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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦

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 〈帝国〉軍によるレーヴェンザール攻略はゆっくりと、だが着実に進められていた。

 南北の跳ね橋式になっている門と違い、堀の上に石橋の架けられている東門を主攻正面と定めた〈帝国〉軍は、その周囲の城壁を排除するため、四門しかない攻城砲を数か所に構築した攻城砲陣地に移動させて運用していた。

 それは、一度砲を据えた陣地から砲撃できる範囲の城壁を全て破壊した後に、予め別の場所に完成させておいた砲座まで移動させ、再び射程内の城壁へ向けて射撃。そしてまた移動といった、戦場で行うにはあまりにも悠長な作業の繰り返しであった。攻城砲の数が限られている以上、仕方がないことではあるが、こうした戦術が実現している最大の理由は、眼前の城塞都市に立て籠もる〈王国〉軍部隊からの反撃が全く行われないからであった。


 今もまた、移動を終え砲座に据えられた攻城砲の列が一斉に、未だ打ち崩されていない城壁へと向けて新たな砲弾を吐き出した。高く空中へと放り上げられた鉄塊が、背筋を引きつらせるような音を立てながら急角度で落下し、目標としていた白石の壁のほぼ直上に着弾した。何もかもを圧砕する巨人の足踏みのような豪音とともに白い壁が粉塵となって飛び散り、豪快な不協和音とともに大質量の岩が下ろされる舞台幕のように崩れ落ちる。この数日、飽きずに続けられるそれは戦闘と呼ぶよりも、暴力的な土木作業と呼んだ方が適切な光景であった。

 新たな砲声が別の方向から響いた。巨大な城壁へ向けて鉄塊を叩きつける攻城砲の後に続き、その前後で砲列を敷いている〈帝国〉軍の野砲が射撃を始めたのだった。無論、敵からの反撃により攻城砲が破壊されないための援護射撃であった。だが、射撃間隔が長く取られているため、砲撃自体は緩慢なものだと言っても良い。本来であれば敵が行うであろう必死の防御射撃がほとんどないためだった。つまるところ、それは援護射撃と呼ぶよりも戦場に在る砲兵が当然成すべき義務の一つとして行われている行動に過ぎない。

 だとしても、義務である以上〈帝国〉軍砲兵たちは一切の手抜きをしていない。火を噴く砲門の数こそ少ないが、その射撃は精密そのものであった。攻城砲弾により打ち砕かれた城壁の中、敵が陣を敷いているであろう場所へと確実に砲弾を落とし続けている。もうもうと立ち込める土煙のせいで戦果の確認すら満足にできぬ状況でありながら、彼らは淡々と自らの責務を果たしていた。


 射撃を続ける砲兵たちの前方には工兵隊の指示の下、銃兵、〈帝国〉軍で呼ぶところの鋭兵たちが、黙々と地面を掘り返している光景があった。

 彼らが作り上げているのは、ほぼ円形に等しいレーヴェンザールの外壁(或いは、その残骸)に並行するような形で掘られた扇状の塹壕線であった。掘られた塹壕線は一本ではなく、次第にレーヴェンザールへと迫るような三重線を描いており、最前面の塹壕はレーヴェンザールまで約1マイル、野砲の射程ぎりぎりまで近づいている。それらは敵からの射撃を真正面から受けぬようにわざとジグザグに掘られた交通壕で結ばれ、攻城陣地を構成している。


「如何でしょうか、閣下。攻撃正面はすでに十分な広さを確保したかと。攻城陣地につきましても、ご命令通りに急がせましたから、今日中には完成します」

 砲が断続的に砲弾を吐き出し、その下で兵どもがあくせくと土を掘り起こしている場所から約2リーグほど後方の丘の上。レーヴェンザールの周囲に広がる真夏の平原に完成しつつある攻城陣地を眺めていた〈帝国〉親征軍団長、リゼアベート・ルヴィンスカヤ大将の隣で次席参謀が口を開いた。

「うむ」

 彼女がそれに頷くと、次席参謀はさらに意見を続けた。

「まずは一個連隊ほどを投入した、探索攻撃を命じられては?」

 彼は参謀としてどこまでも常識的な意見を口にしつつ、打ち据えられ、また新たに城壁が崩落してゆく城塞都市に疑わしげな目つきを向けて付け足した。

「正直なところ、敵がどの程度の準備と覚悟であの城塞都市に立て籠もっているのか、計りかねますから」

「不要だ」

 しかし、リゼアは次席参謀の意見に首を振って応じた。彼女は豊かな金髪をうねらせて、訝しげな顔をした彼へと向き直ると、レーヴェンザールへと片腕を伸ばしながら言った。

「敵の戦意についてならば、先日思い知らされたばかりではないか」

 彼女が示した先、レーヴェンザールから数十ヤードほど離れた一点には黒々とした塊が散らばっている。見ているだけで頭の中に耳障りな羽音が響きそうになるほど大量の羽虫に集られ、地面に放置されているそれらはみな、〈帝国〉軍兵士の遺体であった。数日前、攻城砲による砲撃でも反応のない敵に疑念を抱いた司令部によって探索攻撃を命じられた者たちだった。鋭兵一個大隊のみを投入しての小規模なものではあったが、その反撃の激しさたるや、開始半刻もせぬうちに半数を死傷させるほどであった。半ば無意味なまま生涯を終え、ただの肉塊へと変貌した彼らは盛夏の日差しを浴びて溶け、地面へと染み込んで行く。


「彼らにとってそうであるように、我々にとっても時間は決して味方ではない。既に些か以上の日数を、あの城塞都市のために消費してしまった。これ以上の進軍の遅れは、軍の戦略に重大な支障をきたす恐れがある。そして何よりも、敵にこれ以上の時間を与えるべきではない。違うか、次席参謀?」

 可愛らしい口元を大胆不敵に歪めた彼女の蒼玉の視線に射抜かれ、次席参謀は居心地悪そうに肩を揺すった。

「確かに、仰る通りではありますが」

 次席参謀は不安の残る声で答えた。敵の真意が掴めぬからこそ、大規模な探索攻撃を進言したからであった。だが、リゼアは彼を無視するように背後を振り返った。そこには軍参謀団と、そして軍隷下の師団長以上の者たちが勢揃いしていた。ただの小高い丘の上に〈帝国〉軍の将官たちが雁首を並べているという異常なこの状況は、天幕の中で報告のみを受けて指揮を執る行為を嫌う軍総司令官の意向に付き合わされているためであった。ただし、全員が付き合っているわけではない。形式上の親征軍総司令官であるミハイル・ニコライヴィチ・ロマノフ元帥と、軍参謀長のマラート・イヴァノヴィッチ・ダンハイム大佐の姿はなかった。皇太子たるミハイルには雑多なことで手を煩わせるわけにも行かず、参謀長は丘の下に張られている司令部天幕内で事務的な処理を担当していた。

 リゼアが振り返ったことにより、参謀たちと何事かを打ち合わせていた者たちが、一斉に背筋を正した。リゼアは彼らを一瞥すると尋ねた。

「全部隊、すでに総攻撃への準備は終えているな?」

 即座に応じたのは親征第二軍司令官であるアドラフスキ大将だった。

「全軍、直ちにでも戦闘へ投入可能です」

 強い口調で答えたアドラフスキの言葉に、リゼアは満足そうに頷いた。

「では、明日より敵城塞都市への総攻撃を開始する」

「先陣はぜひ、我が第二軍にお命じください」

 アドラフスキが食いつくように言った。彼の脳裏には未だ、一月前、部下を挽肉にされた光景がこびりついていた。〈帝国〉本領軍としての矜持故か、彼の周りにいた者たちも同様の表情をリゼアへと向けた。彼女は表情を厳しいものへと変えると言った。

「それは良いが。感情に囚われることだけは無いようにな」

「はっ」

 アドラフスキは痛む腰を無理に伸ばして応じた。リゼアは再び頷いた。少し考える。

 戦場における対立を少しでも解消するためにミハイルは西方領軍と本領軍をそれぞれ第一、第二軍に分けたのだろうが、彼女はそれが返って火種になってしまうのではないかと考えていた。事実、この戦争でより多くの血を流したのは先陣を務めた西方領軍でありながら、戦果のほとんどは本領軍が奪ってしまっていた。

 そんな心配を胸に、リゼアはちらりと、親征第一軍司令官のマゴメダリ・ダーシュコワ中将へと目を向けた。鉄槍のような見かけの彼は彼女の視線に気づくと、好々爺じみた笑みを浮かべて小さく首を揺すった。

 本領貴族ならばまず示さないだろう、彼の控えめな態度にリゼアは好意的な笑みで答えた。西方領軍に関してはダーシュコワへ任せようと思った。それよりも、本領軍に鬱憤を溜め込まれる方が厄介だと判断した彼女は、口を開いた。

「よろしい。では、先鋒は親征第二軍、第44重鋭兵師団に命ずる。総攻撃開始は明朝第八刻。次席参謀、砲撃は一時取りやめる。今日は兵を休ませておけ」

 第44重鋭兵師団長のオストマイヤー中将が快哉に近い唸りで彼女に答えた。

「明日一日で落として御覧にいれましょう」

 オストマイヤーのその返答は、決して大袈裟なものではなかった。

 彼の指揮する第44重鋭兵師団は、“重”の呼称が示す通り、通常編成の師団よりも連隊数が多い。師団砲兵やその他支援部隊を合わせれば、その兵員数は二万を超え、他国であれば一軍に匹敵する兵力を有している。要塞攻略のための戦力に過不足はない。〈帝国〉軍砲兵隊からの支援が加わるならば、どのような要塞であっても陥落せしめる自信が彼にはあった。

「過信は禁物だぞ、オストマイヤー。先の一戦で、敵から手痛い反撃を受けたばかりではないか」

 リゼアは叱責するような声で言った。オストマイヤーが表情と姿勢を引き締めたのを見て、すぐに破顔する。

「でも、そうね。そう言うのなら、楽しみにしているわ」

 突然、女性口調に戻ったリゼアのころころとした笑い声に、オストマイヤーは大いに胸を張ってお任せあれと答えた。


 それはあらゆる巨大国家とそこに属する者が罹患する、無自覚な慢心という病であった。如何に最優の指揮官と謳われるリゼアベート・ルヴィンスカヤであっても、自覚症状のない病からは逃れられない。

 彼らはこの時点で眼前の城塞都市に立て籠もる敵を過小評価し過ぎていた。所詮は追い詰められ、押し込まれた小勢に過ぎぬと。

 翌日。彼らの慢心は、鉄火と流血によって打ち砕かれることになった。名もなき兵士たちの犠牲とともに。

続きは日曜日!

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