11:交渉
午前中のラストと考えたお隣の伯爵家へと突貫した。のだが、何故か出迎えられたのだった。衛兵らしき防具に身を包む者が6名いるのだが。屋敷の入り口の両脇に並び此方への抜刀はしていない。
家長と思われる30台後半と見られる男性と執事らしき、まだ若そうな壮年の男性が俺たちを待っていたのだ。
「お隣の様子からそろそろお出でになると思っておりました。火龍族の方がいらっしゃるとすれば皇国アヴァサレスの方々ですかな?」
ほう。国の重鎮なだけありエレクティアの正体を見破ったか。ま、特徴があるから簡単にわかる話ではある。俺の様に知識が無いものだったならば行きつけはしないのだが。
『皇国との盟約が果たされた事を知っているのか。処刑の際に身を隠していなかったので当然知っていような』
「其方にお連れしているのはアルサート様ですかな。貴国からすれば処刑する者かもしれませんが。捕虜に対する扱いとしてはどうでしょうか、その様な振る舞いをしていると方々に知れ渡れば汚点になりますぞ」
寒空の元。そう、真冬の時期に全裸に剥いて連れまわしているだけで拷問にも等しい行為。わざとだがね。
「確かに貴殿の言う通りだがどうかしたか? 従順に此方の言う事を利かせる為には都合のいい行為だと思うがな。それにな、人を人とも思わず手駒として扱う連中だぞ。排除してくれるのかと期待はされても、助けたいと思う一般の者は皆無だろ。屑連中だしな」
「既に貴族の屋敷をご案内していると見受けられます。どうでしょう、既に貴方様の思惑は済んでいるご様子。私共に身なりを整える事をお許し頂きたい。
もちろん皆様はその間わが屋敷でもてなしさせて頂きたい」
後半部分は完全スルーか。
さて、妙な事になって来たが。対外的な看板はカーラだ。立てた方が良いな。
「カーラ様。どうなさいます?」
「お受けしましょう。どの様な思惑があるのかも知って損は無いでしょうから」
受けたか。素っ裸で街中連れまわしだものな。思う所はあったのだろう。俺の激怒振りから何も言えずにそのまま放置していたと見えるな。
それならそれで付き合うとするか。
「それもそうか【ハイヒール】【オールキュア】行って来い」
送り出すと執事に連れられて屋敷へと入って行った。
俺たちは応接室では手狭だからと食卓へと誘われ、俺たちの対面には伯爵家の家族全員が座っている。夫婦と娘2人の4人家族か。上座の位置は空白だ。そこに誰かが座れば上位者と見なされ、この会談が即時破談する事を意味する。
伯爵側が座れば俺たちが下に見られ、俺たちが座れば此方が上位者となり、一方的に此方の意見を飲みますと体現する事になる。
そうならない為には全員が対面で座る必要があるのだ。
挨拶そっちのけで昼食が振舞われ。俺たちは毒なんてすぐに解除出来るからと気にもせずおよばれになり、食事の最中に身なりを整えた第一皇女も同席した。食後に会談へと移った。
「ご挨拶が遅れ申し訳ありません。帝国で伯爵位を授かっておりますカロン・サージナルと申します。以下、私の家内と子供たちです」
「カーラ・ファーラルと申します。今回の遠征では団長の地位を頂いております」
「その名は聞いております。獣王国の姫君で皇国へ亡命されたとか。そうすると、其方の御仁はテリスト・ファーラル殿ですな」
「帝国にも知れてるとはね。察しの通りテリスト・ファーラル・アーレアルだ。軍としての指揮権は俺が掌握してるが、外交面ではカーラがトップとなる。交渉があればカーラに言ってくれ」
「意外ですな。伝え聞く限りでは。テリスト殿が全て掌握されようと問題無い様に思われるが」
「俺はやり過ぎてしまうのでね。サルーンの采配だ」
なにせ、反撃を受けない様にと叩けるときには徹底的に叩くのでね。
「ほう。サルーン陛下の御采配でしたか」
ん? なぜ陛下と尊称を付けるんだ? 確かに目上の相手だが、それは敵対していなければとの但し書きが付く。俺たちがいる手前、呼び捨てには出来ないが、この場合は女帝で済む話だ。
敬意を表する必要が無い訳だからな。
「分からんな。なぜ敵対国のトップであるサルーンに対して敬意を払うんだ? この場では似つかわしく無いな。普通なら女帝で事足りるはずだがな」
「帝国の内情を知らぬ方からすればその様に映りますか。少なくとも私は現皇帝を抹殺して頂ける事に感謝しているのですよ」
ふむ、敵の敵は味方では無いかもしれないが。排除するならば敬意を示すと、それで皇国の不利とならぬよう身なりを整えるか。一応は一貫してる訳だな。
失念していたが当然貴族全員が皇帝の振舞を容認してる訳でも無く。目の前の御仁の様に嫌う者も当然いるか。
全員抹殺するつもりでいたが。ちと修正する必要がありそうかな? ま、本心かどうかが分からないのが痛手ではあるが、追々わかれば良いが。
「なるほど。あの暴走を止めたかったと、あーそうか。そういう事か。失礼だがサージナル殿。確かに貴方が皇帝を止めようといくら同胞を募った所で、皇帝にとっては痛くもかゆくもないな」
「流石ですテリスト殿。僅かな言葉で見抜くとは」
皇帝を排除したいと考えて結束しようと、ある程度軍部の連中を味方に引き込めないのであれば単に自滅するだけだからな。そんな意味では勇者召喚している国が帝国だった事が裏目に出ている。
これが王国や他の政治形態であれば、下が結束すれば上を打倒せたのにな。
「テリ。どういう事よ、説明して頂戴」
「カーラとアリサには以前話したんだがなぁ。まあいい。
王国と帝国の政治形態について話しただろ。帝国は皇帝に全ての権力が集中してる。貴族はこの権力の一部を借りてるんだ。その力を使い政治の一端を担っている。権力があろうと一人で統治できないのだから当たり前だな。
何かに不満があって、貴族全員が皇帝に対して意見を述べたとしよう。皇帝にとって気に入らなければ全員を解雇して新たに従順な人材を宛がえば良い。
こんな無茶な事が通るのは軍部の実権を全て握ってるからだ。騎士も衛兵も皇帝の一言で全てが動く。貴族がいくら結束しようと、帝国全土に配置された者を相手になんてできない。戦力の規模が違うんだよ」
「結局は力を背景とした権力の集中なのね」
「当たり前だろ。単に口だけで独裁なんて出来る訳がない。皇帝への軍部の忠誠、それによる戦力だ。
何分。今の帝国は軍部の力が強すぎる。これ、与えられている権力がって意味な。本来なら騎士側が裁かれなきゃならん事案が発生してもお咎めなしだ。好き勝手出来る統治をしてるからこそ軍部の忠誠が皇帝に向かってるとも言える。本来なら反発して民を守るのが任務なのだがな。腐りきって自浄作用は期待できないだろ。今回の戦争はその腐った部分を完全に排除するのが最大の目的だ。
すまないな、突然説明し始めて。それで。死ぬ覚悟で招いたからにはそれなりの理由があるだろ、話してくれ」
「そのご様子では配下に収まる器ではありませんな」
「テリ、あんたが出しゃばるからバレバレじゃないの」
「出しゃばるって言うより、必要な説明をしただけだがな。それじゃ俺の役はアリサに任せるわ。全部仕切ってくれ」
「家長のテリが嫁の私に丸投げしたら立つ瀬がないでしょ。そのまま交渉なさい」
「だったら俺に突っ込むなよ頼むから。はぁ、やってられんな。それなら団長様に任せるわ。そもそも俺が出るべきじゃないってのならな」
毎度の事ながら、俺に突っ込むんだよな。そのおかげで助かってる面も確かにあるが、この様な場面では正直ご遠慮願いたい。
直接交渉って訳では無いが、意見交換の場で足を引っ張られるのは正直困るんだよ。
「では団長命令です。テリクン、全て任せます」
こっちもかよ! なら、俺に突っ込んだ代償をアリサへ丸投げするか。
「でちゃったよ、丸投げ宣言。副団長として命令します。アリサ、全部仕切れ」
「テリ、後で覚えてなさいよ……。要望は何でしょうか?」
軍事行動では上位者の命令は絶対だからな、これが覆れば軍として成り立たずに勝手気ままなバラバラの統率されていない雑魚集団になる。俺たちには当てはまらないが、一応アリサは了承したようだ。
「その前にお聞かせ願いたい。この度の戦争参加はなぜですか?」
流石に昨日に今日では伯爵といえども把握はしておらずか。皇帝は流石に知った風だったが。情報の共有の面では穴があるな。
「3つあるわ。一つは皇国とジアラハルトとの契約を破り、皇国に泥をかぶれと要求してきたこと。
騎士たちの目に余る行為を止める為、それと勇者召喚を止める為です」
「そうでしたか。どれもこれも皇帝が先導した結果、やはり他国から見ても異常に映るのですね。
大半が皇帝のとった政策によるものです。一部家族と軍部の者が行っていた事、どうかその者たちの首だけで矛を収めて頂けませんでしょうか?」
偽善だがとばっちりで命を落とすのを見ていられないと。それこそが戦争なのだがな。上の判断で戦争が開始されれば戦場になった地域の者は当然巻き込まれて死んで行く。
俺たちの場合は少数精鋭であるが為に、手足の末端にまで命令が伝わらないなどで市民への暴挙などはありえない。
多くの将兵を投入した連合軍ならば、個人資産を増やす為に、もしくは、自身の快楽やストレス発散目的で襲う場合もあるだろう。
色々な面を総合的に考えれば俺たちと交渉する方が利にはなる。連合軍よりは、だがね。
「その返答はこの場にいる者では返事が出来ません。お判りでしょう? 確かに皇国が帝都に一番乗りし、皇帝とその家族を手中に収めはしましたが。すでに2国攻め寄せています。皇国が独断で返事可能な立場では無いのです」
「ではこうしましょう。私の首を差し上げます。この首を手土産に交渉しては下さらないだろうか」
命を貰っても仕方ないんだよな。何の得にもなりはしない。そもそも2国へ交渉するとか言う前に、俺は一般市民はどう思うのかを優先したい。ま、最優先するのは俺の考えだけどね。
一般市民の考えを優先したいと考えるのは単純だ。
虐げられて来た者の目線として、皇帝一家をどう扱ってほしいのか。その本音が聞きたい。
中には無害の者が混ざっているかもしれないからな。人知れず支援してたって人が混ざってれば自ずと処刑を反対する者が現れるだろうと考えている。
それに合わせるのも一興かなと。
「テリ、どうするのよ。私では返事できないわよ」
「俺に投げるな。カーラに言え」
「テリクンが決めて下さい」
下手に首だけ持ち込んで交渉すれば帝国に配慮してますと2国へアピールする事になる。
それでは皇国が不利になるんだよな。
それならいっそ顔を合わせて交渉しなきゃならんのだし、帝国代表として出席させた方が面倒が無くていい。首を持って行くよりはマシだろうか。
そもそも少々の不利益程度どうとでも成るから気にするレベルでは無いが。
「またそれかよ。それじゃ俺の独断で決めさせてもらうぞ。その首そくりそのままもらい受けようか。但し、体に繋がったままな。どうせ3カ国で協議する場を設けなきゃならないからな。その場に貴方を出席させる。
ただし、譲歩できない部分も当然ある。
各都市を管理してる貴族はきちんと排除する。そうしなければ解放したと言えないからな。
それと騎士や衛兵の連中だ。一般市民への横着な言動が最悪だ。どの道俺たちを止めようとして来るから排除するけどな。
ついでに言うが。帝国は完全に解体される。一国統治は無いから分割されるだろう。と言っても国境なんてないに等しい。行き来に関しては相当に緩くなることが予想される。今言えるのはこの程度だな」
「テリスト殿。感謝いたします。しかし宜しいのですか? その様な場に私を連れて行けば。御身の立場が悪くなることが予想されます」
「あっははは! 悪くなる? 俺の立場が? そりゃないな。正論ぶつけての論戦なら早々負けないぞ。それにな、下手に俺に喧嘩を売ればその国が亡ぶ可能性まであるんだ。絶対にそんな根性据わってる奴はいないだろ。なにせ前日に皇宮に来た使者を言い包めて来たからな」
「は、はあ」
「で。貴方が会談に参加した場合。対価を貰いましょうか、成否に関わらずね。何を差し出します?」
「命を対価にでは受け取って頂けない御様子。資産の全てと言いましてもすでに差し上げたようなものですからな。
私と家内は労働力を提供しましょう。
子供たちは、すまないが帝国の為にその人生をもらい受けるぞ。侍女は、間に合ってましょうな。皆様のご判断でいかようにもお使いください」
帝国の為にか。一般市民の為になら対価を要求しない所だが。それなら受け取るかな。ただ、カーラの判断になるが。
「だそうだ。カーラ、返事をしろ。団長としてな」
「わかりました。お返事する前に一つお聞きかせください。祖国を捨てても構いませんか?」
「帝国を離れるのは忍びないですが。既に差し上げた命です。何処へなりとも参りましょう」
「ではこうしましょう。テリクンは孤児院を新設します。そこで住み込みの講師になって下さい。国は違えど勉学に関しては基本的に同じでしょうから良いでしょうか?」
「お引き受けいたします」
食料品店の後を予定変更するかね。伯爵から下の連中は殺すのは何時でもできる。なら、2方面に関して手を打っておくかな。
「それじゃ予定を変えようか。上位貴族の大半は叩いた。後はジアラハルト方面に残ってる部隊を叩くのと、各都市の解放と、連合の方に向かってる連中の排除だけだな。
エレクティアに頼みがあるんだが引き受けてくれないか?」
『可能な事なら受けるわよ』
「上空で龍化して魔力を乗せない咆哮1発撃ち込め。皇国が皇帝一家を確保完了した事を伝えてくれ。同じく戦時下である事を伝えて、罪人に対する処罰は戦時下である為に全て確認し次第処刑すると脅してくれ。
それと商業ギルドと魔物ハンターギルドのギルドマスターを城に呼びつけろ。その後に北方向へ向かっているであろう部隊を補足してくれ。その時はヤヨイを連れて行ってくれると助かる。
俺たちは食料品店に寄った後、単独でジアラハルト方面の部隊を叩きに行く」
「ちょっと待ちなさいテリ。エレクティアさんを使う事は何故かって分かるわよ。だけどマスターを呼びつけるって何をする気なの?」
「慌てなさんな、説明するさ。交渉はカーラがしてくれ、俺たちの中では一番信用されやすいからな。商業ギルドには通常通りに動けと言っとけ。別に何も制限しないとな。魔物ハンターギルドの方へは帝都中の巡回警備依頼を出してくれ。騎士が0人で衛兵も0人である事を前提に発注させろ。資金は後程渡す」
税金を全額当てさせるつもりだから必要無いとは思うが念の為に渡しておく方が無難だろう。
「安全面に考慮するのですね。分かりました」
『移動部隊の補足はテリストが行いなさい。人の行軍速度を測れと言われても分からないのよ』
「俺も分からないけどな、仕方ないから役割を変えようか。張り付いてる部隊を叩いた後に皇国の国旗を建ててくれ。それで彼方も気が付くはずだ。俺たちが動いたとな」
大抵が馬車1日の距離間隔で宿場町があるから参考にはなるかも知れないな。あればだがね。
『そもそも、連合軍との接触前に叩かないの?』
各町の守備隊程度は居るだろうが。そもそも主力はジアラハルト方面に張り付いていた部隊だ。それを相手にさせず楽勝だったなど思われるのは好ましくない。俺としては脅威を感じさせつつも被害を押さえる事だ。
「敵がまるっきりいませんでは彼方も脅威のほどが分からないだろ。挟撃する予定だ」
『まあ良いでしょう。それでは行きます』
「ちょっとまった。クイン、今夜一晩で良いからここに泊まって護衛してくれ。戦争に乗じて襲うなら俺たちが疲弊してるであろう今夜だろ。頼めるか?」
『今夜だけで良いのかの? いっそ城に来てもらっては如何じゃ?』
「保護対象だからそれでも良いか。俺たちは直ぐに行動開始するから護衛して城まで来てくれ。勝手に決めたが来るよな?」
「も、勿論です。ご負担をお掛けする訳にはまいりませんので」
マジックバッグが必要だなと、オウカが購入して来たバッグを取り出して収納Lv3を付与して手渡した。
「それじゃ行動開始だ。あ、その前にエレクティア、地図ないけど大丈夫か?」
『平気よ。それじゃさっさと帝都中に知らせて行って来るわ』
「まてまて。旗を忘れてるぞ。俺も城の旗を交換してから行くかな」
2方面に散開して事に向かうのだった。