1:帰還
大海原の真っただ中を真っ赤な鱗の龍が飛んでいる。
氷の下級属性竜の防具を纏いし男が、小さな白銀に輝く龍と、ヒョウ柄の子猫を抱き、龍としては小柄な、十m程度の体長であろう個体の首の根元に座していた。
その前方にも先導する龍が飛んでいる。その大きさは、男が乗っている龍の更に五倍はあると思われる。
乖離島での予定を終え。皇国アヴァサレスへ飛んで帰っている者たちだ。
「エレクティア、方角は大丈夫か? 間違ってたらシャレにならんぞ」
声をかけた者は、皇国の女帝の婚約者であるテリスト・ファーラル・アーレアルだ。
当然の指摘だ。方角を間違えばあられもない場所へと向かう事になり、遭難で済めばいいが、下手したら死にかねないのだから。
『大丈夫よ、何度も実践飛行して来たんだから間違いようがないのよ』
先導する者はエレクティア・ヴァルグ。元火龍族族長の娘であり。皇国との盟約により守護龍の地位に就いた者だ。
『それよりもクラレスはこの速度でも大丈夫? 無理してないよね?』
『全然平気です。もっと速度を出しても大丈夫ですよ。これも皆さんのおかげですね』
小さな龍はクラレス・フィール。特異体質で生まれたが為に、同属性の龍であるが疎んじられながら、肩の狭い生活を余儀なくされていた者だ。
エレクティアが機転を利かせ、テリストに嫁がせる事で、窮地より救われたのだ。
現在では乖離島にいる誰よりも強くなり、阻害されようが嫌がらせを受けようが返り討ちに出来る実力は身に着けたのだが、肉体面と精神面は違う。克服したからといって置いて来るなんて選択肢は微塵も無い。
『あれだけ濃厚な実戦を繰り返しておったのじゃ。我でもこの程度なら飛べるのじゃよ』
自ら飛んでもおらず。テリストに抱かれているクインの弁であった。飛んで実践してから話せといいたい。が、当然だろう。消費MPを確認してもごく僅か、全力で飛んでるなど程遠い。周りに被害が及ぶので絶対に出せない速度である。
『キュアキュア!』
言葉を理解しているのかしていないのか、良く分からないが、同じく抱かれているアウローラが返答しているようだ。
『アウローラも、もう少し早く飛んでと言ってるから少し飛ばすよ』
エレクティアがアウローラの呼称に様を付けていないのには理由がある。俺が禁止したからだ。幼少期から特別な存在だと意識レベルで刷り込んだ場合、増長する恐れがある。そうなれば傲慢になったりとわがまま放題に育つ恐れがある。親が子に接する態度では無い事も上げられる。そんな理由だ。
俺たちが滞在期間の目いっぱいの時間を使い、レベルを上げられるだけ限界まで上げたのだが。皇国の守護龍となり、俺の嫁となるデルフィアの弁では。それでもアウローラの成体に及ぶか疑わしいとの事だった。
そして肝心のアウローラだが、完全にダンジョン恐怖症を克服した。最初期の頃は入るたびに硬直したものだが。後期ではその拒否反応も見られずのんびりしたものだ。
クインを戦闘には参加させず、常に一緒に行動というよりも抱いていたので、これまで以上に仲が良くなりじゃれ合っている姿を見ない方が稀になったのだ。
これまでが大人しすぎたのだ。少々やんちゃな程度で丁度良い。ただし、俺たちレベルを上げた者だけが対象だ。その辺りはデルフィアにお願いしてきちんといいつけてある。
赤ちゃんも同然なので何かやらかしたら注意するのは当然だ。相手が死にかねないからな。
考えている間に速度を数段上げた様だ。目を開けるのが非常に辛い。龍種は瞬膜がある為に目の保護が出来るので平気な様だ。目を薄く開けて対応するしかないのだ。
しかし、空気の圧力による加熱が半端では無い。本来なら生身ではとっくに死ぬレベルだが、鍛え方が違うのだよ鍛え方が!
下級とはいえ。ドラゴンの素材で作った防具だから良かったものの。普通なら燃える事は想像に難くない。
例のゴーレム専用ダンジョンだが。下へ潜れば潜るだけゴーレムのレベルも上がる。引き寄せて狩る場合にはどんどん時間短縮になる訳で、戦闘時間そのものが短くなり、潜る速度が速くなるのだ。
そして、当然の事だが。アウローラもレベルが上がっている。見るのも修行、そういう事だ。
よって、後ろを振り返ると、生み出されたソニックブームによる水しぶきが物凄い事になっている。
「エレクティア。頼むから陸地でこの速度を出すなよ。後ろが凄い事になってるからな」
『テリストも心配性ね。分かってるから大丈夫よ』
速度を上げた事から陸地まで1時間も掛からず、接近前には速度を減退させて、被害なく上陸? 出来たのだった。ほどなく、小さな村落や港や町などをいくつも通り過ぎて、僅か1週間程度の外交だったが。皆無事に帰還を果たすのだった。
他の者はヴァルサルの使う転移魔術で既に帰り着いているが。