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花七宝の影法師~天下ノ執事の弟、南北朝の世で奮闘す~  作者: 夕月日暮
第4章「天龍の秋」
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第181話「塩冶高貞の乱(拾)」

 良忠りょうちゅうは肝を冷やしていた。

 高師直こうのもろなおを釣り出す。そのため塩冶えんや邸に行く途上、前方に当の師直の姿を認めたからである。


 咄嗟に取り巻きに合図を出して、近場の茂みの中に身をひそめる。

 師直はそれなりの数の手勢を率いていた。夜分移動するだけにしては、かなり物々しい。

 正面からやり合うのは得策ではない。それくらいの戦力差があった。


 向かおうとしているのは、良忠たちが先ほどまで拠点にしていた場所のようである。


「この短期間でもう掴んだってのか。冗談だろ」


 間一髪だったと言えるかもしれない。

 良忠たちはこうして出てきているし、塩冶高貞(たかさだ)たちも既にあの拠点は引き払っているはずだった。

 今頃は、塩冶邸奇襲のための支度を整えていることだろう。無論、勝手なことをしないよう良忠の取り巻きをつけている。


「殿、あれはどうします」

「今考えてる」


 師直は良忠たちに気づいていないのか、そのまま素通りしていった。

 拠点がもぬけの殻になっていることを確認したら戻ってくるだろう。

 それまでに塩冶邸奇襲が済むなら、ここはスルーするのが最良だった。

 ただ、塩冶邸奇襲に時間がかかるようだと、戻ってきた師直によって叩き潰される可能性もある。


 師直に何か仕掛けるなら、今が一番良いだろう。こちらに気づいておらず、警戒もそこまで強いものではない。

 拠点がもぬけの殻になったと知れば、警戒の度合いは強まる。やるなら、今が良い。


「仕掛けるぞ。気張れ、お前ら」


 火はつけず、月明かりを頼りに後ろから師直たちへと迫っていく。


 投石の射程範囲に入る。

 良忠が「かかれ」と声を上げようとしたとき、突如師直たちは広く展開し始めた。


 良忠の取り巻きが投げた石は、そのほとんどが外れてしまう。

 更に、展開した師直たちは後方にいた良忠たちを包囲するかのような動きを見せ始めた。


 気づいていた。

 そして、良忠たちが動き出すのを待ち構えていたのだ。


「野郎」


 釣り出すつもりが釣り出された。

 その事実に良忠は激昂しそうになったが、そんな自分を冷ややかに見つめる別の自分もいた。

 良忠には、自分のことをどこか他人事のように見るところがある。


「俺に続け、このままぶち抜く!」


 広く展開しているということは、層自体は薄くなっているということだ。

 狙うは一点。大将である師直のみである。


 馬上の師直の足めがけて、良忠は鋭く刀を振り上げた。

 師直は体勢をやや崩しながらも、刀でそれを受ける。

 咄嗟に抜けるとは思えない。あらかじめ抜刀して構えていたのだろう。


 良忠はそのまま師直の馬を強く押し込んだ。

 バランスを崩しそうになった馬が、大きく嘶く。


 ここでは馬の機動力が生かしにくい。

 そう判断したのか、師直は咄嗟に馬から飛び降りた。


 互いに刀を構え、相対する構図になる。

 どちらも包囲の内側に入らないよう、じりじりと足を動かしながら睨み合った。


「お前が犯人――ということで良さそうだな」


 冷徹な眼差しが良忠を捉える。

 胆力のない者であれば、それだけで竦んでしまいそうな威圧感があった。


「そちらの人数から察するに、こちらを打倒できるとは考えていないようだな。察するに、目的は足止めといったところか」

「嫌味なくらい頭が回るようだな。それが分かったところで、お前さんはどうするつもりだ」

「進むか戻るかは検討中だ」


 ただ、と師直が腰を深く落とす。

 その全身から放たれる殺気が、どんどん濃度を増していった。


「お前たちを斬る。それは確定事項だ」




 重茂しげもちの身柄は、高貞に預けられていた。

 塩冶邸を奇襲した後、高貞はそのまま出雲に向けて脱走する手筈になっている。

 その際、重茂を人質として連れて行く必要があるからだった。


「このようなことになったこと、すまぬと思っている」


 両手両足を縛られ、まともに身動きが取れない重茂に、高貞は小声で話しかけてきた。

 周囲には良忠の取り巻きがいる。高貞の手勢は塩冶邸にいるのみだから、彼は彼で孤立しているようなものだった。


 なぜこのようなことをしたか、と責める気にはならなかった。

 あの状況である。他に選択肢はなかったであろう。


「塩冶邸の手勢と合流した後、こやつらを排除して仔細を報告すればまだ戻れるかもしれぬ」


 今は猿轡を外されている。

 周囲に聞こえないよう囁いた重茂に、高貞は頭を振った。


「元々は吉野よしのに通じようとしていた身だ。どういう経緯があれ、短期間のうちに立場を二転三転させているようでは足利あしかがからも吉野からも疑われよう。これ以上表裏(ひょうり)比興ひきょうの者と思われるのは耐えがたい」


 望まぬ形ではあったが、高貞の心は決したようだった。

 元々器用に立ち回るのが性に合う人ではないのだろう。

 北条ほうじょうを見限って後醍醐ごだいごについたことも、あまり触れられたくないようだった。

 こういう乱世に生まれ、去就について難しい選択を迫られ続けているのは、彼にとって大いなる不幸だったのかもしれない。


「それゆえ、出雲いずもまで戻れたら重茂殿のことは斬らねばならぬ。それも含めて、すまぬと思っている」

「不覚を取った俺の落ち度だ。今更文句は言うまい」


 もっとも、最後まで諦めるつもりはなかった。

 僅かでも隙があるなら逃げだすつもりだし、場合によっては高貞の命を奪うことも考えている。

 そういう意味でも、謝られるのは具合が悪かった。もはや敵同士なのである。


「旦那さん、どうやら武蔵守むさしのかみは出払ってるみたいだぜ」


 塩冶邸の様子を見に行っていた良忠の取り巻きが戻って来た。


「もっとも、武蔵守の手勢自体はいくらか残ってる。どうやら副将っぽいのがいるみてえだ」

「我が手勢が加わったと仮定して、残っている連中に対応できるという自信はあるか」


 高貞の問いかけに、報告してきた取り巻きは頷いてみせた。


「旦那さんの手勢と合流してずらかるくらいなら出来る。ただ、もたもたしてたら対応出来なくなるぜ」

「承知している。ならばすぐ動くぞ。あまり時間をかけていると武蔵守が戻ってくる可能性がある」


 既に高貞は腹をくくっているようだった。

 すかさず取り巻きに合図を出して、塩冶邸に向かわせる。


「俺が行かねば我が手勢も混乱するゆえ、向かうことにする。お前たちはその者が逃げぬよう見張りつつ、状況に応じて我らに合流せよ」


 そう言い残して、高貞自身も塩冶邸に駆け出して行った。

 残されたのは、重茂と不器用そうな大男二人組である。


 腕っぷしは強そうだがどこか臆病なところのある、荒事には慣れてなさそうな二人だった。

 重茂が散々痛めつけられているときも、どこかおっかなそうにこちらを見ていたのが印象に残っている。


「おい」

「なんだ」

「すまんが持ち上げてくれんか。塩冶邸の様子を見たい」


 今の重茂はあちこち縛られて地面に顔をつけている状態だった。

 これでは周囲の状況も何も見えない。


「ふ、ふざけるな。俺たちがそんなこと聞かなきゃいけねえ理由なんてねえ」

「確かにない。だが、こうして地べたで土の匂いを嗅いでいるのも退屈でな」

「そんなもん、俺たちには関係ねえだろ!」


 当然といえば当然の反応である。

 ただ、そもそも反応してくるという時点でこの男たちの人柄が窺えた。

 本来は気の良いところがあるのだろう。話しかけられたら無視できないタイプである。


「別に逃がせと言っているわけではない。ただ、今生で目にする京の最後の光景がこれでは、あまりに侘しい。それゆえに頼んでいるのだ。聞いてもらえぬのであれば仕方があるまい」


 そう言って重茂は口を閉ざす。

 すると、男たちはなんとなくばつの悪そうな表情を浮かべて相談し始めた。


「ど、どうする? 見せるくらいなら別に良いか」

「逃がすわけじゃないし、それに持ち上げておけば何かあってもすぐ動けるだろうからなあ」

「ちょっと疲れるくらいか」

「交代で持つようにしよう」


 そんな会話が聞こえてくる。

 大丈夫かこいつらと思いつつ沈黙を守っていると、重茂の身体がひょいと肩の位置まで持ち上げられた。


 重茂も割と体格は良い方だが、それでもなお軽々と持ち上げるあたり、相当な力持ちなのだろう。


「ほれ、これなら見えるか」

「おお、ありがたい。しかし大した力だ、いにしえ金太郎きんたろうのようだな」


 そんなことを言いつつ視線を前に向けると、ほぼ同じタイミングで塩冶邸に火の手が上がっていた。

 火は徐々に広がっていき、夜の京を照らし出していく。


 こうなれば、もはや隠密裏に事を済ませることはできない。

 塩冶高貞を巡る事件は、とうとう歴史の表舞台に顔を出すことになったのである。

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