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花七宝の影法師~天下ノ執事の弟、南北朝の世で奮闘す~  作者: 夕月日暮
第2章「廻天の秋」
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第21話「その闘争は我らのものにあらず」

 多くの者は、遠巻きに見ているだけだった。

 河内かわちの悪党・楠木くすのき兵衛ひょうえ

 後醍醐ごだいご天皇と鎌倉幕府の戦いにおいて、一度死んだはずのところ蘇り、とうとう幕府が壊滅するまで戦い続けた男。


 大塔宮おおとうのみや一派として赤松あかまつ円心えんしんらと気脈を通じつつ、後醍醐天皇からの信任も厚い――素性卑しき者。


「おう、そなたが例の河内の楠木か。意外と地味だな」


 そんな空気を打ち破り、平然と声をかけてきたのは、足利あしかが氏の家人・高師泰こうのもろやすという男だった。


 建武政権で新たに発足した雑訴決断所ざっそけつだんじょ

 北条政権が倒れたことで噴出した、土地に関する大量訴訟を扱うための政権機構の一つ。

 そこに、楠木正成(まさしげ)と高師泰は配属されていた。


「楠木殿は意外と器用なことをするのだな」


 雑訴決断所の仕事を終えた帰り道、感心した様子で師泰が言ったことがある。

 その日の訴訟は、寺社や公家、武士の利害が絡み合う内容で、かなり紛糾した。

 雑訴決断所は公家・武家の寄り合い所帯なので偏りが少ないが、その分利害の不一致が起きて意見が割れることが多い。

 やがて議論を進めるうち、公家と武家の職員で一触即発の空気が漂い始めた。


 そのとき、正成は懸命に両者の間をとりなして、双方が渋々ながらも合意できるところへと話を持っていったのである。


「ああいう揉め事は河内でも日常茶飯事でしたからな。皆、己の生活のため利を失うまいと必死なのです。必死さをほぐすところから始めないと、話が進まない。進まないと、結局は周囲も困ることになる」

「わしには無理だな。面倒になって話を聞く気が失せてくる」

「それでは師泰殿が困ることになるのでは?」

「なに、わしには良き弟がいるのでな。万事上手く取り計らってくれるのさ」


 その弟の名は、正成も聞き知っていた。

 足利氏の執事・高師直こうのもろなお。若くして父師重(もろしげ)から執事職を引き継ぎ、万事を如才なく切り盛りする俊才だという。


「一度お会いしてみとうございますな」

「近いうちに顔を合わせる機会はあるだろう」

「というと?」

「近々雑訴決断所が拡充されるという話があるのは楠木殿も存じておろう。せっかくなので、この機会に弟のことを推挙しておいたのだ」


 雑訴決断所に限った話ではないが、近頃建武政権では物事がいろいろと滞りがちだった。そのため、後醍醐天皇は更なる組織改革を行おうとしている。

 北条政権という重しを失い、様々な思惑が羽虫の如く飛び交う世の中である。どう対応していくかは、手探りで考えていくしかないのだろう。


「師泰殿は辞められるので?」

「まあ、そのつもりだ。わしの要望がそのまま適うかは分からんが、大して仕事もできておらん。おそらく辞めることになるだろう」

「それは残念ですな。貴殿とこうして語らうのは、宮仕えの数少ない楽しみだったのですが」


 師泰も正成の武勇に興味を示さないわけではなかったが、それ以上に「河内の親父」などと呼んでは気楽に接してくるところがあった。だからか、正成にとっても師泰は気を使わなくて良い相手だった。


「なに、わしの弟たちもあれでいて面白い奴らだ。誰が選ばれるかは分からぬが――いずれにしても、そなたを退屈させんと思うぞ」


 そう言って、師泰は気安げに正成の肩を叩くのだった。




 京から兵庫に向かう途中の街道に、武士の集団と僧形の集団がいる。

 両者は対峙するわけでも雑談するわけでもなく、各々が周囲を警戒しているようだった。


「来た」


 武士の集団の頭目――楠木正季(まさすえ)が小さく告げると、周囲の視線が京からの道に注がれる。

 そちらから、更に別の一団が現れた。先頭にいるのは正季の兄・正成である。


「待たせたな、七郎」

「待ったぞ、兄者」

「そちらが?」


 弟と短く言葉を交わすと、正成は僧形の集団の頭目に眼差しを転じた。


「ああ、貴殿には恵清えしょうで通じるかな」

「うむ。よろしくお願いいたす」


 正成は躊躇なく手を差し出した。

 恵清はややそれに面食らったようだったが、すぐに気を取り直して力強く握り返す。


 恵清にとって、楠木正成は一族滅亡の引き鉄の一つだった。しかし今は一族復興のための命綱でもある。

 内心複雑な思いはあるが、明確な敵意というものはなかった。


(しかし、冴えぬ風体だ)


 鎌倉幕府の耳目を集めた謎多き武将。その正体としてはいささか拍子抜けする『田舎の親父』ぶりである。


「道すがら話をしよう。今は時間が惜しい」


 そう言うと、正成はすぐに歩みを再開させた。

 正季・恵清らもその後に続く。


「帝はなんと仰せだったのだ、兄者」

「うむ。うーん、まあ、駄目だったな」


 正成は、京で帝に戦略について進言をすると言っていた。

 その後、正季の元に「兵庫へ向かうので合流したい」とだけ連絡を寄越した。それで正季が、恵清を呼び寄せたのである。

 正成からの連絡を受けたときから、駄目だったのだろうという予感は恵清や正季の中にあった。


摂津せっつで死守しろということか」

「その通りだ、恵清殿。京まで引き付けた方が勝ち目はあると告げたのだが、帝御自身はともかく、廷臣の方々の同意を得るのがまこと難しい」


 後醍醐天皇自身は、鎌倉幕府との戦いで戦塵の中に身を置いた経験がある。

 だから、正成の献策の重みは理解しているはずだった。数で劣る新田にった勢が、陸海から迫る足利の大軍を摂津で防ぐのは無理筋なのである。京に誘い込み、時間をかけて敵兵を少しずつ削いでいくしかない。


「廷臣どもめ、相変わらずの戦嫌いか」

「嫌いだから反対している――という層もいるが、それだけではない」


 吐き捨てる恵清に、正成は言葉を差し込んだ。


「後醍醐天皇と共に戦塵にまみれた公家衆もいる。戦を知らずとも、理屈で考えてそれがしの言葉が正しいと理解できる公家衆もいる。廷臣すべてが『戦の分からぬ凡愚』というわけではない」

「ではなぜ楠木殿の意見が通らぬ」

「……」


 苛立ち混じりの恵清の問いかけに、正成は険しい表情を浮かべて口元を硬くした。

 正成の様子を見て、恵清は何かに気づいたらしい。こちらも表情を険しくした。


持明院じみょういん統が、盛り返してきたのか」


 持明院統とは、足利と手を結んだ光厳こうごん院の一派のことを指す。

 そもそも、院とは言え、光厳院と後醍醐天皇は親子兄弟といった間柄ではない。


 鎌倉時代、皇室は二つの系統に分裂し、鎌倉幕府を巻き込みつつ両派で権力闘争を繰り広げてきた。

 それが、光厳院の持明院統と後醍醐天皇の大覚寺だいかくじ統である。

 持明院統の次に大覚寺統の天皇がつくこともあれば、その逆もあった。光厳院は、鎌倉幕府と対立した後醍醐天皇の代わりに皇位に就いた。鎌倉幕府が滅亡して京に戻った後醍醐天皇は、対立する持明院統である光厳天皇の即位そのものを否定し、かろうじて上皇待遇を与えるという措置を取っている。


 それ以降、持明院統はすっかり勢いをなくした。だが、足利と結んだことで勢力を盛り返したらしい。


「元々持明院派だった公家の多くは、政権中枢から遠ざけられたのではなかったか」

「全員がそうとは限らぬ。それに、度重なる戦乱と西から迫る足利軍の風聞によって、大覚寺派の公家衆の心も揺らいでいる。明確に鞍替えを表明した者はいないが、どちらが勝っても良いよう振る舞うという心積もりの者は、確実に増えてきている。一条いちじょう家・二条にじょう家の動向は甚だ怪しく、万里小路までのこうじ藤房ふじふさ殿の出家以降は帝と距離を置くようになってしまわれた――」


 正成から告げられる京の公家社会の内情に、恵清は背筋が寒くなるのを抑えられなかった。


 一条家・二条家は公家としてもっとも力を持つ藤原ふじわら氏の中でも特に有力な家柄で、天皇であっても無碍に扱うことのできない存在感を持っている。


 また、万里小路家は元来後醍醐天皇の側近として政権でも期待されていた有力公家だったが、あるとき不意に当代の藤房が出家してしまった。出家の理由は様々な風聞が立っているが、後醍醐との不和があったせいではないかとも言われている。その証拠に、藤房の出家以降万里小路家は政権からやや距離を置くようになった。


 今、彼らのそういった心変わりと、それに伴う振る舞いが、後醍醐政権の動きを抑制するようになってきている。これは、後醍醐方の武家にとって大問題だった。


 鎌倉幕府があった頃、公家衆はすっかり大人しくなって、北条氏の顔色を窺ってばかりだと思っていた。しかし、いつだったか兄・高時は恵清を嗜めるように言ったのである。『京方の振る舞いをそのまま信じてはならぬ。あそこに住まう方々は、恐ろしい』と。


 鎌倉幕府――北條は、足利・新田・楠木といった武家の力で倒れた。それは一つの事実である。

 しかし彼らが討幕に向かって動くことができたのは、後醍醐一派の公家衆の行動あってのものだった。

 手足となり得る武家を得た公家衆の存在は、決して軽視して良いものではない。正面から迫る足利だけではなく、背後に控える公家衆の存在もまた、新田や楠木を追い詰めようとしている。


「楠木殿」

「なに、今更公家衆の動向をどうこう言っても仕方がありませぬよ、恵清殿」


 ややおどけた風に正成は笑ってみせた。


「元より宮廷での闘争は我らの領分にあらず。我らは我らの戦場で出来ることをすれば良いのです」

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