第111話「竜が時代を去るとき(拾壱)」
吉野の行宮に、夏の気配が訪れていた。
後醍醐は長らく寝たきりの日々を過ごしている。身体は重くなる一方だが、心の方はどこか軽くなっている感覚があった。
「帝。坊門、参上いたしました」
「おお。清忠か」
後醍醐が比叡山にこもって足利勢に抵抗していた頃から変わらず、坊門清忠は吉野でも後醍醐を官吏として支え続けた。
吉野の政権を政権たらしめているのは、清忠たちのような文官たちの尽力によるところが大きい。
彼らのような者たちがいなければ、いかに後醍醐という錦の御旗があったところで、吉野は武装集団の域を出なかっただろう。
「……いかがなされましたか?」
「なに。朕も長くはないと思うてな。この先のことを、そなたと語り合いたくなったのよ」
「もったいなき御言葉。しかしそのような大事なことでしたら、私などよりも廉子殿や近衛殿の方が適任ではないかと」
「あやつらは既に己が答えを定めておる。そういう相手との語らいは、気晴らしには向かぬ」
清忠は独自の政治的勢力を築くほどの存在ではなく、また後醍醐や他の皇統との縁戚関係があるわけでもない。
あくまでその身一つで後醍醐に仕えてきた人間である。だからこそ、関係者のこと等を気にすることなく話が出来る。
「清忠よ。そなたの目から見て、朕は良き為政者であったか」
「難しいことをお聞きなさいますな。私などは己の仕事で手一杯。天下を統べる為政者の良し悪しなど、到底分かりませぬ」
「だが、思うことはあるであろう。そなたなりの見解で構わぬ」
しばしの沈黙。それも、後醍醐にとっては心地良く感じられた。
「……分かりませぬ」
「なぜ分からぬ?」
「帝の御力によって世が変わったのは間違いありませぬ。ただ、それが良い変化だったのか、悪しき変化だったのか。その答えは、まだ出ていないように思います。ゆえに、分かりませぬ」
東国に生まれた武家の勢力――鎌倉幕府を討ち滅ぼしたことは、間違いなく後醍醐の存在によるところが大きい。
直接戦ったのは楠木・名和・赤松・新田、そして足利たち武士だが、彼らが決起したのは後醍醐が呼びかけたからである。
あれは、間違いなく後醍醐の戦いだった。そして、その勝負に後醍醐は勝ったのである。
そして、その後に世を割ったのも間違いなく後醍醐だった。
北条時行の乱を鎮圧した尊氏が独自の動きを取ったことを、後醍醐は許容できなかった。
もし許容できていれば、後醍醐の理想は一歩後退したかもしれないが――ここまで世が乱れることはなかった。
「朕が足利の振る舞いを認めていれば、また違う道もあったのかもしれぬな」
「そうしていれば良かったのかどうか。それもまた、分かりませぬ」
「持明院統はその道を歩みつつある。いずれ、分かることであろう」
日ノ本六十余州に広がる数多の荘園。
朝廷の財政を支えるそれらの所領経営は、もはや朝廷の制御から離れつつある。
それを再び手繰り寄せようとするのが良いのか、武家に任せるままにするのが良いのか。
今になってもなお、後醍醐には答えが分からなかった。
「朕は、自らの手で世を動かしたかった」
「事実、動かされました」
「成し遂げたかったことはいくつもある。だが、果たせたことはあまりに少ない」
そのこと自体は仕方ないと受け入れている。
いくら抗ったとしても、天命には逆らえない。身体は一向に回復する兆しを見せず、心は半ば幽世にいるような感覚である。
「朕の後継者という者がいるとすれば、朕の成し遂げたかったことを成し遂げた者のことぞ。我が子でも持明院統の者でも大覚寺統の者でも――あるいは足利でも構わぬ」
時代を動かし、日ノ本をまとめあげ、強き国を作り上げる。
それが、後醍醐の遠き理想の御世だった。
見えてはいた。手を伸ばした。ただ、思っていた以上にそれは遠かった。
追いかけた。追い続けた。途中で多くの者が足を止めた。
護良。楠木正成。北畠顕家。新田義貞。皆、後醍醐より先に立ち止まった。
そして今、後醍醐の足も止まろうとしている。
「良いか悪いかは成程分からぬ。分からぬが、朕は己が理想のために生きた。そなたには随分と迷惑だったかもしれぬがな」
最初はただの足掻きだった。
足掻きによって、鎌倉幕府討伐という偉業を果たした。
そのことで夢を見た。見果てぬ夢を、遠き理想を、後醍醐は何よりも愛した。
「皆も好きに生きていけば良い。この吉野に拠って立つならばそれも良い。京に戻り世を動かすのも良い。それによって再び世は動くであろう。その先に我が理想が果たされれば、これに勝る喜びはない」
「それを成し遂げた者こそが、帝の後継者であると」
「血筋や位階によるものではない。そんなものを朕は愛さぬ。朕は理想を愛した。その理想が途絶えなければ、それで良い」
そこまで言葉にしたところで、後醍醐は凄まじい疲労感に襲われた。
どうやら話をし続けて疲れてしまったらしい。言葉を口にすること自体、もはや負担となっている。
「話し過ぎて少し疲れた。すまぬな、もう下がって良いぞ」
「……はっ」
一礼して去っていく背中を見送ると、後醍醐は静かに目を閉じた。
それから程なく、後醍醐から呼び出されていた男が阿野廉子の元に姿を見せた。
先ほど後醍醐が話していたことを、そのまま廉子に伝えるためである。
「そうですか。ご苦労様でした、親忠殿」
先ほど後醍醐の元を訪れたのは、坊門清忠ではなかった。
その子息である親忠である。
「しかし、帝はずっと親忠殿を清忠殿と?」
「はい。話しぶりもどこか茫洋としていて具体性を欠いていました」
坊門清忠は昨年既に亡くなっている。後醍醐は、そのことを忘れてしまったのだろう。
近頃は以前にもまして衰弱してきている。いよいよそのときが近づいているのかもしれない。
「……いつでも義良への皇位継承ができるよう、支度を整えておかなければなりませんね」
奥州行きに失敗して伊勢に戻っていた後醍醐と廉子の子・義良は、少し前に吉野へとやって来ていた。
後醍醐にも挨拶はしたが、親忠の話を聞いていると、そのときのことも忘れているのではないかという不安が出てくる。
「しかし、後継者は帝の理想を果たした者、ですか」
後醍醐はずっと後継者を指名することを避け続けてきた。
現実的に考えれば、現在吉野にいる義良以外を候補とするのは難しいだろう。
それくらいは後醍醐にも分かっているはずだった。しかし、頑なに後継者の名を口にしようとしない。
「帝は、殿下を後継者とすることに懸念があるのでしょうか」
「それはないと思います。そういう御考えがあるなら、そう口にされているはず」
後醍醐の真意は分からない。
ただ、彼の命が間もなく尽きようとしていることは間違いのない事実だった。
「……いずれにせよ、帝に何かあったとき、私たちには新たな帝が必要です。そうでなければ私たちは逆賊になってしまう」
後醍醐を愛した身としては、その意思を汲み取れず蔑ろにするしかないことが心苦しい。
しかし、今の廉子は吉野の朝廷を支える一員であり、義良たちの母でもあった。やらねばならぬことがある。
「坂東の北畠殿からも義良立太子については賛意を得ています。帝に何かあったとき、すぐに対応できるよう準備を進めておいてください」
「はっ」
退出する親忠の背中を見送ると、廉子は再び届いていた書状に目を走らせ始めた。
北陸。信濃。西国。各地で吉野方は粘り強く戦い続けている。
まだ自分たちは負けてはいない。その思いを胸に、廉子は己の役目を果たそうと気合を入れ直した。
事問はむ人さへ稀になりにけり、我が世の末の程ぞ知らるる。
誰もいない場所で、独り、そんな歌を詠んだ。
自分の歩んだ道に後悔はない。
ただ、道の果てにいるのが自分だけだと気づいたとき――どうしようもない寂しさを覚えた。
これは、ただそれだけの歌である。





