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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
序幕 〈帝国〉軍襲来
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8

一話あたりの文字数がまちまちですみません。

大体3000字から5000字程度にしていますが、時々その倍くらい長い場合があります。


 四ノ月 11日 〈王国〉〈帝国〉国境


 砲撃音。

 鉄の塊が空気を打ち砕きながら進む、ひゅーという甲高い音。

 或いは地面に叩きつけられ、或いは空中で炸裂し、無数の破片を撒き散らす。

 運が悪いというにはあまりに悪すぎる一人の人間がその直撃を受け、己を形作っていたモノ全てをベシャベシャと周囲にぶちまけた。

 先ほどまで隣にいた仲間が衝撃とともに消滅したのを見た兵士は、思考を完全に停止させていた。

 考えてしまえば、自分の全身を濡らしているぬるぬるとした赤色の液体について理解してしまうから。

 それに、考えたところでどうしたら良いのかも、どうするべきなのかも分からなかった。

 命令は無かった。

 最初の砲撃で中隊長が吹き飛んだからだ。

 残された中隊最先任の将校である中尉は、足元に転がっている上官の頭部を呆然と見つめている。

 勇敢な下士官の一人が近寄り、怒鳴りつけるように指示を求めても、彼は生命の光が失せた上官の瞳と見つめ合っていた。

 大隊長たちは散り散りになった部下を呼び集めようとして虚しい号令を叫び続け、連隊長たちは半ば意味を失った隊列を変換させようと躍起になり、旅団長は伝令たちが伝えてくる部隊の現実に押しつぶされている。

 有事を想定して綿密に組み上げられ、日頃彼らに叩き込まれてきた〈王国〉軍の指揮系統はこの場に置いてまったく機能していなかった。


 その日は、妙に国境を越えようとする商隊が多かった。

 入国許可を求める彼らを捌くだけでも、関所に詰める兵たちは普段以上に忙殺されていた所へ、領内に侵入した〈帝国〉猟兵が向かいつつあり、これを迎撃せよとの命令が齎されると、現場はさらに混迷を極めた。

 ただし、ここまでは混迷を極めただけである。

 秩序の崩壊はその後であった。

 その後、ひとまず入国審査を打ち切り、領内の敵殲滅に集中せよとの命令が下った。

 最低限の見回りのみが残され、主力部隊が迫りくる〈帝国〉猟兵へと迎撃態勢を整えた、その時だった。

 〈王国〉軍の動向を見ていた商人の一人が伝令に走り、荷馬車に積み込まれていた砲が密かに下ろされる。

 商人に偽装していた〈帝国〉兵伝令が向かったのは、国境付近の森の中へ姿を隠していた〈帝国〉騎兵部隊であった。

 〈王国〉軍が鳴り響く蹄の音に気付いた時には、すべての準備が完了していた。

 彼らは完全な奇襲を受け、僅かな間に国境警備部隊は瓦解した。



 〈帝国〉軍による国境侵攻の報せは、悲鳴とともに守備隊司令部へと齎された。

 守備隊はただちに隷下部隊へと防衛線の構築を命じ、主力である第3師団に騎兵第6連隊を伴わせ、国境方面へ向けて進発させた。

 一時増援として派遣された独立銃兵第11旅団には、待機が命じられた。

 しかし、こうして部隊が前進しているにも関わらず、守備隊司令部の会議室には、その指揮官たちが一同に会していた。

 その場には速い段階で守備隊司令部へと顔を出していた、独立捜索第41大隊監督官も、周囲の白い目に晒されながら出席していた。


「〈帝国〉軍の先頭部隊は現在、国境より2リーグの地点で動きを止めている」

 守備隊参謀長のロデリック・マイザー大佐が居並んだ指揮官たちへと現状を報告した。

 この場に呼び寄せられた各級指揮官たちが円卓に用意された椅子へ腰かけている中で、ヴィルハルト・シュルツ大尉だけが入り口の横で下士官よろしく立たされている。

 勝手に押しかけて来た上、本来ならばこの司令部の指揮下には無い部隊の指揮官、ですらない監督官、なので、彼の椅子は無いからだった。

 より正確に言うのならば、それに気付いた人の良い従卒が用意しようとしたところを、守備隊司令官により止められていた。

 申し訳なさそうな顔をする従卒に、ヴィルハルトはいいよと笑みを向けて見せた。

 こうした際の彼の表情は、驚くほど優しげだった。

「〈帝国〉領より、我が〈王国〉領内へと侵攻した部隊規模は約一個師団。編成は騎兵師団と思われる。これに加えて、先に空より領内へと侵入していた〈帝国〉猟兵一個大隊が合流したとの報告もある。敵兵力の概算は、およそ2万。この奇襲により、国境配置の独立銃兵第12旅団は潰滅したものと思われる」

 居並ぶ指揮官たちが一斉に苦しげな呻きを漏らした。

 ヴィルハルトだけは、迫りくる敵に関して何らの関心も示していなかった。

 明日の天気を気にしているような表情で、彼らを見回していた。

「我らが東部国境守備隊は〈帝国〉軍に対し、第3師団並びに騎兵第6連隊、独立砲兵第3旅団を投入し、国境より10リーグの地点に防衛線を構築する。なお、事前に東部方面軍本隊より増援として送られた独立銃兵第11旅団は予備戦力として、防衛線より半リーグ後方に待機してもらう」

 説明は以上と、マイザーは改めて一同を見回してから、守備隊司令官であるレイク・ロズヴァルド中将へと視線を向けた。

 ロズヴァルドは、今にも落下しそうな頭部を如何にかして両腕で支えているような有様だった。

 周囲の視線が自分に集まっている事にようやく気付くと、青い顔を上げて声を発した。

 彼が腰を下ろしているのは一番奥の席だったので、入り口脇に控えるヴィルハルトからは直度真正面という形になっていた。

「我が〈王国〉軍東部国境守備隊は、予てよりの防衛計画に則り、領内へと攻め込んだ〈帝国〉軍を迎撃、これを撃滅せしめ、前線を国境へと押し戻す」

 幽鬼のような顔で命じたロズヴァルドの顔には、一種の悲壮ささえ漂っている。

 第3師団長である、トゥムラー中将がこれに応じた。

「そうとも、数は互角だが、こちらには地の利がある。我が師団の裂帛の戦意と合わされば、侵略者どもを叩き返す事など簡単な事よ」

 彼の威勢の良い言葉に、周囲の者たちが賛同の拍手を送っている中で、ヴィルハルトは眉を奇妙に捻じ曲げていた。

 ならば、とっとと部隊へ戻れと思っている。

 〈帝国〉軍が何故、国境からそう離れていない位置で足を止めている意味を考えてみれば分かる。

 如何に〈帝国〉軍であろうと、一個師団で国一つが滅ぼせるなどと驕っているはずが無い。

 彼らがそこで止まっているのは当然、後続の部隊を待っているのだ。

 だとするならば、ここで愚にも付かない話し合いをしている場合では無い。

 いや、そもそも敵主功正面にある部隊の指揮官たちが、会議室(こんな場所)で何をしているのだ。

 ヴィルハルトの顔が侮蔑に歪んだところで、本隊より派遣されてきた増援、独立銃兵第11旅団長のシュトライヒ少将が口を開いた。

「話が決まったのなら、そろそろ部隊へ戻っても良いかね?」

 シュトライヒは、今年で54になるという年齢を感じさせない、血色の良い丸顔に憮然とした表情を張り付けて、蓄えた口髭の下に咥えた葉巻から盛大に紫煙を吹き上げて言った。

「予備でも、やるべき事は色々ある。指示を待っている部下も居る。こんな場所でお行儀よく座っている程、わしは暇では無いのだが」

 言葉の裏にある「お前らもそうだろうが」という罵倒を隠そうともしない口調だった。

 彼は〈王国〉軍に居る数少ない平民出身の将官であった。

 同時に、将官よりも更に少ない実戦経験を持つ男だった。

 17年前、〈帝国〉軍が南部を襲撃した際に、大尉として戦場に立った。

 そうした経験を買われて、平民と言う出身であるにも関わらず、いや、むしろ平民出身であったが故に、知己と前王から格別の引き立てを得て少将に任じられている。

 本人としては性質の悪い悪戯の片棒を担がされたという思いの方が大きく、今の地位への執着はほとんどない。

 だからこそ、自分よりも高い階級の人物に対しても、正直と言う美徳を失わずに済んでいた。

「貴様に言われんでも、分かっとるわ」

 平民風情が、という表情でトゥムラーが吐き捨てた。

 せせら笑うようにして、言葉を付け加える。

「精々、部下の兵どもが逃げ出さんように見張っておけよ、少将。まぁ、貴様らの出番はないだろうが」

「出番が無いのなら、それに越した事はありませんな。部下が死なずに済むのですから」

 トゥムラーの皮肉に、シュトライヒはまったくの本音で返した。

「二人とも、その辺にしろ」

 ロズヴァルドが冷たい声で割って入った。

「仮にも将官ともあろう者が、下らん事で言い争うな」

 言いつつ、明らかにお前が悪いとばかりにシュトライヒを睨みつけている。

「ともかく、会議は以上です。各指揮官は隷下部隊へと戻り、早々に迎撃準備を完成させてください」

 マイザーが言った。

 全員が了解の意志を示して立ち上がる。

 シュトライヒもまた、退室の為に立ち上がろうとして、会議と言う名の時間の浪費、をしている最中、入り口の横で控え続けていた目つきの悪い大尉がそっと手を上げているのを目にした。

「どうした、大尉」

 シュトライヒが尋ねた。

 再び全員の視線が一点に集まった。

 あからさまに嫌そうな顔をつくる者も居た。

「ああ、いえ、自分の隊はどうするべきでしょうか」

 彼は、ヴィルハルト・シュルツ大尉はそう口を開いた。

「貴官の部隊は総司令部直轄だ。私の指揮下には無い」

 ロズヴァルドがはねつけるように言った。

 この大隊監督官が毎日のように大演習場の使用許可を求めて来るのが面倒になって、今後は一々許可を取らなくて良いとあしらったところ、そこを我が物顔で占領した事を彼は忘れていない。

「そもそも、貴官の部隊はまともな編成でも無い寄せ集めではないか。何が出来るというのだ」

 第41大隊がそうなるように、つまり大隊としてまともな編成がとれぬように、東部方面軍総司令部へ厳重に抗議したのが自分である事は忘れていた。

 ヴィルハルトはロズヴァルドの言葉に、少し考えるような顔をしてから答えた。

「そうですね。例えば、輸送部隊の警護、くらいならば務められるかと」

 ほぅ、と内心で感心したのはシュトライヒだった。

 戦時の軍隊は猫の手を借りたい程、あらゆる場所で人手不足になる。

 仕事は刻一刻と増えて行き、人材は刻一刻と失われていくからである。

 そんな中で、後方警護を他所に任せられるというのは正直にありがたい。

 例え、定数割れしている大隊であったとしても、輸送部隊の警護ならば十分以上だ。

 しかし、ロズヴァルドはヴィルハルトを追い出すように手を振って答えた。

「不要だ。貴様らは事が終わるまでその辺で大人しくしているか、ただちに正規の指揮系統へと復帰しろ」

「了解しました。差し出がましい言動をお許しください、守備隊司令官閣下」

 ヴィルハルトは笑みのようなものを浮かべて、丁寧に腰を折った。

 こういった扱いには慣れているし、ロズヴァルドから憎悪に近い嫌悪を向けられている事も自覚していた。

 ただまぁ、友軍の危難をただ眺めていただけと言うような避難を後々浴びない為の保険のつもりで口にした申し出だった。

 この時点では。

この話からやっとこ戦争ぽくなりだしました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 精神論使うの早すぎて草 どうせなら、裂帛の戦意をもって単身にて敵戦力を撃滅せよくらい言って欲しかった。
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