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花七宝の影法師~天下ノ執事の弟、南北朝の世で奮闘す~  作者: 夕月日暮
第4章「天龍の秋」
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第130話「海原を駆ける者たち(陸)」

 重茂しげもちたちは、至本しほんに案内されて集会場にやってきた。

 ずっと立ち話もなんだし、この人数でゆっくり話せる場所はないか――そう尋ねたのである。


 集会場は商人や船乗りたちが重要な話をするときに使用されるほか、普段も雑談や遊びをする場所として愛用されているらしい。

 今も、携帯食を片手に雑談したり、賭博らしきことをしたりしている集団がいた。


「静かではありませんが、雑談の場としては好まれています。開けた場所だから密議にならないのが良いんです」

「商人たちは密議を好まぬか」

「そりゃ人それぞれでしょう。ですが、こういう開けた場所に顔をよく出す人の方が信用はされやすいです。自然と知り合いも増えていきますし、裏表がないという印象を持たれやすくなる」


 やりますか、と至本は古ぼけた双六すごろく盤を持ってきた。

 なかなか売れずに商人や船乗りが引き取った中古品の類だという。

 引き取った当人も亡くなって、町の共有物として扱われているものもあるらしい。

 これはそういう品の一つだという。


「俺はどうも運が今一つでな。重教しげのり、お前やってみるか」

「あ、いいんですか。実家じゃ兄弟とやってたんで、心得はありますよ」

「何か賭けます?」


 至本の問いかけに、重教は重茂を見た。

 重茂は少し考えてから、頭を振った。

 特に深い意味のある問いかけではなさそうだし、雑談の合間の暇潰しと割り切る方が良い――そう判断したのだ。


 しかし、重教はそこから更に沈思し、最終的に至本に向かって頷いた。


「俺が勝ったら、アンタに一つおススメの土産物を見繕って欲しい」

「いいっすよ。なら、俺が勝ったらうちの品物一つ買い取ってもらいましょうかね」


 重茂は、勝手に話を進めた重教の脇を思わず小突いた。


「どういうつもりだ」

「周囲の様子とか、自然に双六持ってきたところとか見るに、賭博も交流の一部なんだと思いますよ。なら、断るのも愛想が悪いというもんかなと」


 確かにこの場所は、そういう空気感がある。

 本当に大丈夫かと思いつつ、重茂は重教に任せることにした。

 提案に乗ったということは、それなりに自信があるということなのだろう。


 盤を挟んで座る二人の横に腰を下ろし、重茂たちは勝負の行方を見守ることにした。

 周囲にいた人々も、「至本が勝負するらしいぞ」と聞きつけて、少しずつ集まってきた。


「少し話を戻すが、商人にとって信用とはやはり大事なものか」

「なくなれば商人としては終わりですよ。信用できない商人に荷を預ける奴はいない。良い品が回って来なくなる。しょぼい品ばかりの商人は、買い手からも魅力的には映らんでしょう」


 至本は手慣れた手つきでさいを振ってから、それを指し示してみせる。


「極端な話、こんな使い古された感のある賽とかばっかり持ってる商人から品を買おうとは思いませんでしょ」

「まあ、それはそうだな」


 わざわざこれに銭を出すくらいなら、もっと身近にあるものを加工して代わりに使う方が良い。

 そして、そういう品ばかり扱う商人の店など、すぐに離れてしまうだろう。


 重教が順調に駒を進めていく。

 至本はやや遅れているが、焦っている様子はない。


「極端な話、信用があれば一時ある程度損をしたところで取り戻す機会はあるんです。しかし逆はない。一時得をしたところで、信用がなければ機会というものはどんどん失われていく。そして、信用というものは得るのが非常に難しい。だから、博多はかた商人は信用を守ることを何より重んじるんです」


 博多商人における信用というのは、武士における面子のようなものなのかもしれない。


 武士は面子を潰されることを何より嫌う。面子を守り通せない武士は、武家社会において頼りにならぬ者とみなされる。

 頼りにならぬ者の元には人が集まらない。それでは肝心の戦において役に立たない。そういう武士は、自立できなくなる。


 その話を至本に振ると、彼は「そうですね」と頷いてみせた。


「それじゃ、げん相手に暴れ回ってたのも、面子を守るためってことなのか?」

「信用を守るため――っすね」


 さりげなく重教の言葉を訂正しながら、至本は駒を進める。

 大きくリードしていた重教だったが、徐々に追いつかれつつあった。


「取引相手にいいようにされたら、それこそ俺たちに荷を任せた人からの信用を損なうことになりますんで」

「しかし、いささかやり過ぎということはないのか。取引一つから、町の大半が燃えたという話も聞いたぞ」

「それをやり過ぎと思うなら、重茂殿は信用というものを軽く見ているんでしょう」


 淡々とした口調ながら、至本の言葉には譲らないという頑なな意志を感じた。

 それに応えるかのように、賽が大きな目を出す。至本が完全に重教へと追いついた。


「武士は戦うことが本分と聞いてますが、自分たちだけで戦いを収めるということはそんなにないとも聞きます」

「まあ、ぐだぐだと長引くか、誰かに仲裁してもらうことがほとんどだな」


 徹底的に相手を潰し切るか、良い形で和解できれば話は別だが、そういうケースはあまり多くない。

 和解すること自体はなくもないが、それは誰かしらが介入して実現することがほとんどだろう。


「商人の本分は商い、つまり取引です。それは取引相手と一対一で行われます。誰かが仲裁する余地はなく、ぐだぐだと長引かせることもできない。自分と相手の間で、必ずケリをつける必要があるんです」


 至本の顔色は変わらない。ただ、重教の表情からは余裕がなくなってきていた。

 盤面を見る限り、両者の状況にそこまで大きな差はなさそうだった。ただ、僅かに至本がリードしている。ゴールも近い。


「取引を制するため一番大事なのは、やはり信用です。話術だと勘違いしてる馬鹿もいますが、そんなものは信用がなければクソほども役に立ちません。商人の戦における唯一無二の武器。それを守るためなら、町一つ燃やす覚悟はありますよ」


 両者の双六勝負も佳境を迎えていた。

 次に至本が出す目によって、重教があがれるかどうかが分かれる。


「この賽のようなものです。こいつがなければ、そもそも勝負することができない。それを奪おうとする輩がいれば、俺たち商人は徹底的に抗います。将軍家や朝廷のような後ろ盾があるわけでもない。自分たちのことは自分たちで面倒を見なければならない。俺たちは常に戦場にいるんです」


 至本がその賽を振った。もうゴールまであと一歩である。

 重教も一応ゴールまで射程圏内ではあった。ただ、いささか遠い。よほど良い目が出なければ、次で至本にあがられてしまう。


「どうしますか、重教殿」

「……どう、というのは?」

「さっきの賭けです。今ならなしにしても良いですよ」


 温情とも取れる言葉。

 それに対して、重教は迷うことなく頭を振った。


「あまり舐めないでもらいたい」

「ほう?」

「一度取り交わした約定を反故にするような奴を、アンタたちは信用するのか。今までの話を聞いておきながら、ここで降りるような馬鹿だと思わないでもらいたいな」


 その言葉に、至本が薄っすらと笑みを浮かべる。

 それは勝利を確信したがゆえのものか、それとも別の意味があるのか。


 重教によって賽が振られた。そして、筒が外される。

 そこに出ていた目が、勝負の決め手となった。




「どうだった」


 至本との話を終えて、重茂たちは至境しきょうの邸宅に戻っていた。

 既に至本は仕事に戻っている。彼は最後まで飄々とした態度を崩さなかった。


「恐ろしい甥御を持っておられるな、至境殿」

「ゆくゆくは俺の跡を継ぐ。青臭いが、覚悟はできているからな。分別もある」

「なかなか過激な一面もありそうだが」

「引き際は心得ている。あのとき、俺は元の役人を見つけて打ち殺そうと考えていた。だが、あいつが止めた」


 取られた分だけ取り返せば良い。

 それ以上をやれば、商人としての分を越えることになる。

 それはそれで、信用を損なう行いになるから駄目だ。


 そう言って、至本は至境を説得したのだという。


「商人には商人なりの覚悟と分別がある、ということか」

「そうだ。形は違うが、お前たち武士と通じるところもあると思っている」


 町一つを焼いたと聞いたときは「やり過ぎだ」と思ったが、単純に武士より過激というわけでもないらしい。

 例えば、延暦寺えんりゃくじ興福寺こうふくじの僧兵なども武力を有するし過激なところがある。しかし一概に武士より凶暴というわけではない。

 それと同じなのだろう。武力をどういうところで使うか。その判断基準に違いがあるだけだ。


「至境殿」

「なんだ」

「俺は決定権を持っているわけではないから確約はできんが、この海はこれまで通り博多商人に任せたいと思う」


 真意を探ろうとしているのか、至境が重茂の顔を見据えてくる。

 重茂はその眼差しを正面から受け止めた。


「博多商人は覚悟と分別をもってこの海を駆けているということがよく分かった。武力行使も無思慮な暴動というわけではない。そういうことであれば、こちらから言えることはなにもない」


 下手に博多商人を統制しようとしたら、かえって物事が上手く回らなくなるだろう。

 というより、ここまで覚悟が決まっている者たちを他者が容易に制御できるとは思えない。


「その結果、元が怒り狂ってこの国に攻め込んでくるかもしれないぞ」

「そのときはそのときだ。責任をすべて博多商人に被ってもらうか、足利あしかが総出で迎え撃つか」


 重茂の言葉を聞いて、至境は視線を外した。

 値踏みは終わった、ということなのだろう。


「足利全体を信用したわけではないが、お前は信用して良さそうだ。虚言を弄しない」

「それは光栄だ」

「入用なときは連絡をよこせ。出来る限り便宜は図ってやる。元との貿易は向こうが態度を変えない限り無理だがな」


 それだけ告げると、至境は立ち上がって奥に行ってしまった。

 仕事を再開したのだろう。重茂にこれ以上言うことはない、ということらしい。


 至本と話をしていた重教が、げんなりした顔で戻ってきた。

 その手には、新品と思しき見慣れぬ品がある。


「結構な出費になりました。すみません、義父上」

「……ちょっと見せてみろ」


 重教から渡されたものを手にしてみる。

 素人なので正確な価値は分からないが、見た目も手触りも悪くない。かなり良い品のような印象を受ける。


「いくらで買った」


 重教が気まずそうに額を告げる。

 確かに安くはない。だが、ここまでの流れを考えると、そう悪い取引ではなかった可能性もある。


「信用が第一、か」

「はい?」

「いや。京に戻ってあちらの商人にも見せてみよう。存外、良い買い物をしたかもしれんぞ」


 重教の肩を叩いて、重茂は労いの言葉をかけた。




 まだ、暦応寺りゃくおうじ建立の費用問題は解消していない。

 しかし、博多では得難いものを得た。

 重茂は、確かな充足感を抱いて博多の町を後にした。

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