わたしの好きな『あの人』は
見切り発車です
わたしの名前はアスター・ライフアイゼン。よく間違われるけど性別は女だ。ピッチピチの13歳で、自分で言うのもなんだけどかなり整った顔をしている。性別を間違われる理由は……まあ色々あるけど後で説明しようと思う。それよりちょっとわたしの話を聞いて欲しい。
ちなみに今は軍の入隊式の真っ最中。偉そうなおじいちゃんが、国の為に〜〜とか何か言ってるけど興味も無いし聞き流している。
周りの子を見ると、ほとんど、というか全員真剣な表情で話を聞いている。それもそうか。
6年の訓練期間を終えて、今、この時からようやく正式な軍人になれるのだから、気持ちも引き締まるってものだろう。わたしの同期の子も、
「早く一人前の軍人になって国の役に立つんだ!」
と意気込んでいたし、きっとほとんどの子が同じ考えでいるんだと思う。
そこでわたしだ。
わたしが軍人を目指した理由は単純に、強くなりたかったから。わたし達が6年間いた士官学校は国軍直属のものであり、訓練もそれなりに厳しい。
さらに、わたしはその学校でコースBに所属していた。かんたんに言うと、指揮する側ではなく、前線に立って戦う兵を育成するコースだ。学校にいる女子は大抵がコースA所属だから、これがわたしが性別を間違えられる原因の一つでもある。
あと、これは曖昧なんだけど、軍人になれば『あの人』に会えるんじゃないかと、そんな気がしたから。『あの人』が誰なのかわたしは知らない。どこで何をしていて、どうすれば会えるのか、どんな人なのかも全くわからない。
わからないけど好きなんだから仕方が無い。
あれは5歳の時。近所に住んでいた、当時仲の良かった男の子に告白された。年相応に可愛らしくて一生懸命なそれに、嬉しかったわたしは素直に「わたしも好きだよ」と言おうとして、そして思った。
違う。この子じゃない。
わたしが好きなのは――――
気付いたときは自分の部屋のベッドの上にいた。どうやらあの後わたしは気を失ってしまったらしい。
ベッドの側では、母が心配そうにこちらを見ていた。心配をかけて申し訳ないのと同時に、しかしわたしはそれどころでは無かった。医者を連れてこようとする母に、大丈夫だから少し休みたいと言って、なんとか部屋から出ていってもらった直後、わたしは盛大に頭を抱えた。
わたしが、前世の事を思い出したのはその時だった。
前世でわたしは、所謂2次元オタクだった。漫画、小説、ゲームが好きで、それぞれに好きなキャラクターもいた。恋愛とは縁遠かったが、普通に楽しい生活だったように思う。
しかしわたしはそこで違和感を覚えた。
何かが抜けている気がする。
一番大切な、そう、わたしが一番、それこそ十年単位で好きだった『あの人』のことを思い出せなかった。
『あの人』がいるのは何の媒体のどんな物語だったのかすら思い出せないまま、それでも、『あの人』を守りたい、幸せにしたい、の想いに動かされてここまで来た。
でも、これで良いのだろうか。本当にこのまま軍に入って、それで『あの人』に会えるだろうか。何か取り返しのつかないことにならないだろうか。
もし『あの人』に出会えなかったら……
わたしはそれだけが不安だった。
……わたしがそんなことを考えている間も式は続いている。次は軍の将官からの挨拶があるらしい。
将官……そういえば、軍で最も次の総帥に相応しいと言われているのは、23歳の、それも出自が不明な人物だと聞いたことがある。23歳の若さで軍の最高司令官に相応しいと言われるなんて普通じゃない。一体どんな人なんだろう。もしかすると……
考えるながらも壇上を見上げていると、一人の人物が現れた。
「………え、」
その瞬間の衝撃を、わたしはきっと忘れない。
壇上を歩く人物に否応なく目が惹きつけられる。軽く伏せられた瞼から覗く深く透き通った蒼い瞳、光の加減によって銀にも見えるブロンドの髪。
豪奢な軍服に身を包みながら、その質量を微塵も感じさせない足取りで、彼が中央に立った時、わたしは涙を流していた。
何の涙かなんてわからない。ただ目の前の圧倒的な存在にわたしの涙腺が耐えられなかったのだと思う。
待てよ自分、気絶なんかしてる場合じゃない。そうは思いながらもどんどん意識は遠くなっていく。
視界が途切れる直前、こっちを見て驚いたように目を開く彼が見えた、気がした。
彼の名前はリートハルト・ギーツェン。
わたしがずっと好きだった『あの人』だ。