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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦

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大変遅くなりました。申し訳ありません。

ちょっと、プライベートが現在進行形であれなもので。


あと、日が昇る前なのでセーフですよね?

 レーヴェンザール城壁内、東門陣地の指揮を任されているエルンスト・ユンカース中尉は、外から見ればただ大きな盛り土にしか見えない指揮所の中で、長らくこの〈王国〉の歴史の象徴であり続けてきた白い城壁が瓦解する瞬間を、歓喜とともに迎えていた。これまで己が信じてきたすべてが打ち崩されてゆくような快感と、彼が唯一、後悔と苦悩から解き放たれる時間の到来を確信したからであった。

 崩れ落ち、瓦礫と成り果てた城壁が地面や外堀の底へ降り注ぎ、舞った土煙が晴れたその向こう、レーヴェンザールの周囲に広がる平原を駆けて現れた〈帝国〉軍将兵の赤い群れを目にした途端、彼は指揮所にある四門の砲、そのすべてに一斉に火蓋を切らせた。指揮官の号令一下、最初の轟音と白煙が上がるなり、陣地にある他の砲台も次々、それに続く。初弾が敵先頭集団を吹き飛ばし、続く鉄の嵐が彼らをさらに小さな肉片へと分解していく。

 東門の城壁内に広がっている長閑な庭園風景は、瞬く間に白煙と砲声の満ちる、鉄火の宴会場へと姿を変えた。


「なんとも、気分爽快ですな!!」

 友軍の砲弾が次々と敵の隊列に襲い掛かり、人間を吹き飛ばしてゆく情景を眺めながら、ユンカースの隣で彼につけられている軍曹が砲声に負けぬ大声で喚くように言った。ユンカースはその軍曹、ワルターという名の細長い顔をした彼にさっと頷いた後で、同じように大声で言い返した。

「今はな、軍曹! だが、すぐに――」

 楽しい時間は終わると、ユンカースは言い切らなかった。その必要がないからであった。

 城壁の亀裂から吐き出される鉄風に逃げ惑う〈帝国〉軍部隊の後ろで、地面が一斉に爆発を起こした。言うまでもなく、〈帝国〉軍砲兵隊による一斉射撃。

「総員、伏せろ!!」

 ユンカースは反射的に叫んだ。彼の今いるこの場所は外から一瞥する限り、巨大な盛り土にしか見えない。だが、その実態は城壁内のあらゆる場所からかき集めてきた建築資材を存分に使用して作られた砲塁であった。内部は石や木、鉄材によって補強された壁や天井でできており、観測と砲撃用の最低限の開口部以外、その上に砲弾が着弾する際の衝撃を吸収するための土や土嚢が積み上げられているせいで、見た目が随分と不格好になってしまってはいる。だが、その堅固さは先ほど城壁の一部を吹き飛ばしてみせた攻城弾の直撃でも受けぬ限り、易々と潰される心配はないほどだった。

 しかし、中の人間までそうであるとは限らない。ユンカースは部下の全員が頭を抱えるようにして石材の敷き詰められた冷たい床にうつ伏せになったことを確認した後で、自身もまた体勢を低くし両手を耳に押し付けると、口をいっぱいに開いた。傍から見れば、馬鹿のような恰好だが、こうしなければ着弾と爆発の衝撃で肺や鼓膜がやられてしまう。

 その場にいる耳を塞いだ誰もが一瞬、自分だけの静寂を味わった後。怒涛の勢いで敵弾が彼らの頭上へと降り注ぎ始めた。世界全てが狂ったかのように轟音が立て続き、鉄火に狂乱した大気が内臓を直接打ち震わせる。指揮所のすぐ傍に落下した榴弾が炸裂した。銃眼から砂と爆風が吹き込み、据えられている砲がやや照準をずらす。

 ユンカースは開けている口の中に大量の砂粒が飛び込むのを感じつつ、聞こえてくる砲声の数に対して着弾はそれほど激しいものではないことに気が付いた。すぐ、その理由に思い至る。爆音の中に混じる、岩が砕ける音が答えであった。

 〈帝国〉軍の砲兵隊はレーヴェンザールに対して半円に取り囲むように、幅広く砲列を敷いている。そのせいで、未だ一部に亀裂が入っているだけの城壁がほとんどの砲弾を受け止め続けているのだった。

 楽しい時間はすぐに過ぎ去るが、恐ろしい時間であっても決して永遠に続きはしない。敵陣からの砲声と着弾が徐々に収束し始めた頃、ユンカースはゆっくりと立ち上がった。何度か咳きこんだ後、口の中に溜まった土を唾液とともに床に吐き捨てる。粉塵に塗れた服を軽く叩き、彼はまず〈帝国〉軍の様子を確認した。ほとんどの敵が射界に収められない城壁の向こうか、こちらの射程外にまで退いていた。

 やはり、今の砲撃は銃兵たちを後退させるための援護射撃であったようだ。そう確認した後で、彼は部下たちを見回した。一人、不幸にも銃眼の隙間から飛び込んできた弾片によって頭部を抉られている兵がいた。床にぐたりと倒れ、傷口から血と脳漿が零れ出している彼の瞳を覗き込んだユンカースは、療傷りょうしょう兵を呼ぶまでもないことを知った。

「軍曹」

 その兵の瞼を閉じてやり、再び立ち上がったユンカースはワルターを呼んだ。独立捜索第41大隊での三年間を過ごしてきた軍曹は、彼の呼びかけに即座に応じた。

「はい、中尉殿」

「被害を確認してこい。それから大隊長、ああ、いや、司令に伝令を出せ。〈帝国〉軍はどうやら、本気でこの街を落とすつもりらしい、と」

 すでに敵陣へと目を向けなおしていたユンカースは、込み上げる何かを必死で抑えるように、空色を基調とした〈王国〉軍制服の胸元を握りしめながら命じた。視線の先では、早くも敵が攻城砲を移動させようとしているところであった。指揮下の全砲台に、絶対にそれだけは撃つなと厳命してあったため、どうやら砲員にも傷一つついていないらしい。

「少しあからさま過ぎる気もしたが。まぁ、ともかく。これであの人の思い通りの展開というわけだ」

 その呟きにはどこか呆れたような響きがあった。しかし、そう言ったユンカースの表情は一切の後悔から解放された、清々しさに満ちていた。当然だった。圧倒的な敵軍に全方位から取り囲まれたこの状況で、もはや何を後悔することがあるのか。

 何もない。あとはただ、戦うだけだ。たとえ、その最中で命を落としたとしても。

 ユンカースは〈帝国〉軍がこの街を全力で落とそうとしている理由について、何らの疑問も覚えていなかった。本来であれば、こんな時代遅れの城塞都市になど一個師団でも張り付けておいて、主力は前進するという軍事的に至極真っ当な判断を、なぜ〈帝国〉軍は採用しないのか。

 分かり切っている。我らが司令のせいだ。

 ユンカースは口元に、せせら笑うような笑みを浮かべた。

 敵先鋒部隊への伏撃、奇襲。城壁外で散々焦らせた後の、あの殺戮劇。一月の間に幾度かあった小競り合い。その全てが、まるで敵を嘲笑うかのような戦いぶりじゃないか。今頃、〈帝国〉軍司令部の方々は顔を真っ赤にしているだろう。そして。

 そこまで考えた彼は、ますます笑みを大きくした。しばらくの間、悩みごとからは遠のけると確信したからだった。

 つまり、あの人は任務のために〈帝国〉軍を本気にさせてみせたのだ。

 ユンカースは大いなる上官への敬意とともに、虚空へ向けて敬礼を捧げてみせた。


 被害状況の確認に行ったワルターが報告にやってきた。砲撃による戦死は7名。負傷31名。なお、軽傷者は含まれず。といったものだった。ユンカースはその報告にただ頷いただけであった。軽微以外に評す言葉が無い数字であるからだった。彼はヴィルハルト・シュルツほど聞かされた数字の意味について思いを馳せるような人間ではなかった。

 いや、ヴィルハルトほど狂ってはいないユンカースが、そのような人間であった場合、彼は自身に任された責任の重圧の前に、容易く押しつぶされてしまっただろう。

 東門防衛のため、彼には約千名の将兵に対する指揮権が与えられていた。能力さえあれば、階級や軍規など容易く無視して見せる上官によって、彼は中尉でありながらそれだけの命を背負わされていた。7や31程度を一々気にしていては、とてもではないが戦争などできない。

続きは三日後。

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