三つ鱗の影法師~Beginning~(結)
鎌倉が、燃えている。
彼方に見える故郷を見ながら、泰家は僅かな郎党を連れて北へと向かっていた。
もはや、兄も安達も長崎もこの世の人々ではあるまい。
得宗家を動かしていた人々は、その責を負う形で世を去った。
高時の子たち――万寿と勝寿はそれぞれ落ち延びているはずだった。
万寿は母方の五大院に、勝寿は信頼できる武家の諏訪に託している。
きっと鎌倉から無事に脱出し、いつの日か北条の再興を果たすことだろう。
泰家は途中、早渡の家に立ち寄った。
武士団に荒らされたのだろう。かつて泰家の心を癒した地は、見る影もない有り様となっていた。
早渡が亡くなってから、ここには足を運んでいなかった。
この家で早渡と語らっていたことが、ついこの間のことのように思えてくる。
きっとこの思い出はいつまでも色褪せないだろう。だが、思い出は思い出――ここに来るのはこれが最後だ。
「委渡」
「……」
手を繋いでいた委渡が、泰家を見上げた。
早渡が亡くなった後、委渡を含むこの家の人々は泰家の屋敷で引き取っていた。
その多くは今回の戦で命を落としたが、委渡は生きていた。そして、共に鎌倉を脱出してきたのだ。
「よくこの風景を見ておくんだ。戦に負ければこうなる。お前が母と過ごした場所が、このようなことになる」
委渡は言われた通り、荒らされた生家をじっと見た。
幼子ゆえに、委渡はその心を表す言葉を持たない。しかし、何も感じないわけではないだろう。
この風景は、彼女にとって忘れがたいものになるはずだった。
「だが――それでも俺やお前はこうして生きている。生きていれば、取り戻すことができる」
泰家は腰を下ろし、委渡に目線を合わせた。
「委渡、俺たちは生きるぞ。何があっても簡単に死んではならぬ。先に逝った母の分まで――そして、この父に何かあったときは父の分まで生きるのだ」
肩に手を置いて、じっと委渡の目を見据える。
「生きろ。他の誰が期待せずとも、俺は期待している。生きて、父と母が生きた意味を繋いでくれ」
「――はい」
小さく頷く娘の姿を誇らしく思いながら、泰家は早渡と語らっていた庭を最後に眺めた。
得宗家の北条泰家は鎌倉で死んだ。
早渡と語らっていた一人の男としての北条泰家も、既に亡い。
だが、まだ自分はここにいる。
北条再興の志と我が子を託され、新たな道を歩まんとしている。
過酷な道である。報われるかどうかなど分からない。
それでも、これが自分の生きていく道なのだという充足感があった。
「行こう。俺たちは、ここからだ」
ぼろぼろになった三つ鱗を背負いながら、泰家は坂東を後にした。
北条氏が再興の狼煙を上げて時代を動かすのは、まだ先の話である――。





