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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦

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2017/11/23 追記


申し訳ありません。投稿を一旦、お休みします。

再開は12月になります。しばし、お時間をくださいませ。

 この世に偶然から産み落とされる不運と悲劇が存在する限り、どれほど強固に組まれた掩体に籠っていようと、如何に間隔の開けられた砲撃であろうとも、そこに明確な敵意と殺意が込められているとなれば、被害は確実に発生する。

 レーヴェンザールの東門から市街地へと至るまでの道は、後送されてゆく負傷者たちの苦悶に満ちていた。担架や、農耕用の手押し車の荷台に乗せられて運ばれる兵士たちの中に、軽傷者は含まれていない。戦闘中の軍隊では、ちょっとした擦り傷や切り傷程度は怪我に含まれないということはもちろんだが、何より敵に包囲され、補給を遮断されている状況では包帯一つですら貴重な物資であるからだった。

 負傷兵たちはレーヴェンザール市街の中央部に設けられた、ちょっとした広場に集められていた。石畳で舗装されている上に、血塗れのまま横たわっている兵の合間を療傷兵が忙しなく駆け回り、治療のために開放されている広場に面した教会からは時折、肉体に食い込んだ破片を抉りだされる者の絶叫が聞こえてくる。

 苦痛と苦渋の呻きに満ちた広場に、鋭い銃声が一発響いた。療傷兵によってどうあっても助からないと判断された兵の苦しみを、その指揮官が終わらせた音であった。この世でのあらゆる苦しみから解放されたそれは、戦友たちの手によって丁寧に布で包まれると、先に黄泉への旅路に赴いた者たちと同様、広場の端に並べられる。戦場と呼ぶより他にない日常風景。


 戦場で生死を隔てる境など、真夏の地平に揺らぐ陽炎よりも不確かであることを再確認させるその中を、エルンスト・ユンカース中尉は広場を横切るように足早に歩いていた。三日ぶりに掩体壕のじめじめとした土塊の下から出られたというのに、照り付ける真夏の陽射しのせいで軍服の内があっという間に汗で湿る。

 しかし、ユンカースはそのことに不快感を抱いてはいなかった。朝から数刻に渡って続けられた〈帝国〉軍の砲撃を耐えることと比べれば、夏の暑さなど問題ではないからであった。

 負傷者とその手当てに奔走する者たちをかき分けるようにして広場を進んでゆくと、ユンカースはようやく目当ての人物を発見した。

 それは傍らに可憐な見かけの副官を伴った、凶悪な目つきの男であった。男は負傷兵たちを見舞いながら、副官に何事かを命じた。命令を受けたらしい副官が上官の傍を足早に去ってゆくのと入れ替えに、ユンカースは彼へと呼びかけた。

「大隊長殿」

 敬礼しつつ、彼は思い出したように言い直した。

「あ、いや、司令」

「好きに呼べばいい」

 ユンカースへ答礼を返しつつ、レーヴェンザール守備隊司令、ヴィルハルト・シュルツ少佐はどうでも良さそうな声でそう言った。

「損害は。何名やられた」

 ヴィルハルトは広場中に視線を彷徨わせながら、ユンカースに尋ねた。

「朝からの砲撃で、戦死12名、負傷35名です。幾つかの砲台が直撃を受けましたが、まぁ、すぐに復旧できます。損害自体は軽微ですね」

 その報告にヴィルハルトは頷いた。しかし、その視線は未だに広場の隅、戦死者の遺体が並べられている場所へと注がれている。今やただの肉塊になり下がった彼らは、遺品の回収と姓名の確認が終わった順に、教会内へと運び込まれていた。ヴィルハルトは腐敗の進行を早める夏の暑さから少しでも遠ざけるための、即席の遺体安置所として、教会の地下にある倉庫を使わせていた。無論、全ての死者を収容できるわけでも、埋葬してやれるわけでもない。結局は独善的な自己満足に過ぎないと理解してなお、彼はそうせずにいられなかった。

 ユンカースは暫し、自らの指揮下で命を失った者の遺体を見送っている上官の横顔を眺めた。しかし、大河の流れを読んでいるようなその表情からは、内心の如何なる感情も推し量れはしない。

 いや。ヴィルハルト本人ですら、自身の胸の奥底へ沈殿してゆく澱のような感情が何なのかを理解してはいなかった。


「それよりも、司令」

 ユンカースは黙り込んだ上官の気を引くように咳払いをすると報告を続けた。

「〈帝国〉軍はいよいよ、準備を整えたようです。敵鋭兵の動きが今までよりも活発になっています。明日あたり、大規模な攻勢に打って出てくる可能性があるかと」

 それを聞いたヴィルハルトの喉が気味の悪い音を立てて蠢いた。笑ったのか、罵ったのか判断しがたいが、ともかく彼の口角は吊り上がっていた。

「それは楽しみだな」

 明日の晴天を約束されたような表情でヴィルハルトは空を仰いだ。頭上に広がっているのは、夏らしい突き抜けるような快晴の空。

 だが、西の空には巨大な積乱雲が浮いているのが見えた。半月もすれば天候は崩れるかもしれないな、と朧げに考えながら彼は言った。

「この一月。随分とのんびりできた。そろそろ盛大に、要塞攻防戦の開幕と行こうじゃないか」

 ヴィルハルトは冗談を言うようにそう口にした。

「要塞とは言っても、突貫工事でどうにか仕上げた砲塁群だけですがね」

 混ぜ返すようにユンカースは言った。

「ご命令通り、準備万端整えましたから、今日明日くらいでは落ちないでしょう。ただ、いつまで踏ん張ればいいのか」

「命令の変更は受けていない」

「つまり。可能な限り、ですか」

「そうだ」

 答えたヴィルハルトの目は、教会の中に運ばれてゆく最後の遺体袋を追っていた。

「せめて、あと一月は持久したい」

 そう、呟くように言った彼の表情は醒めきっていた。

「一月ですか」

「それ以上は期待されても迷惑、というよりも、無理だ。兵站担当士官の話では、どれだけ切り詰めても食料の残りは一月分が限界だそうだからな」

 そう続けたヴィルハルトの態度はそっけないものであった。しかし、彼は大海の彼方を望むような眼で虚空を見つめていた。

 ユンカースは暦年表を頭の中に広げた。今日は、八ノ月三日の第十四刻。一月後というと、秋口の入りになる。ここで秋まで、敵を足止めし続ければ。

 なるほど。

 ユンカースはそこで、上官の思い描いているであろう構想を悟った。

 秋まで足止めされてしまえば。如何に神速の用兵をもって誇る〈帝国〉の宿将、リゼアベート・ルヴィンスカヤ大将に率いられた〈帝国〉軍であろうとも、大河唯一の渡河点であるフェルゼン大橋まで辿り着くには〈王国〉の秋は短すぎる。それまでにレーヴェンザール周辺に広がる平野とフェルゼン大橋までの間を隔てる北東部、森林と山々に囲まれた湖水地方に、友軍が強固な防衛線を構築していれば。冬の寒気は地上にあるあらゆる生命の活動を停滞させる。少なくとも来年の春まで、この〈王国〉は延命するだろう。ユンカースは改めて思い知った。

 本当にこの人は。どこまでも、あの〈帝国〉軍と戦うつもりなのだ。二十万の敵勢に完全包囲された今であってなお。

 しかし、それに付き合っている自分の正気については疑わなかった。抱くにはあまりにも意味のない疑問であるからだった。

 人の世に運命など無い。人は誰もが望んだからこそ、そこに立っている。少なくとも、そう思い込めないのであれば軍将校などにはなれない。

「しかし、一月耐えたとしても。その後はどうしますか?」

 どうでも良い思考を放り投げた後で、ユンカースは分かりきった質問を口にした。

「考えている」

 彼の上官はただそれだけを答えた。それで十分とばかりに、ユンカースは頷いた。

 ともかく。落葉樹の葉が紅く色付く前に、彼らはこの旧王都を鮮血で染めあげねばならないことだけは、確かであるからだった。

鋭意、執筆中!

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