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タカハシ

 ――やってしまった。

 誰も居ない無人の廊下をあてどなくさまよう。そんな無機質な静けさが僕の心の昂ぶりを冷ましてくれた。

 けど……やっちゃった。

 心が冷めて心が冷えて冷静なるほどに思い知らせれる先程の行動、僕の行為。

 自暴自棄から感情の制御を失い、その爆発を抑えようとその場を立ち去る。結果突然席を立ち授業をボイコット。って! ……はぁ、なにやってんだろ僕。

 自己嫌悪に苛まれながら意味も無く廊下を歩き階段を上る。

 きっと教師からは問題児のレッテルを張られ、たぶんクラスメートには性質の悪い不良と見られた。

 不毛な自己分析をしながら意味も無く階段を上り続ける。

 これじゃあ、あの場で感情を爆発させなかったとしても結果は同じで、結局僕の居場所はなくなったってこと。か……。

 ――そして終着点。僕の目の前には屋上に続くドアがあった。

 そう、なんだな……。僕は意味も無く上ってきた訳じゃない。なんとはなくそんな事を頭の片隅で考えていた。そして理解したうえで僕はここまで自分の意思で来たんだ……。

 よし。――死のう。

 そして僕はドアノブに手をかける。が――。

 ドアノブはガチャガチャと虚しく音を立てるだけだった。

 うん……まぁ、その可能性もあった訳で……。

「って! ……何やってんだよ……僕……」

 急に足の力が抜ける。僕はそのまま屋上へと続く踊り場に無造作に座り込んでた。

 本当に最低だ、最悪だ、気持ち悪い、気分が悪い、頭の中がぐちゃぐちゃする。苦しくて、悔しくて、どうしようもなく泣きたくなった。無様に泣きそうになっていた。そんな時だった。

「どうしました?」

 それはまったく想定していなかった、どこかのだれかの声。

「あっれ~……。もしかして、泣いちゃってますか? 感動中ですかぁ?」

 ……まだ、泣いてない。もう少しでガン泣きだったけどなっ。それよりも、

「どこをどう見れば感動して泣いてるなんて結論が出るんだよ」

 あほかっ。こんな屋上前の踊り場に体育座りで顔を埋める。やつがそんなポジティブな理由で泣いてる訳が無い。

「え? だってよくあるじゃないですか。『そのラストに全米が感動した』って」

「お前は何の話をしてんだ! そのフレーズは映画の番宣のやつだろっ」

「でも全米ですよ? 3257億人ですよ?」

 3257億か、すごい数だ。それだけの数なら……いや、だとしても――このシチュエーションでは無いだろ。

「う~ん……やっぱり無いですね。ないない、どう考えても無理があります。無理筋すぎますね」

 と、キッパリ言い切る。そして「あははは」と笑い出す――笑い出す……。

「……誰?」

「……え?」

 逆に驚かれた。誰だよコイツ。

「マジですか? ウソでしょ? どんな演技力ですか? いやだなぁ」

 なんて言いながら僕の頭頂部に、ぺしぺしとチョップを繰り返しお見舞いしてくる。――どんだけ馴れ馴れしいんだよ。

「ボクですよボク。勘弁してくださいよ」

 だから誰だよ。あぁあ~、チョップうぜぇ。たいして痛くも……、

「……タカ、ハシ?」

 ピタリとチョップが止まった。

「そう! 母子家庭で一人っ子。座右の銘は『酒池肉林』でお馴染み山之辺永継の幼馴染にして無二の大親友。『タカハシ』ですよ」

「そんな座右の銘は存在しない。僕はどこの暴君だ」

 にしても幼馴染、大親友……か。そうか、まだいたんだな。僕の周りにそんな稀有な存在が。

 ただ、少し記憶が――、

「で、どうですか? 不肖、このボクで良ければお話を聞きますよ」

 僕の思考をぶった切り、にこやかにタカハシが話しかけてくる。

 僕は人間関係の構築に失敗した。誰も信頼していないし誰からも信頼されていない。だから僕の異変に気づく人はいても深く介入しようと思う人間はいなかった。それに変に介入しようとされても僕が拒絶していただろう。ましてやそれが教師や親だとしたら尚更である。僕は今自分に起きている異変を誰にも話せない。話さない。話しちゃいけない。

「いいよ、どうせ信じないだろ」

 こんな荒唐無稽で馬鹿げた話を誰が信じるんだ? こんな信憑性のない話の解決方法を誰が真剣に考える? そんな奇特なお人よしを僕は知らない。

 だから僕は拒絶する。これ以上変な目で見られるなんて御免だ。

「そうですね。信じないかもしれません。けど、信じられなくても良いじゃないですか。それがどんなにくだらない話でも、それがどんなにふざけた話でも、話したければ話せば良いんですよ」

 それは馴れ馴れしくも親しみのこもった友達からの言葉だった。

「だからボクに聞かせてくださいよ。そんな永継の無価値で無意味な無駄話を」

 ……ふふっ、ははは。なんだコイツは。さっきからふざけた態度ばっかりとってたくせに、なにを……なに……さらっと嬉しいこと……言ってんだよ。

 涙がでそうだった。僕の視界に映る自称大親友が少しぼやけて見えた。

「ありがとう」

 ぼそっと僕の口からそんな言葉がもれた。

「やめてください、恥かしい。そういう言葉は、もっと面と向かって大きな声ではっきりと言って下さい。そしてボクをもっと崇め奉ってください。あっ、そうだボクの木彫りの像でも作りますか?」

「お前はどこの神様だっ」

 どこまでもふざけたやつだ。こんなやつに相談しても大丈夫なんだろうか?

 けど……僕にはもう選択肢がない。

 だから、聞いて欲しい……どうか聞いてくれないかな。

 僕に起きた最悪な事態、その原因の話を。

 

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