに役立つ。

 それに、将来邦省(くにみ)親王が無事帝位に就くことができた場合、実務面でもかなり頼りになる存在になるだろう。


 もっとも、公賢の人柄に接するたびに、仲間にするのが容易ならざることだということも分かってきた。


 公賢はどちらにも偏らない。

 根っこは朝廷の臣ということになるのだろうが、その上で極力中立の立場を維持しようとしている。

 朝廷にも吉野よしのにも、武家や寺社に対しても一定の距離を保とうとする。

 重茂が言っていたことが、ようやく実感できるようになってきた。




「いっそ味方に引き入れるのは諦めたらどうだ?」


 頼遠の話を聞いた重茂しげもちは、内々で思っていたことを口に出した。

 今度は頼遠も反論せず「ううむ」と難しい表情をするばかりである。

 これまで頼遠は二度、洞院家を訪れている。

 その過程で、公賢を仲間にすることの難しさを感じ取ったようだった。


「無論、ただ諦めろというのではない。中立のまま、良き助言者になってもらうのならどうだ」


 公賢は中立であることを堅持しようとしているがゆえか、礼をもって相談を持ち掛ければきちんと聞いてくれるところがある。


「いきなり邦省親王の擁立の話を持ち出すわけにもいかんが、邦省親王の立場を改善するため、といった聞き方ならある程度良い案を出してくれるかもしれん。俺は勿論、頼遠殿以上に公賢卿はこの京の情勢に詳しいはず。きっと有益な情報が得られる」


 そういうやり取りをしていく中で公賢を引き入れられそうな気配があれば、そのときあらためてどうするか検討すれば良い。


「たしかに、急ぐあまり公賢卿に警戒されたりするよりはそちらの方が良いかもしれん」


 頼遠の中には、邦省親王の立場強化を急がねばならないという危機感がある。

 重茂などは頼遠の考えすぎだと思っていたが、問題ないと言い切れるほどの根拠もないので、そっとしておくことにしていた。


「次の訪問は三日後になる。そのとき、さっき言った方針で話を切り出してみようと思う」

「それがいい。殿も公賢卿の動向は気にしておられた。大変だとは思うが、よろしく頼む」


 重茂の言葉に、頼遠は短く頷いた。




 公賢をそろそろ出仕させたい。

 光厳こうごん院からそう切り出されて、四条しじょう隆蔭たかかげは興味深そうに「なるほど」と笑みを浮かべた。


「公賢卿の見識の深さは非常に頼もしいものです。しかし、なぜ今あらためて?」

実尹さねただを失ったからだ。あの者はその人柄の良さから顔が広く、人と人を繋ぐことに長けていた」


 四条隆蔭を含め、光厳院の側近には実務に長けた者が多い。

 しかし、院の近臣ということでどうしても「光厳院派」のような立場になり、異なるグループからは距離を取られてしまうところがあった。

 そういうとき、グループの垣根を越えて人を繋げられる。それが今出川いまでがわ実尹という人材の長所だった。


「公賢卿は公明正大かもしれませぬが、それゆえに誰に対しても一定の距離を置くところがあります。実尹卿の穴を埋める人材としては、少々違うのではないかと」

「人格面においてはそうだろうが、公賢はその卓越した知見をもって人と繋がっている。実尹と違う点は多々あるが、人と人を繋げる人材としては申し分ない」


 使い方次第でどうにでもなる、ということだろう。

 公賢のところには、様々な人間が出入りしている。

 高位の公家としては珍しいくらいだが、ああやって様々な人と関わりを持つことで情報収集なども行っているのだろう。


「吉野との繋がりが強そうだという点が少々不安ですが」


 現在吉野にいるもう一人の帝――後村上ごむらかみ天皇。

 その生母である阿野あの廉子かどこは、公賢の養女だった。

 つまり、系譜上公賢は吉野の帝の義理の祖父とも言える。


「隆蔭。たしかに続柄というのは人間を形成する中で無視できないものの一つだ。しかし、それ以上に重んじるべき点がある」

「重んじるべき点、でございますか」

「その者が取ってきた行動だ」


 例えば、近衛このえ経忠つねただは情を重んじて行動を起こした典型例だろう。

 近衛家もご多分に漏れず家督争いが起きていたが、経忠はその中で後醍醐ごだいごに重用されて引き立てられた過去がある。

 後醍醐が吉野に向かった際に光厳院も彼を重用しようとしたのだが、旧恩が忘れられなかったのか、吉野に出奔してしまった。


 廷臣の中には「後醍醐に近いから居心地が悪かったのだろう」と言う者もいた。

 そういう一面もあったかもしれないが、せっかく家督を得ていたのに、それを投げ捨てて劣勢であろう後醍醐の元に向かったのは、居心地云々で済ませられる話ではない。

 出奔された側の光厳院としては、不快さもあったが、それ以上に「こういう者もいるのか」と感心してしまった。


 逆に、足利尊氏(たかうじ)などは情より利を重んじて行動している。

 扱いに多少問題はあったのかもしれないが、北条ほうじょう政権下において足利の立場はそこまで悪いものではなかった。

 北条一門の娘を娶って縁戚関係を維持していたし、北条と命運を共にしてもおかしくない状態だった。

 しかし、尊氏は足利一門を守るという利のため、北条を見限って後醍醐を選んだ。

 更に、同じ理由で後醍醐からも離反して光厳院と手を組んだ。

 これは尊氏が薄情なのではなく、足利一門を守らねばならぬという利をもっとも重んじているがゆえである。


 光厳院としては内心複雑なところだが、尊氏個人は未だに後醍醐を慕っているらしい。

 天龍寺てんりゅうじ建立に向けた熱意を見ていると、「それをもっと他のところに向けてくれないか」と言いたくなるときもある。

 それだけの情があってなお、後醍醐から離反することができる。足利尊氏とは、そういう人物なのだろう。


「その点、公賢は分かりやすい。個人的な縁においては吉野と非常に繋がりが強いものの、一度たりとも吉野に向かうような素振りを見せていない。公賢は家名の存続を第一に考える男だ」

「一方で、吉野とのやり取りも行っていると聞きますが」

「情も捨てきれていないというところだろう。その辺りが経忠や尊氏と違うところだ。公賢は優れた均衡感覚を持っている」

「出仕させられるという見込みはあるのでしょうか」


 利と情の間にいる人間なら、出仕させるのは難しいのではないか。

 そんな隆蔭の問いかけに、光厳院は頭を振った。


「さすがの公賢も、そろそろこちらへの出仕を考え始めている頃合いであろう」

「というと?」

「既に吉野との戦いは大勢が決している。こちらにもつかず吉野にもつかずというのは苦しい頃合いだろう」

「それで公賢卿は吉野を捨てましょうか」

「容易には捨てないだろう。あっさり捨てられるなら、もっと早くこちらに出仕して吉野との関係を断っている」


 だが、と光厳院は続けた。


「容易に捨てられないからこそ、公賢は出仕することになる。吉野のためにな」


 光厳院には何か考えがあるらしい。

 それを明かさないことに隆蔭はかすかな不満を抱いたが、それを口に出すことはしなかった。


「こんなところだが、他に気になる点はあるか?」

「いえ、ございませぬ。公賢卿の出仕が実現すれば、我らにとっても大きな利になりましょう」


 あれこれ口にしていたが、隆蔭としても公賢を引き入れることは賛成だった。

 あえて光厳院にいくつも問いかけていたのは、光厳院の考えに見落としがないか確認するためだった。

 こういうやり取りは、この二人にとってよくあることである。


「では、誰を向かわせましょう」

「公賢ほどの男を動かすなら、余人に任せるわけにもいくまい。今度、私自らが話をしに行くつもりだ」

「御自らでございますか」


 公賢は右大臣を務めたこともあるほどの人物である。

 余人に任せていては、公賢の態度が硬化するという可能性もあった。

 その可能性を潰すため自ら赴くというのは、それだけ公賢獲得に本気ということだろう。


「三日後だ」


 予定が空くのは三日後。

 その日、洞院家に足を運ぶ。光厳院は短くそう告げた。

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