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花七宝の影法師~天下ノ執事の弟、南北朝の世で奮闘す~  作者: 夕月日暮
第2章「廻天の秋」
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第16話「福山合戦(壱)」

 大井田おおいだ氏経うじつねの軍勢が拠点とする備中びっちゅう福山城ふくやまじょうは、さほど攻めにくい場所にあるわけではない。

 山といっても険峻というほどではない。近隣の他の拠点と連携して動かれると厄介ではあるが、大井田軍は直義ただよし軍に対応するためおっとり刀で駆け付けた格好である。近場に彼らと連携して動く軍勢はいない。


 加えて言うと、大井田軍は備前びぜん三石城みついしじょうを攻める脇屋わきや義助よしすけ軍の一部が差し向けられたものである。対足利(あしかが)の軍勢とは言え、直義方の軍勢を見極めてから編成された軍勢ではなく――はっきり言って小勢だった。


「ま、楽な相手ですな」


 福山城の様子を窺いながら、師泰もろやすは余裕のある笑みを浮かべた。


「無論小勢だからと侮っては痛い目を見る。それは楠木くすのき勢が証明しておりますが、あれは周到な準備あってのこと。此度はろくな準備もされていない。ヘマさえしなければ問題ありますまい」

「そのヘマというものが恐ろしいな、師泰」

「左様。大所帯になりましたからな、ヘマを起こす者も増えていることでしょう」


 新たに足利軍に加わった者たちが聞いたら眉を吊り上げそうな発言だったが、ここにいるのは足利氏縁のものばかりである。


「勝ち馬に乗ろうと来ただけの者たちも多く見受けられます。彼らの反発を招くような戦い方は避けるのが得策かと」


 そう告げたのは重茂しげもちである。

 着到対応で新たに参陣してきた武士を見た、素直な感想だった。


 足利のために命を懸けようというほどの者はほとんどいない。

 前々から付き従ってくれていた者たちと同じような働きは、期待しない方が良いだろう。


「犠牲を最小限に抑えろということか。確かに、ここで集まった者たちに離反されるのは避けたい。個々の働きに期待できないとしても、これだけの数が足利の下に集まっているという状況は堅守せねばなるまい」

「だが、急ぐ必要もあるのだろう? 新田にったに攻められている備前の三石、播磨はりま白旗しらはたが落ちれば、それこそ集まった連中が離反しかねんぞ。足利は仲間を見捨てた、などと思われてはな」


 惣領・尊氏の実弟かつ名代である直義に遠慮のない態度で意見を述べたのは、足利高経(たかつね)という男だった。

 足利とあるが、尊氏・直義の兄弟というわけではない。従兄弟でもない。

 もっと何代も前に分かれた、別の足利氏の出身である。


「うむ、高経殿の言われることもごもっともだ。まずは四方を囲み、足並み揃えて囲みを狭めつつ敵の戦意を削ぐ。それで敵が逃げるのならば追い落とし、逃げぬのであれば数をもって押し潰す。いかがか」

「異論はない」


 直義は高経の物言いに反発せず、むしろ丁寧な言葉遣いで応じた。

 重茂や師泰は複雑そうな表情を浮かべたが、高経は気にした様子もない。


 高経の足利氏は尾張おわり足利氏とも称される。

 足利氏の支流という点では仁木にっき一色いっしきと同じだが、格はまるで違う。

 ほんの少し事情が違っていれば、高経の方が足利氏の嫡流になっていた。そういう血筋なのである。


 高経が身にまとう衣装や鎧は、どうも直義のものより立派そうに見える。

 そんな格好をしながら物怖じしない様は尊大とも取れるが、彼は周囲をよく見る男でもあった。


山名やまな殿」

「――ん」


 高経に声をかけられて、側にいた細目の男が微かに面を上げた。


「山名殿、そなた今寝ていなかったか?」

「いや、起きてました。目が細いせいで――よく誤解されるのですが」


 途中、欠伸をかみ殺しながら山名殿と呼ばれた男は抗弁してみせた。

 山名時氏(ときうじ)。今まさに敵対している新田一族の出身ながら、所縁あって足利氏に従い、徐々に頭角を現してきた男である。


 日に焼けた顔には愛嬌と田舎っぽさが同居しており、素朴な農家の親父といった雰囲気がある。

 背はさほど高くなく、どこか頼りにならなそうな風貌をしているが、実のところ、これで戦には滅法強いという奇妙な男だった。


 高経は、時氏の眠たそうな様子に顔をしかめた。


「ほう、起きておられたか。それで、そなたは異論あるまいな?」

「ええ、ええ。敵の戦意を削ぐのでしょう。それで良いかと」


 どう見ても寝ているように見えたのだが、意外なことに時氏は話を聞いていたらしい。

 これには高経だけでなく、直義や師泰、重茂も意外そうな顔をした。


「……分かっているならば良い。して直義殿、四方の大将はどうなされる?」

「一方は私が。あとは、高経殿、山名殿。それと――」


 そこで直義は重茂の方を見た。

 白羽の矢が立つのではないか。にわかにそんな期待が重茂の中で膨らむ。


「師泰。頼めるか」

「承知」


 膨らんだ期待はすぐさましぼんだ。

 残ったのは、兄に対する妬心だけである。




 四方の将に選ばれなかった重茂は、師泰の軍勢で部隊を任された。

 最前線、城にもっとも近い場所の部隊である。


「なぜ我らが最前線なのでしょうなあ」


 治兵衛じへえがどうにも納得しかねている。


「こういうときは後から来た者たちを最前線に出すものではないですか」

「まあ、数が少なければそうしていただろう。此度はそれなりに多いからな」

「多いと駄目なので?」

「皆で功名を争おうとするかもしれない。新参者は信頼を得たい、功績を立てたいと思うものだ」


 そうなると歯止めが効かなくなる。

 誰か一人が抜け駆けをしようとすると、あいつに遅れるなと皆が駆け出し、作戦が台無しになってしまう。消耗を避けようという戦では、そういう抜け駆けをいかにして封じるかも大事なのだった。


「しかしそういう意味では、四郎様の采配はちと危ういですな」

「どういう意味だ?」

「弥五郎様、手柄が欲しくてたまらぬのでは」

「否定はせんが、それで抜け駆けしようとするほど阿呆ではない。それに、気になることもある」


 北条ほうじょう泰家やすいえの存在だった。


 三浦みうら高継たかつぐから報告を受けて以来、重茂はそれとなく周囲を警戒していたが、今のところそれらしい気配はない。当然師泰にもこの件は伝えてあるが、結局のところ警戒する以外の手はなかった。


「治兵衛。治兵衛が仮に直義殿を討つとしたら、やはりこういう戦の中での不意打ちを狙うか」

「刺客の件ですな。まあ、それはそうでしょう。平時は多くの護衛がついております」

「やはりそうか。だが、戦の中で動くとして、問題は泰家が今どこにいるかだが」


 北条からすれば、足利と共に自分たちを滅ぼした新田も憎いはずだった。

 しかし、確実に直義を討つつもりなら、そういう感情を排して手を組むということも考えられる。

 その場合、城中にいることも考えられる。一方、城の外――足利の軍勢の外側で息を潜めている可能性もあった。


「考えても仕方ないと思いますよ」


 そう声をかけてきたのは、赤松あかまつ則祐そくゆうだった。

 傍らには数人の郎党がいる。もっとも、部隊というには心許ない人数だった。


「これは則祐殿。いかがされた」

「我々だけではさして役に立てそうもないので、重茂殿の助勢に」

「……なぜ俺のところへ?」

「我々が目の届くところにいた方が、重茂殿の心労も減るでしょう」


 自分たちを疑っている者の近くにいることで、潔白を証明する。

 そういう狙いがあるのかもしれなかった。


 話しながらも、重茂たちは楯板を構えながら徐々に城へと近づいている。

 そろそろ敵の弓矢が届いてもおかしくはない。それくらいの距離に迫っていた。


「それにしても、城中は静かですね」

「兵力差を見て、夜陰に紛れて撤退したのかもしれませんな」


 聞こえてくるのは鳥の鳴き声くらいである。

 早朝、徐々に陽の光が昇りつつある時間帯だった。


 光が一際強くなったとき、南方からときの声が上がった。

 南の浅原峠あさばらとうげには、山名時氏が大将を務める備前・備中勢がいたはずだ。

 もしかすると、そちらで矢合わせが始まったのかもしれない。


「弥五郎様!」


 治兵衛が咄嗟に指差した先から、重茂目掛けて矢が何本も飛んできた。

 瞬時に楯板の後ろに身を隠し、これらをやり過ごす。


「敵だ。皆、慌てるなよ」


 重茂は腹の底からよく通る声を上げた。

 敵の矢に浮足立つ兵たちが、はっと我に返っていく。


「楯を構えろ。周囲をよく見ろ。敵は小勢だ。落ち着いて対処すれば恐れるほどの相手ではない」


 事実、矢はすぐにやんだ。

 しばらく周囲の様子を窺ったが、敵が潜んでいる様子はない。

 すぐにどこかへ撤退していったのだろう。大井田氏経に報告しにいったのかもしれない。


「どうやら残っていたようですね、敵は」

「そのようですな。ならば――きっちり片付けましょうぞ、則祐殿」


 楯板に突き刺さった矢を引き抜きながら、重茂は山上を睨みつけた。

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