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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦

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ついに2万PV突破!!

ありがとうございます!ありがとうございます!

ここまで書き続けて来られたのも、ひとえにブクマ、評価、感想をお寄せくださる方々、そして何よりもお読み頂いている読者様のお力添えあってのもの。

改めて初心を思い出し、より精進してゆく所存であります。


これからも拙作をお楽しみ頂ければ幸いです。

 三日後。レーヴェンザールへ、ライナー・シュトライヒ少将が最後に送った伝令が到着した。伝令が抱えてきたシュトライヒからの伝文は、次のようなものであった。

「配下将兵の奮闘よろしく、後衛戦闘をこの半月に渡り継続が叶うも、すでに戦況は小官の非才に余り、これ以上の努力は不可能と判断する。かくなるは〈王国〉無窮の栄華、その礎とならん」

 レーヴェンザール市庁舎、その広すぎる一室に集まった〈王国〉軍東部方面軍に残る上級将校たちと、レーヴェンザール侯爵、ユリウス・アイゼナハ・フォン・ブラウシュタインの前で目の粗い紙に書かれたシュトライヒの言葉を読み上げていたのは、子供のような兵であった。伝令文の書かれた文書だけ渡せばよいという上官たちの言葉に、内容を自らの口で伝えることがシュトライヒから自身に与えられた最後の任務であると頑なに拒んだ彼は、それを読み上げている間、何度か喉を詰まらせていた。

 ようやくにしてすべてを伝え終えた後で、レイク・ロズヴァルド中将から「ご苦労。一度兵舎に戻り、休養せよ」とぞんざいに命じられた彼はしかし、その足のまま、部屋の隅に立たされていたヴィルハルト・シュルツ少佐の前にやってきた。そして、小さな声で言った。

「少佐殿。シュトライヒ閣下より、伝言を言付かっております」

 彼の言葉に、ヴィルハルトは優しいと言って良い態度で頷いた。少年は短く、シュトライヒの言葉を伝えた。

「あとは任せた、と」

「承った」

 ヴィルハルトはその少年兵に対して、上官に対するような敬礼を送ってみせた。兵はそれに、双眸に涙と溜め、縋るように言った。

「自分は、自分は最後まで、閣下のお供をと、思っておりました」

 嗚咽を交えつつ、彼は続けた。

「ですが、伝令はどうしても自分でなければだめだと閣下が……」

「君、年は幾つかな?」

 ヴィルハルトは少年の肩に手を置くと、尋ねた。

「十七であります」

 彼は少年の返答に頷いた。

 〈王国〉では士官学校に入校が認められるのと同じ15歳から、望めば兵役に就くこともできるため、17歳という年齢の若い兵というのは特段驚くほどの存在でもない。

 だが、だからと言って。すべての者が文字通り、望んで軍役に就いているわけでもない。

「君はどこの出身だろうか」

 ヴィルハルトはさらに質問を重ねた。少年の回答は、まさに彼が想像した通りのものであった。

「北東部の山間にある、小さな村です。村の多くは近くにある湖で魚を捕るか、山から木を伐りだすかして、日々の糧を得ています」

 ヴィルハルトは納得したように頷いた。彼はシュトライヒがこの少年を、後方への伝令に使った理由が分かっていた。そしてきっと、この少年もそれは知っている。

 シュトライヒは貧しい農村に生れたがゆえに、早期に軍に入隊するよりほかになかった子供を巻き添えにして死ぬことを嫌ったのだ。それがどこまでも偽善に過ぎぬと分かってはいたが、ヴィルハルトにはシュトライヒを責める権利などなかった。

「少佐殿」

 涙をどうにかして塞き止めた少年が、顔を上げた。

「少佐殿が、お命じなるのならば自分は、」

 感情を噴出させようとしている少年を、ヴィルハルトは穏やかに抑えた。

「君は閣下より与えられた任務を完全に果たした。ご苦労だった。子供はそろそろ、家へ帰りなさい」

 彼もまたシュトライヒ同様、いや、あるいはそれ以上に、偽善に囚われ続けているのだった。彼の心の中には、幼いころから教え込まれてきた規範が未だ根深く息づいていた。たとえ、それが戦場であろうとも。いや、戦場であるからこそ、時にその規範は彼の思考を締め付けるのだった。

 再び頷いた少年は静かに退室した。ヴィルハルトはやり取りの間中、悪意に近い視線を彼へ送り続けていたロズヴァルドとトゥムラー両中将へとさっと身体を向けた。

「では。これより地帯防御部隊の指揮を、シュトライヒ少将より直接後任を命じられたという貴官、ヴィルハルト・シュルツ少佐に与える。前任者に劣らぬ祖国への忠誠と献身、そして活躍を期待する」

 自らが信じてもいない経典を読み上げるかのようなロズヴァルドの声に、ヴィルハルト・シュルツは冷え切った鋼のような敬礼で応じた。


 遅滞防御指揮官に任じられたヴィルハルト・シュルツ少佐はもともと第三次防衛線が敷かれていた、レーヴェンザールから南方12リーグの地点に防衛線を構築し、迫りくる〈帝国〉軍先鋒集団を待ち構えた。やがて、突出して前進していた〈帝国〉軍の一個旅団の本部に奇襲を掛け、実にあっさりと壊滅させることに成功した。

 だが、そこまでだった。やはり、どれだけ考えても彼に与えられている戦力が少なすぎたのだ。この時点でヴィルハルトが指揮権を有していたのは、元から率いていた独立捜索第41大隊と、シュトライヒから託された一個連隊(それも定数割れを起こしており、1200名ほどしかいない)だけであったからだ。

この一度の成功により、〈帝国〉軍が進軍隊形を実に手堅いものへ変えたことも問題だった。敵の先鋒部隊を一つ、二つ壊滅させることは可能でも、そのすぐ後ろからやってくる敵主力とかち合ってしまえば、あっという間に擦り潰されて終わり。

 そう判断したヴィルハルトは、一度部隊をレーヴェンザールまで後退させた。

 そして、そこにはすでにロズヴァルドとトゥムラーの姿はなかった。

 代わりに待っていたのは、この世の全てに飽き果てたかのような顔つきのレーヴェンザール侯爵、ブラウシュタインであった。

 口髭同様、たっぷりと蓄えられた腹回りの肉を椅子の間に押し込んでいる彼は、侍従に淹れさせた香りのよい紅茶を旨くもなさそうに飲みながら、ヴィルハルトへ両中将の行方を語った。

「ロズヴァルド、トゥムラーはそれぞれの隷下部隊を率いて南東部へ向かった。そこで防衛線を構築し、はん、大河に架かる唯一の渡河点であるフェルゼン大橋を死守し、反攻に備えるのだそうだ」

 馬鹿にするように鼻を鳴らしながら言った後で、ブラウシュタインは音を立てて紅茶を飲み干した。机の上に置いてある葉巻入れから一本持ち上げて咥えると、傍らに立つ白髪の侍従、ブラウシュタインと同じほど老齢であるらしい執事が、実に洗練された手付きで火を差し出す。そして、小火でも起きたかと勘違いしそうなほど盛大な紫煙とともに、彼は言葉を吐き出した。

「つまり、すでにここレーヴェンザールが最後衛というわけだ。貴様が与えられた任務を果たすつもりならば、ここを守って戦うしかない」

 生まれついてからこの地位にあるのだと疑わない尊大さで、ブラウシュタインは葉巻を吹かしつつ言った。

「衛兵隊の指揮権を貴様にくれてやる」

 それは唐突な申し出であった。王都を除いた〈王国〉の大都市には衛兵隊が組織されている(王都には首都防衛のため、中央軍王都守護連隊(三個銃兵連隊基幹)が常に置かれている)。衛兵隊は各村で住民たちが自発的に組織する自警団と違い、軍直轄の部隊である。ただし、軍直轄というのは人事面、つまり配属される将兵の割り当てというだけで、各都市の衛兵隊、その指揮権は市長に任されていた。割り当てられる将兵もまた、その都市出身の者が多い。つまり、〈王国〉における衛兵隊とは規模と訓練、装備の度合いが軍に準ずるという以外は、ほとんど村の自警団と変わることはない存在であった。そして、ブラウシュタインはこのレーヴェンザールで自身が持つ、唯一の戦力をヴィルハルトへ与えると言っているのだった。

「500しかおらんが、すべて現役の将兵だ。無いよりはマシだろう。それから、各地からここを目指して義勇兵が集まっておるらしい。そいつらのことも任せる」

 ブラウシュタインがすらすらと並べ立てた飴玉を前に、しかしヴィルハルトは顔を顰めて答えた。

「遅滞防御部隊はともかく、レーヴェンザール防衛の指揮となると。軍が認めるでしょうか、ブラウシュタイン卿。ご承知の通り、自分はただの少佐に過ぎません。城塞都市の防衛を預かるには」

「少佐。あのな、俺は侯爵だ」

 ヴィルハルトの反論を、ブラウシュタインは騒がしい子供を黙らせるような口調で押しとどめた。

「あの薄ら馬鹿二人と同じ程度の知り合いならば、王都に幾らでもいる。それに、ここは俺の城で、俺の領地だ。俺の物を守るのが誰かくらい、決める権利はあるはずだ。誰にも文句は言わせん。たとえ、女王陛下でもな」


 かくして、数日後。

 王都からヴィルハルト・シュルツ少佐をレーヴェンザール臨時守備隊司令に任命するという辞令が届けられた。驚くべきことに、命令発令者の項には〈王国〉女王その人の名が記されていた。そこには同時に、これまでは野戦昇進、つまり戦時中における仮昇進というだけの肩書であったヴィルハルトの少佐という階級を正式なものとする旨までが書かれていた。

 そして。やってきたのはそれだけではなかった。

 命令とともにレーヴェンザールの門をくぐり入城してきたのは、およそ二個連隊、3200名の銃兵たち。彼らを先導していたのは、アーバンス・ディックホルスト大将から直々にこの部隊を預けられたという東部方面軍司令官付き副官である、カレン・スピラ中尉であった。

 彼女は自分が率いてきた者たちを指し示し、呆気に取られているヴィルハルトへと告げた。

「本来は、シュトライヒ少将への増援としてお預かりしてきた者たちです。ですが、」

 カレンはそこまで言うと、言葉を詰まらせた。どうやらシュトライヒの結末について、すでに知っているらしかった。だが、彼女はすぐに何かを振り払うように首を振ると、ヴィルハルトへと顔を向けた。翡翠の瞳、その白目部分がわずかに充血しているのを、ヴィルハルトは見逃さなかった。

「この兵たちとともに、私はディックホルスト閣下よりシュルツ少佐殿をお助けするように言付かっております。どうぞ、レーヴェンザール防衛の一助に、この身をお役立てください」

「それは」

 彼女のまっすぐな言葉と視線から、ヴィルハルトは顔を逸らせつつ応じた。

「願ってもないことだが。ディックホルスト大将から副官を奪ってしまっては、閣下がお困りになるのではないだろうか」

 彼にしても、ここで三千名の増援は正直に嬉しい。元々、防衛戦の初期で損害の激しかった部隊を寄せ集めただけの急場しのぎのものであるらしく、大尉以上の階級にあるものがいないことはヴィルハルトにとって好都合でもあった。

 ただし、彼女を自分の部下にするというのはどうだろうかと、ヴィルハルトは考えたのだった。己と同じく、17年前の南部であの地獄を経験したはずの彼女。しかし、その後の人生は何もかもが正反対である彼女を。

しかし、カレンは黙っているヴィルハルトへ固い決意の浮かんでいる顔を向けると言った。

「今の閣下に私がお力を貸せることなど、ほとんどないのです。閣下は現在、この国の非常に重要な、政治的問題に巻き込まれておいでです」

「ならばこそ、ではないだろうか。東部方面軍司令官お付の副官と言えば、その有能さはよく耳にしたものだが」

「政治に関してならば、あの方は私の手など借りずともどうにかして見せるでしょう。問題は、あの方が構想を実現させるまで時間がかかるということです。ですから、ここで私が少佐殿をお助けすることは自ずと、閣下をお助けすることにも繋がります」

 彼女の声に、ディックホルストに対する親愛の情が多く含まれていることを聞き取ったヴィルハルトはさらに顔を歪ませた。しかし、結局は素直にその増援を受け入れるよりほかに、彼の選択肢はなかった。


 そこから遅れること三日。さらに二千名の一団がレーヴェンザールへと到着した。彼らはディックホルスト大将とともに王都へ招集(事実上の更迭)されたオイゲン中将指揮の第6師団隷下の内、未だレーヴェンザール付近に留まっていた部隊からやってきた者たちだった。ほとんどが志願者によって占められているこの集団を率いてきたのは少佐であったが、彼はレーヴェンザール侯爵、そして女王から直々に守備隊司令を任命されたヴィルハルトに対して、素直に従う態度を示した。本来であれば、三日前にようやく正式な少佐へ任官が認められたヴィルハルトよりも先任である彼の方が指揮を執るべきであるのかもしれないが、彼はこの戦争でヴィルハルト・シュルツと独立捜索第41大隊が成してきた事柄を知っていた。

 素直な敬服が含まれた視線を自分へと向ける年上の少佐、その態度に気味の悪さを覚えたが、ヴィルハルトはともかく彼らも受け入れた。

 この時点で、ヴィルハルトに与えられたレーヴェンザール守備隊の戦力は7000名ほど。

 加えて、レーヴェンザール市民と周辺各地から集まった者たちから成る義勇隊800名、〈帝国〉軍の熾烈な追撃をどうにか避けてレーヴェンザールへと逃げ込んだ友軍将兵1000名が新たに彼の指揮下に収まった。


 かくして、レーヴェンザール守備隊の総兵力9044名にまで膨れ上がった。

平時の〈王国〉軍であれば、一個師団にも匹敵する兵力が、〈王国〉旧王都守護のため、一人の少佐の下に参集したのだった。だとしても、彼らを待っているのはその二十倍を超える兵力を揃えた〈帝国〉親征軍主力との戦闘である。

 追い詰められ、取り囲まれた、余りにも哀れな少数。だが、彼らこそが〈王国〉軍史上、最大の激戦と称される旧王都、レーヴェンザール攻防戦を繰り広げることとなった部隊であった。

お読み頂いたあなたへ、尽きせぬ感謝を。


続きは三日後。

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