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花七宝の影法師~天下ノ執事の弟、南北朝の世で奮闘す~  作者: 夕月日暮
第5章「治天の秋」
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第204話「光厳院と近臣たち(伍)」

 朝廷では大陸との交易に反対する意見が強いのかもしれない。

 そう予想はしていたが、さすがに光厳こうごん院の近臣すべてが反対を表明するほどだとは思っていなかった。

 重茂しげもち重教しげのりは、緊張した面持ちで近臣たちと光厳院のやり取りを注視している。


「全員反対ということか。反対の理由を聞かせてもらおう」


 光厳院の問いかけ。

 最初に応じたのは、四条しじょう隆蔭たかかげだった。


「現在、この日ノ本とげんの関係は悪化しております。下手に接触を試みて再び攻め込まれては、ひとたまりもありませぬ」


 どうやら公家衆も元との間で揉め事が起きていることは知っているらしい。

 ただ京で悠々自適な生活を送っているだけではない。

 彼らは国家運営のスタッフの一員であり、院の近臣という点を踏まえれば中枢メンバーとも言える。

 国を取り巻く状況については、日々情報を集めているのだろう。


「関係悪化というのは、博多はかたの商人が向こうで暴れ回ったことによるものか」

公賢きんかた卿もご存知でしたか」

「風の便りで聞いただけだがな。その一件、我らとは関わりがないという見方はできぬか」


 博多の商人は朝廷の役人でもないし、幕府に属しているわけでもない。

 同じ日ノ本の住民ではあるが、彼らの行動は独自の判断によるものだった。

 その責任を朝廷で背負うのは筋が違うし、勘弁願いたいというのが正直なところだろう。


「朝廷は博多商人の行動について関知していない。その理屈は通せなくもないですが、その場合交易が難しくなります。博多商人の助力抜きで交易ができますか」


 交易をする場合、どう足掻いても博多商人を間に挟んでやり取りすることになる。

 向こうからしてみれば「日ノ本」という括りでまとめて敵とみなしてくる可能性は十分にあった。


「というか、博多商人を前面に立てるのであればどのみち交易など上手くいくはずがない。私はそう考えます」


 嘆息まじりに言ったのは柳原やなぎわら資明すけあきだった。


「仮に向こうが件の暴動の責任を我らに問うてこなかったとして。交易しにきたという博多商人を、素直に受け入れるとは到底思えませぬ。交易品もろとも海の藻屑となるのが見えておりましょう」


 暴動は元の方にも問題があったものの、それを認めて元側が再び博多商人を受け入れるのか否か。

 この一点が、交易再開の最大の問題点となっている。


「交易を行う場合、博多商人の船には朝廷の役人も同行して見届ける必要があるかと思います。問題が起きれば、今度は我らが当事者になるでしょう」


 不安そうに西園寺さいおんじ公重きんしげが言う。

 もし朝廷が当事者になれば、今度はさすがに「関知していない」という言い訳も通用しない。


 元寇のときと比べると、武家の朝廷も分裂しているし、日ノ本全土が乱世で疲弊状態にある。

 問題に発展して元が攻め寄せてくれば、今はとても太刀打ちできない。今度こそ攻め滅ぼされるだろう。


「大陸以外と交易するというのは無理なのでしょうか」


 今出川いまでがわ実尹さねただが疑問を口にした。

 大陸との関係が悪化しているなら、無理にそこと交易せず、他の相手を探す方が良いのではないか。


 光厳院は難しい顔をしながら、ゆっくりと頭を振った。


「未知の要素が多過ぎて、計画といえる計画が立てられない。先々のことを考えて新たな交易相手を探すのは良いが、今回採用するのは難しいだろう」

「元以外の小国とは、僅かながら接点もあると聞いたことがあります。そういう国々との交易は難しいのでしょうか」

「交易ができたとして、こちらが望むほどの利益を上げられるのか、という問題がある」


 国力が小さい国は、交易に割けるだけの余力があまりないパターンも多い。

 見返りが少ないのであれば、天龍寺てんりゅうじ造営の費用を得るという目的には届かない恐れがある。


「交易相手を元と定められているのであれば、博多商人以外を使うという手はないのでしょうか」


 公重が新たな案を出す。

 しかし、柳原資明は怪訝そうな顔で「誰を使うというのだ」と疑問を返した。


「博多商人以外で大陸との交易実績がある者などそうそういまい。いたとして、信用できる相手とは言えないだろう」

「それは、確かに」


 それ以上言い返せず、公重は口を閉ざしてしまった。


 もしかしたら、個々で交易を行っているような者たちはいるのかもしれない。

 しかし、朝廷と信頼関係が築けているかと言われれば否と言わざるを得ない。


 今は朝廷も京と吉野よしので割れているような状態なのだから、尚更安易には信用できない。

 万一吉野方に心を寄せているような相手なら、交易で得た利益を吉野に流されてしまう可能性すらある。


「加えて言うなら信用できるかどうかという点では博多商人すら怪しいと私は考えている」


 柳原資明が鼻を鳴らした。

 近臣たちの中でも、彼は特に反対の意思が固そうに見える。

 もしかすると、そもそも天龍寺造営自体に反対なのかもしれない。


「その辺りはどうなのだ、武蔵守むさしのかみ

「問題ないと考えています」


 青白い顔の師直もろなおが、淡々と答える。


「博多商人は信用を第一としています。交わした約定を違えるようなことはしないでしょう。先ほど話題に上がった暴動も、己の信用を守り通すためやむなく起こしたものと聞いています」


 博多商人が起こした暴動は、元の役人が商人に対して無法を働いたことへの報復だった。

 そこで泣き寝入りをしなかったのは、今後も対等な関係で交易を行っていくためである。

 舐められてはいけない。自分たちが舐められるのは、自分たちに荷を任せた人々の不利益にも繋がる。

 そう考えて、命懸けの抵抗を示したのだ。ある意味、依頼する相手としてこれほど信用できる相手はいない。


「吉野方に通じているという可能性はなくもないですが、通じていたとしても問題ありません。博多商人は信義を第一とします。仮に吉野と我らが同時に依頼を出したとしたら、彼らは無用に口を開かず、それぞれの依頼を完遂することでしょう。片方を裏切るような行為を働くのは後々の不利益に繋がる。だから決して行わない。博多商人はそういう生き方をしています」


 師直の言葉に、光厳院は満足そうな表情で頷いた。


「交易を行う者については問題ない。私はそう考えている」

「しかし、元がそれを呑むかどうかという問題は残っていますな」


 四条隆蔭がすかさず釘をさす。

 朝廷と博多商人の間の信頼関係が問題ないとして、博多商人と元の関係については何も解決していない。


 師直がちらりとこちらを見た。

 この辺りで畳みかけたいのかもしれない。


 あまり無責任なことは言えないが、いくらか提示できる情報はある。


「交易が期待通り行えるかは別として、元が攻め寄せてくるということはないかと存じます」


 発言した重茂に、周囲の視線が集まった。


「根拠を聞かせてもらおうか、大和やまと権守ごんのかみ

「博多商人は、元以外にもいくつかの小国と交易を通して交流があります。そして、そういう国々を通して元の内情を把握していました」

「元はこちらに攻めて来られないような状況だということか?」

「はい。攻め寄せてきたとしても、ごくごく一部のみになるでしょう」


 日ノ本も内部分裂による疲弊が凄まじいが、元もその点については同様だった。

 頂点に君臨するはずの皇帝は実権を失っており、その周辺での権力闘争が激化しているという。

 とてもではないが、


「無論、博多商人からだけの情報でその真偽を判断することはできません。別途、古先こせん殿の伝手で裏付けは取ってあります」


 重茂の言葉に、古先印元(いんげん)が頷いて応じた。

 博多や日向ひゅうがから戻った後、重茂は師直や古先印元を交えて交易のための調査を継続していた。


 交易相手である元の状況調査も、当然行っている。

 現在も元と仏教を通した交流は盛んなので、古先印元の知己を頼りに様々なところから情報を集めていた。


 博多商人――至境しきょう至本しほんの言っていた通り、元の内情は混迷の一途を辿っている。

 それは間違いのない事実だった。しかも、今のところ収まる気配が見えていない。


「かの国は権力闘争によって分裂しており、以前のように日ノ本へ攻め込む余裕はありません。そんなことをしていたら寝首をかかれるからです。――そしてこれは好機でもあります」


 重茂の言葉に、全員が反応した。


「大和権守。詳しい話を聞かせよ」


 光厳院が興味深そうに問いかけてくる。

 ここが踏ん張りどころだと、重茂は息を呑んでからゆっくりと口を開いた。

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