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花七宝の影法師~天下ノ執事の弟、南北朝の世で奮闘す~  作者: 夕月日暮
第4章「天龍の秋」
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第133話「日向の地にて(参)」

 穆佐むかさ城への使者を務めた重教しげのりが、重茂しげもちたちの宿所に到着した。

 どうにもパッとしない表情を浮かべている。その様子を見るに、あまり望ましい状況にはならなかったらしい。


畠山はたけやま直顕ただあき殿と直接話すことができました。ただ、早々に打ち切られてしまいましたね」

「どんな様子だった」

「胃の辺りをずっと押さえていて、顔色が非常に悪そうでした。大したことはないと言ってましたが、健康を害しているのかもしれません」

「なるほど。それで話を手短に済ませたかったのかもしれないな」


 思わぬ誤算だったが、そういう理由であれば無理に話を長引かせることはできない。


「ただ、年貢の件については回答をもらうことができましたよ」

「ほう?」

「直顕殿曰く、年貢はきちんと納めたかったが、日向ひゅうが国に潜伏している北条ほうじょう残党が吉野方に与して邪魔をしてきているらしい、とのことです」


 その話を聞いて、重茂は顔をしかめた。


「えらく漠然とした話だな」

「ええ、俺もそう思います」

「年貢の件は随分前から決まっていたことのはずだ。それが納められない原因について今まで何の連絡もよこさず、今もなお『らしい』などと曖昧な報告をするものだろうか」

「どうも言い訳じみている気がします。多分北条残党に責任を押し付けたいんじゃないですか」


 重教の推測はおそらく当たっている。

 重茂たちの意識を北条残党に向けさせて、その間に何かしらの隠蔽工作を行おうとしているのだろう。


「とは言え、北条残党がいるという話は志佐しさ殿からも聞いている。その者たちが年貢の件について無実だと確認できなければ、直顕殿の言っていることを否定することもできんか」

「いやあ、直顕殿の方が怪しい気がしますけどね」

「それを客観的に証明するだけの材料がないのだ。残念ながらな。まずはそれをどうにかしなければならん」


 いくら怪しいと言っても、きちんと証明するためのものがなければ意味がない。

 今のところ、重茂たちの手札はほとんどないに等しい。まずそれらを集める必要があった。


「それに、どのみち北条の残党については調査しなければならないからな。実のところ、予定通りといえば予定通りだ」

「そうなんですか?」

「……俺としてはあまり関わりたくないところなのだがな」


 この地は元々北条泰家(やすいえ)――あの恵清えしょうの所領だった。

 そこに逃れてきた残党なら、恵清の関係者が少なくないだろう。


 直接この手にかけたわけではないが、重茂は青野原あおのがはらで恵清と凄絶な死闘を繰り広げた間柄である。

 確認したわけではないが、負った傷の深さから考えるに、恵清はあのまま命を落とした可能性が高い。

 恵清に縁ある北条の残党にとって、重茂は事実上の仇のようなものだった。好き好んで関わりたい相手ではない。


「出立前、御方おかた様に俺が呼び出されたことは覚えているか」

「覚えてますよ。戻ってきた義父上がやけに苦々しい表情だったので印象に残ってます」


 苦い顔つきにもなるというものだ。

 重茂を呼び出した登子なりこは、彼にとんでもない依頼をしてきたのである。


「御方様は北条一門の出身だろう。だからか、足利あしかが方につく意思のある北条残党の保護を進めようとしているようでな」


 登子は北条一門の一角、赤橋あかはしの家の生まれである。

 彼女の兄である守時もりときは鎌倉幕府末期の執権しっけんとなり、幕府と命運を共にした。


 ちなみにこの国富くどみ荘の近くにある日向国の島津しまづ荘という荘園は、その守時の所領だった。

 守時の死後は後醍醐ごだいごによって接収されたが、その後足利氏に与えられている。尊氏はそれを登子の所領とした。巡り巡って、登子は兄の遺領を受け継いだ形になる。


「御方様はそこまで確証があったわけではないのだろうが、日向国は北条の遺領が多いから、保護が必要そうな残党がいたら声をかけてみて欲しいと仰せであった」

「ああ、だから嫌そうな顔をしてたんですね」


 登子の姿勢は理解できるが、よりによって自分にそれを頼むのか、と言いたいところである。

 ちなみにこの件は尊氏たかうじも承知していて、よろしく頼むぞ、などという嬉しくない激励があった。


「こっちはこっちで報告をあげないといかんからな。そういうわけで、明日からしばらくは国内を散策することになる」

「留守番してるのは駄目ですか」

「お前一人残すことになるが、それでいいなら構わんぞ」

「行きます」


 さすがに今の状況で一人になるのは嫌だったらしく、重教はすかさず背筋を伸ばして答えた。




「どうだろう。上手く誤魔化せただろうか」

「駄目でしょうね」


 にべもない直宗ただむねの回答に、直顕はショックを受けた。

 直顕本人としては、上手く立ち回れたと思っていたらしい。


「なぜ駄目なんだ。上手く誤魔化せたと思うんだが。なんだかよく分からないが、俺が体調良くないと勘違いして話もさっさと切り上げてくれたし」

「しかし叔父上。重教殿は終始疑いの眼差しをしていたと思いますよ」

「そうなのか」


 直顕は納得いっていないようだった。

 直宗はため息をつくと、状況を改めて説明した。


「そもそも、我々は元から疑われていたのですよ。興福寺こうふくじと揉めた件と、年貢未納問題。もっと言えば、これだけ早く日向国を掌握したことについても疑念を持たれている可能性があります。あの場では確かに上手く振る舞いましたが、疑念を晴らすことはできていません。状況は変わってないのです」


 直宗の説明を受けて、直顕は数秒間動きを止めた。

 やがてその意味を理解すると、再び顔色を青ざめさせる。


「……それはまずいな!」

「なので、早急に手を打つ必要があります。おそらく向こうは明日から情報収集を始めるでしょうから」


 相手も日向国の情報はほとんど持ち合わせていないだろう。だからこそ視察に来たのだ。


「手を打つという意味では、一つ良いことを聞けた。向こうの代表はこう重茂殿だという」

「誰でしたっけ」

執事もろなお殿の弟だ。……うう、以前執事殿から届いた叱責の書状を思い出すと腹が痛む」


 興福寺の一件が落着した後、直顕の元には中央からの書状が届いた。

 そこに記されていたのは、言い返す余地がないほどの正論――勝手に他の味方の所領に手を出すんじゃない、という叱責だった。

 そんなことをすれば問題になるし、権限にないことを勝手にするようではお前を庇うことが難しくなる等々――文字による渾身の右ストレートである。


「執事殿の弟だと、何か良いのですか?」

「あ、ああ。その重茂殿だが、どうも北条勢と何度かやり合っているらしい。特に、この辺りの所職を持っていた北条泰家とは何度も命のやり取りをしたという。確認は取れていないが、泰家は重茂殿と戦って死んだと言われている」

「ああ、なるほど。運が良ければ、放っておいても北条残党と重茂殿が共倒れする可能性があるのですね」


 向こうは北条の残党がいるということ以外にろくな情報を持っていないはずだ。

 視察の過程で両者が接触する可能性は高い。そうなれば、斬り合いに発展するかもしれない。


「いや、直宗。それは駄目だ」

「駄目ですか」

「ああ。運なんてものに身を任せていてはろくなことがない」


 直顕の言葉には妙な説得力があった。

 急に日向国に派遣されたことといい、直顕にはどことなく天性の運の悪さが感じられる。


「結果というのは自分で掴み取りにいかなければならない。『なんとかなるだろう』だけでなんとかなることはないんだ」


 だから、と言いかけて直顕は大きく息を吸い込んだ。

 しばらくの間、そのままの姿勢で硬直する。


 葛藤があるらしい。

 しかし、意を決したのだろう。直宗をまっすぐに見据えて、静かに告げた。


「日向国中に情報を流せ。北条泰家を討ち取った高重茂が、今この国に来ているということを」


 重茂と北条が潰し合うよう、積極的に仕込みをしていく。

 バレたときのリスクはあるが、何もしないよりは良い。直顕はそう判断したのである。


「俺は殿の命令通り日向国をまとめた。だが、そのとき力を貸してくれたこの地の皆には報いることができていない。心苦しいが、報いるためには手段を選んでいられないのだ。悪く思ってくれるなよ、重茂殿――」


 本気で心苦しいと思っているのだろう。

 悔恨の念を滲ませながら、直顕はこの場にいない重茂への詫びを口にした。




 一人の少女が、枯れ木の入った竹籠を背負って歩いている。


 身なりは質素で、その辺りにいる村娘と何ら違いがない。

 にもかかわらず、その歩き方にはどこか品がある。


 年の頃は細川ほそかわ弥九郎やくろうと同じくらいで、十を過ぎたかどうかという程度である。

 まだまだ幼さを感じさせつつ、将来は美しい人になるであろう予兆を感じさせる雰囲気があった。


 少女の反対側から、何度か見たことのある老人たちが歩いてくる。

 そこまで親しいわけではないが、出会えば挨拶を交わす間柄である。いずれも近隣に住む人々だった。


 彼らは神妙な面持ちで、なにやら噂話をしているようだった。


「しかし妙な縁もあったものよなあ。得宗とくそうの御舎弟から帝に領主様が変わったかと思ったら、そこから更に足利様が領主になって」

「それで名代として来た男が、得宗の御舎弟の仇だっていうんだもんなあ。これが御坊の言うところの因果というものなんかのう」


 そこまで話したところで、老人たちは少女に気づいたらしい。

 孫娘に向けるような温かな笑みを浮かべつつ、少女に声をかけた。


「おう委渡いとちゃんじゃねえか。今日も家の手伝いか。えらいもんだ」

「こんにちは。皆さんも、お元気そうで」


 うちの孫にも見習わせたいもんだ。

 そんな他愛のない話をしながら、老人たちはそのまま去っていく。


 その後ろ姿を見送りながら、委渡と呼ばれた少女はしばらくその場に立ち止まっていた。


「仇――」


 少女の口から零れ落ちた言葉は、冬の空気の中にあってなお澄んでいた。

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