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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦

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 沈みかけた太陽の残光が空を赤色に染めていた。真夏の長い昼が終わり、夕闇がすぐそこに迫る中で、レーヴェンザールを巡り行われていた〈帝国〉軍と〈王国〉軍の砲撃戦は次第にその砲火を緩めている。大地が着々と影の中に落ちてゆき、着弾観測が難しくなってきているからであった。

 都市を取り囲むように満ちていた硝煙が薄れ、今日一日、両軍の苛烈な砲撃の応酬によって掻きまわされた地表が露わになってゆく。

 死。死。死。そこにはそれしかなかった。

 散乱した人体の欠片。土から突き出した人骨。辛うじて焼け残った草の上にぶちまけられた、艶めかしさを覚えるほど鮮やかな臓物。進み、打ち砕かれた幾千の残骸。

 貪欲なほどに水分を欲するはずの夏の草原すら、彼らが流した血の量は飲み干しきれないのか。ところどころでどす黒く淀んだ水たまりが地面の傾斜に沿って流れ、都市の外周を囲む堀から清らかさを奪っていく。

 今朝、日差しを浴び、夏の生命力に満ちた緑で輝いていたレーヴェンザール東門前の野原は今や、〈帝国〉軍将兵数千名の死で埋め尽くされた墓場であった。


 師団砲兵隊、擲弾砲大隊による至近からの射撃に、軍直轄砲兵からの支援射撃を加えた〈帝国〉軍全力の火力投射は凄まじいという一言であった。攻城砲を使うまでもなく、レーヴェンザール東門の周囲に残っていた城壁をさらに瓦礫へと変えている。

 しかし、〈王国〉軍は耐えきった。その日、総攻撃の第一陣を任された〈帝国〉本領軍第44重鋭兵師団は四度に渡る突撃を敢行していた。そして、そのすべてを叩き返されたのだった。

 予想を超えた敵の熾烈な反撃により、第44師団はこの一日で七千名以上の損害を強いられていた。特に、突撃の最先鋒を担った第一旅団は被害甚大という他ない。生き残りは千名にも足らず、その中の最上級者は大尉だというのだから、言葉通りの全滅に近い有様であった。

 第二、第三旅団は戦闘力を保っているため師団全体としての戦力は十分に余力を残しているといっても、一日で払う犠牲としてはあまりにも多過ぎる代償だった。

 だが、皇太子ミハイル・ニコライヴィチ・ロマノフより軍の全権を委任されている事実上の総司令官、リゼアベート・ルヴィンスカヤ大将の態度はそうした現実にも関わらず快活であった。戦闘終了後間もなく、先日の大言壮語故に恐縮の体で総司令部へと顔を出した第44師団長のオストマイヤー中将を、彼女はむしろ暖かく迎え入れた。そして第44師団が今日一日味わった苦戦を労い、予想を超えた敵からの迎撃に対しても一歩として退くことのなかった激闘を称賛したどころか、敵を見誤っていた自身の不覚を謝罪する言葉すら口にしたのだった。

 彼女からの激励に近い言葉を受けて、オストマイヤーは深く己を戒めるとともに奮い立った。彼はこの時、たとえ師団を使い潰してでも敵城塞都市を陥落させるという決心をしてしまった。まさに猛将と評するよりも他にない心理、思考であるが、それが後に続く新たな悲劇を増産する引き金をとなったのは言うまでもないだろう。 


「しかし……正直、あそこまで強固な陣地を構築していたとは思いもよりませんでしたな」

 悲壮さから一変、猛々しさを感じさせる表情で総司令部の天幕から去っていったオストマイヤーを見送ったリゼアの傍で、軍次席参謀が後悔しているような声でそう漏らした。

「一日中、あれほど叩かれたというのに、最後まで砲火が衰えている様子がありませんでした。野戦陣地と呼ぶよりは、もはや要塞ですな」

 苦い顔でそう言った彼の瞳にはわずかな不安が滲んでいた。

 〈帝国〉軍は元々が火力を重視する軍隊である。実際、軍全体を占める砲兵の割合は他国と比べるべくもない。大陸世界で最強の火力を有するのは自分たちであるという自負も決して驕りではなかった。

 であるが故に、〈帝国〉軍では砲兵隊に対して叩き潰せぬ敵はいないという信頼以上の、一種の信仰めいた感情を持っている将兵が多かった。次席参謀もその一人であった。今、一日に及ぶ砲撃戦を耐え抜いた敵を前に、自軍に伝わる神話が崩れ落ちてしまったような気分を抱いているのだった。

 そんな彼を、リゼアが快活さを失わぬままの声音で叱りつけた。

「戦地で不安げな顔をするな、次席参謀。兵がどこで見ているか分からんぞ」

 そう言った彼女へと視線を向けた次席参謀は、思わず息を飲んだ。苦戦の一日を終えたばかりとは思えぬほどに、その顔が喜びに満ち溢れていたからだった。リゼアは彼が内心で抱いている感情を察することもなく、言葉を続けた。

「だが、貴官の言葉にも一理ある。これからは我が軍も野戦築城や要塞に対する認識を改める必要があるだろう」

 それは己の勝利を微塵も疑っていない口調であった。

「あの都市を陥落させるという計画に変更は」

「ない」

 好敵手の出現に蒼玉の瞳を輝かせた金髪の美姫に対する末恐ろしさを感じつつ尋ねた次席参謀へ、彼女は断言した。

「貴官も将校であれば、理解しているであろう。我々は地上唯一の神権代行者たる皇帝陛下の御稜威みいつをこの大陸に遍く知らしめるべく誓いを立てた〈帝国〉軍人だぞ。反徒からの反抗が多少激しいからといって、退くことなど出来ぬ。今日喪われた兵らのためにも、正面から受けて立ち、その悉くを打ち破る」

 まさに大軍を指揮すべき将帥に違いない言葉であった。その自信に満ちた態度は、今日の惨劇を前にして浮足立つ者からも、全ての疑問と不満を蒸発させるだろう。事実、彼女の言葉を聞いていた、司令部に詰めている参謀の多くが表情を引き締めなおし、目前に積み重なる問題解決へ向けて取り組み始めている。

 リゼアは深紅の軍服に包まれた豊満な肢体の全てから美しさだけを発露させつつ、彼らを満足そうに眺めた。

「次席参謀、他に報告はあるか」

「一つだけ。弾薬の消費量について、兵站が泣いています。まぁ、いつものことではありますが」

 次席参謀からの報告に、リゼアは聞いているのかいないのか分からない頷きを返した。

「構わぬ。あの城塞都市はどうやら生半な手では打ち破れぬらしい。砲兵隊には好きなだけ砲弾を使わせてやれ」

 すでに彼女は今を見ていなかった。彼女は来る明日の戦に心を躍らせていた。それを理解した次席参謀は胸中で嘆息した。それは諦めのような感情であった。

 この年若く美しい、戦争の天才である公爵家令嬢がこの先、さらに将帥としての経験を積んで行けば。そう思ったからであった。

 それは〈帝国〉軍にとって喜ばしいことであるに違いない。だが、間違いなく恐ろしいことになる。彼が知る限り、歴史に名を残すほどの美女が登場した際に巻き起こすのは血生臭い闘争であるからだった。そして彼女は間違いなく、夥しい流血を時代に求めるであろう。きっと、皇帝の覇業を実現するためではなく、何よりも彼女自身のために。

続きは今年中・・・・・・!

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