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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦

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 熾烈な砲撃戦の舞台となったレーヴェンザールにもようやく夜の帳が下りようとしていた。

 しかし、陽が沈んだからといって、誰もが安逸な眠りへと落ちて行けるわけではない。戦場で敵を眼前にして惰眠を貪るなど愚行以前の問題であるからだ。

 一日の戦闘を終えた東門陣地にはそこかしこに篝火が焚かれ、復旧作業を行う兵たちを薄っすらと闇夜の中に浮かび上がらせていた。

 火をおこすことで夜でも敵からの砲撃を受ける危険性は上がるが仕方が無かった。

 この陣地は、その構築を指示したヴィルハルト・シュルツ少佐の執念を凝り固めたかのような、強固な掩体壕の群れで組み上げられているが、どこまで最悪に備えていようともやはり損害は抑えきれない。雪崩の如く押し寄せる敵勢を押しとどめるべく、がむしゃらな砲撃を続けた〈王国〉軍に対して〈帝国〉軍砲兵の射撃は嫌になるほど精密であった。純粋に鉄量で押し負けているということももちろんだが、砲塁には開口部から飛び込んだ榴弾によって内部から破壊されているものもある。

 翌日の嵐を耐えきるためには、今夜のうちにそうした崩れた壕や砲塁を再建し、補強しておかねばならない。

 日中、敵味方の砲が上げる唸り声によって、大地が崩落しているような轟音が響き続けていた東門陣地には今、砲声とは打って変わった騒がしい喧噪に満ちていた。


 土嚢を運び、槌を振るう兵たちの中に混じって、レーヴェンザール守備隊司令ヴィルハルト・シュルツその人の姿があった。

 副司令のアルベルト・ケスラー少佐と副官のカレン・スピラ中尉を引き連れて、兵たちの間を分け入るように進む彼の顔からは普段の凶悪さが薄れている。その口元にはむしろ、穏やかな笑みすら浮かべていた。

 ヴィルハルトはそのままの表情で作業中の兵たちへ声をかけ、時に励まし、時に叱咤し、彼らを鼓舞しながら陣地を回っていた。

 彼がこのような行動をとるのは決して初めてではない。レーヴェンザールに籠城してから一月の間、ヴィルハルトはこうして頻繁に作業中の兵たちを見舞っている。それ故か、応じる兵たちの態度も慣れたものであり、必要以上に緊張している者はいなかった。

 このような行動をとっているのには無論、理由があった。

 自分の命令が確実に履行されているかを確認することはもちろんだが、何よりも兵たちの士気を維持するためには、指揮官自らがその場に身を置く必要があるからだった。

 司令室に籠り、机上であれこれと考えをこねくり回すだけの指揮官など兵は誰も信頼しない。彼らから従うに足る指揮官として認識されるためには、共に戦っているのだと思わせる必要がある。特に今日一日、あれだけの鉄量で叩かれ続けたとなればなおさらであった。

 教会で信徒としての演技を続けた幼い時分から、過剰なほどに人間の心理を読む術を身に付けたヴィルハルトには、そうしたことにかけて他の指揮官よりも一日の長があった。もっとも、彼が理解している人間の内面とは恐怖や憎悪といった負の面に限るのだが、それすらも戦場という異常な状況下ではむしろ都合が良いのかもしれない。彼が兵を従えるために使う言葉は、言われた本人がそうだと気付かぬうちに彼らの感情を煽っているからだった。

 結果として、籠城から一月。そして本格的な戦闘を経験した今も、守備隊の士気はそれなりの水準に保たれ続けていた。


 気楽に兵たちへ声をかけ続けるヴィルハルトの表情が唯一変わった瞬間は、陣地を見回っている途中で崩れ落ちた砲塁から戦死者の遺体(或いはそうだったもの)が引きずり出されたのを前にした時であった。彼は神妙な面持ちでその傍らに跪くと、片方だけになった手を丁寧に取り、死者への聖句を読みあげたのだった。

 彼がみせた、戦死者に対するどこまでも真摯な演技に多くの者が心を打たれている中。全身を埃や煤によって白とも黒ともつかない色に染めた東門陣地指揮官のエルンスト・ユンカース中尉が、ひっそりと彼の後ろに立った。

「昼は大量殺人の首謀者。夜は主に赦しを乞う聖職者、ですか」

 ユンカースの言葉に、瞑目し空を仰いでいたヴィルハルトはすっと目を開いた。彼はそのまま、後ろを振り返ることなく答える。

「人とはそもそもそうしたものだ。日々、罪を犯し。そして日々、その赦しを乞う。審判の下るその日まで、人間はすべからく罪を背負って生きている」

 そして、手に取った死者の腕を丁重にその身体(上半身しかなかった)の上に戻すと立ち上がった。ユンカースへと顔を向ける。酷く恥じいった様子で軍帽を被りなおしたヴィルハルトは、付け足すように言った。

「無論、その罪に軽重はあることは知っている。いずれ相応の報いを受けることになるだろう」

 それは酷く回りくどい謝罪の言葉であった。

「では。今日一日の所業で、我々の地獄行きは確定ですね」

 ユンカースは敬虔な快楽殺人者である上官を慰めるように言った。今、ヴィルハルトを苛んでいるだろう自己嫌悪は決して彼だけのものではないからであった。

 だが、どれだけ卑劣だろうと彼らに手段を選んでいる時間はない。たとえ兵からすべての好意を絞り取ってでも戦わせなければならない。その責任はいずれ問われるだろう。生き残れれば、の話であるが。


「戦死負傷は全部で328名。軽傷の者は含まれていません」

 兵たちの話し声や掛け声が遠ざかる場所まで来たところで、ユンカースがそう報告した。ヴィルハルトはそれに曖昧に頷いた。聞かされた数字について、想像が追いつていないという表情だった。

「今日のでまた城壁が崩されましたから、明日からはもっと増えるでしょう」

 ユンカースはどこか諦めの滲む声音でそう付け足した。ヴィルハルトの背後でカレンとケスラーが一様に不安を覗かせる。それに、慌ててユンカースは口を開いた。

「だとしても、明日は持ちます。その先もまぁ、当分は大丈夫でしょう。ただ、今日のような攻勢が続くとなれば」

 今日、守備隊が受けた損害は彼らが〈帝国〉軍に与えたものから見れば微々たるものであるかもしれない。だが、攻囲する者とされる者。その両者の間には、隔絶した優位さが横たわっている。

「射耗した砲弾と、損耗した兵力の回復が自力では無理な以上」

「一月は辛いか」

 言い難そうに口を動かしているユンカースの先を継ぐように、ヴィルハルトは酷くすっきりした態度で応じた。あまりにもあっけなく現実を受け入れた上官に、ユンカースだけでなくケスラーやカレンまでもが虚を突かれたような顔になっていた。

 そこへ司令部から呼びつけられた、守備隊兵站担当士官のエルヴィン・ライカ中尉が合流した。ヴィルハルト達に気が付くと、難しそうに見つめていた帳簿を腰に吊った軍剣の束に引っ掛ける。ヴィルハルトを除く誰も彼れもが、最後の晩餐について思い悩むように口を噤んでいる様子を見ると訝しそうな顔つきになった。

「どうかしましたか、先輩」

 耳打ちするように、ヴィルハルトへ尋ねる。だが、薄笑いすら浮かべた彼はエルヴィンからの問いかけを無視すると、気楽に過ぎる声で尋ね返した。

「砲弾の残量はどうだ?」

 彼の質問と場の雰囲気から話の流れを読んだのか。エルヴィンはああ、と納得したような声を漏らすと答える。

「今日の勢いで来られたら、保って半月ですね」

 そう答えた彼もまた、口にした事実の重さからはあまりにもかけ離れた、けろりとした口調であった。

「搔き集められるだけ搔き集めたつもりでしたが、まさかここまで爆発的に消費量が増えるとは。一月持たせようと思ったら、明日以降の使用量を切り詰めないとなりません」

「貧乏くさい戦はしたくないな」

「でしょうね。大体、下手に弾薬を節約して防衛線を敵に突破されてしまえば元も子もないですから」

 エルヴィンは肩を竦めて応じた。

 彼も、もちろんヴィルハルトも、〈帝国〉軍を侮ってなどいない。むしろ、防御策をどれほど巧妙に組み上げたところで、少しでも手を抜けば容易く突破するだろうという確信めいた思いすらあった。そのためヴィルハルトは砲塁群に対して、砲弾の使用制限を定めない命令を下したのだった。

 だが、実際にここまで一日の弾薬消費量が増えたことについては、司令の掲げた防衛構想を実現させるべくエルヴィンが整えた砲弾補給線の効率が優れていたという原因もあった。誰も疑問に思わなかったかもしれないが、今日一日給弾で困った砲塁は一つとして無い。

 仮にだが。友軍からの補給が続いていた場合、彼らはいつまでもここで持ちこたえられただろう。

 しかし、現実は違う。彼らは今まさに孤立し続けている。


「まさか、たった一日でここまで覚悟を決めねばならないとは」

 口を開いたのはケスラーだった。周囲の視線が自分に集まっていることに気付くと慌てて咳払いをした。余計なことを口にしてしまい、恥じている様子のケスラーに声をかけたのはヴィルハルトだった。

「何を言っているんだ、副司令。この陣地を突破された後こそが本戦の開幕だぞ」

 彼の瞳は愉悦で淀んでいた。全身から怖気のするような雰囲気をまき散らしながら、ヴィルハルトはさらに大きく唇を歪める。

「市街の各所に障害物を設置し、砲を据えているのは何のためだと思っているのだ。最後は頑丈な建物に立て籠もり、最後の一兵になるまで決死の抵抗。友軍からの支援は皆無。撤退も、降伏も許されない。なんとも素敵な未来じゃないか、ええ?」

 実に楽しげに言った彼の表情は邪悪そのものだった。その口から出た言葉には、本当にその時を待ち望んでいるかのような切実さが響いている。場にいた全員の胸に不安が沸いた。それは、自分たちは悪魔に魅入られたのではないだろうかという疑問であった。しかし、何よりも恐ろしいのは。もはやどこにも逃れることができないということだった。

 レーヴェンザールにいる限り、彼らはこの悪鬼のような男に従い、地獄へ征かねばならないからだった。


「他に補給に関して要望はないか、ユンカース中尉。あるなら今のうちに言っておけ」

 一同がすっかり沈み込んでいる中、鼻歌すら歌い出しそうな上機嫌でヴィルハルトが口を開いた。

「はぁ。では、先ほどご報告できなかった陣地の被害についてですが、」

 どうにか気を取り直したユンカースは、全ての悩みごとを一旦棚上げすると答えた。

「大半は土嚢で済むのですが、特に被害の大きい砲塁を修復するのに必要な木材が不足しています。大事に使っているつもりではいたのですが」

 ヴィルハルトは頷いた。

「木材については補いが付くと思う」

 あっさりと要望を飲んだヴィルハルトに、ユンカースは不可解そうな表情を浮かべた。戦況の悪化からなし崩し的に籠城戦を強いられることとなったレーヴェンザール守備隊には備蓄物資の余剰などないと知っているからだった。装備品や弾薬類はレーヴェンザール周辺を経由して撤退する部隊から根こそぎ奪ったために必要数は満たしているが、その他の物資、例えば食料を始め、掩体壕を補強するための鉄や石材などは全て、元々都市にあったものを買い取るか徴用するかで補っていた。特に燃料としても必要になる木材は不足しているどころではない。夏場ということもあり、都市には最低限の薪しか備蓄されていなかったという事情もあった。

「どういうことでしょうか?」

 ユンカースは尋ねた。ヴィルハルトの後ろでは、カレンとケスラーが顔を曇らせているのが気にかかった。

「兵站担当士官」

 ヴィルハルトはエルヴィンを呼んだ。

「はい」

 エルヴィンは悪戯の主犯として名乗り出る子供のような顔で応じた。

「えー、これまでに、レーヴェンザールにある木造家屋を三軒解体し、そこから出た廃材を木材として各所へ分配していますが、まだ解体していない家屋もありますから、木材の不足分については融通できると思います」

「木造家屋……民家を解体しているのか」

 ユンカースが顔を顰めた。エルヴィンはうん、まぁと小さな声で答えた。

「市民から抗議の声が出ませんか」

 ユンカースはヴィルハルトへ顔を向けると聞いた。

「耳を貸す必要はない」

 彼の上官は凍り付いた湖のような平坦な声で応じた。

「レーヴェンザール侯爵であるブラウシュタイン卿からのお許しは戴いている。市内にあるものは自由に使えとの仰せだった。であるならば、限りある物資を有効活用することに何らの疑問もない」

「だとしても。彼女たちから激高されるならともかく、泣かれると……。これでは軍隊なんだか、野盗なんだかわかりませんよ」

 とりつく島もないヴィルハルトの態度にエルヴィンは情けのない声でぼやいた。

 無論、ヴィルハルトが単なる気分的なものからこの命令を下したわけでは無いことも分かっている。木材が不足しているのは事実であるし、レーヴェンザールを巡る戦いが市街戦へと発展した場合、木造建築物を取り除くことで延焼の危険を回避する意味合いも含まれている。

 しかし、上官はその点について語ろうとはしない。ならば部下である彼がとやかくと説明しても仕方が無い。責任を負わぬ者の言葉は、そこにどれだけの真実が含まれていようとも軽く響く。何よりも、仮にそうした事情を告げたところで感情の面からどこまでも受け入れようとしない者が必ずいるのだ。

 もちろん、努力を重ねれば誤解を解き、納得を得ることは可能だろう。

 だが、すべての事柄が刹那の連なりにすぎない戦場では、まず生き残るための努力をせねばならない。死んでしまえば、二度と分かり合えはしない。

 だからこそ、戦争とは相互理解の対極にあるのだった。

年末2連続更新と言うことで、続きは明日。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 目に付きましたので僭越ながら再度誤字報告を。 彼の瞳は愉悦で淀んでいた。全身から怖気のするような雰囲気をまき散らしながら、ヴィるハルトはさらに大きく唇を歪める。 ヴィるはると→ヴィルハ…
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