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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦

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しばらく、三日に一度更新で行かせて頂きます。

更新ペースが遅れ、読者みなさまには大変申し訳なく思っています。

 レーヴェンザール中心部の丘の上。そこに立つ、かつて王宮として使われていた白い宮殿の一室を執務室兼私室として与えられているレーヴェンザール防衛司令、ヴィルハルト・シュルツ少佐は東門の方角から砲声が上がりだしたことを聞きつけると、彼はこれまで軍務に就いてきた中で最も高級なその執務机と椅子から立ち上がった。それは少し前まで〈王国〉東部方面軍司令官、アーバンス・ディックホルスト大将が使っていたものだった。ヴィルハルトは部屋を大きく横切ると、室内から直接行き来できるようになっているバルコニーへと出た。そこから東門の方角へ目を向けると、彼の予想通り、その場所からは砲煙が上がっている。

「失礼します、司令」

 最初の砲声が聞こえてから間もなく、軽いノックの後で一人の女性士官が部屋へと入ってきた。短く切り添えられた金髪が少年のような快活な印象を与えると同時に、少女と女性の間を振幅している年ごろの彼女は、先日まで東部方面軍付き副官であったカレン・スピラ中尉だった。

 バルコニーから東門を眺めていたヴィルハルトが振り返ると、彼女は一瞬顔を顰め、すぐに感情を消した。

「〈帝国〉軍が使用した攻城砲からの砲撃により、東門と周囲の城壁の一部が瓦解しました。現場の指揮を執っているユンカース中尉は、現在応戦中とのことです」

 この一月の間ですっかり固くなってしまった彼女の、ヴィルハルトへの態度を表すかのように、その声は冷え切ったものだった。

「うん」

 だが、反対に。ヴィルハルトは上機嫌といってよい反応で、彼女からの報告に頷いた。目つきこそ常の変わらない凶悪なものだったが、そのあまり高いとは言えない背丈の痩せ型の体躯からは、浮ついているような気分が発せられている。有体に言ってしまえば、楽しそうであった。

 彼の声から、その気分を読み取ったカレンが可愛らしい眉を嫌悪に歪めた。

「ここまですべて、司令のお望み通りなのですね」

 どこか攻めるような彼女の口調に、しかしヴィルハルトは気分を変えることなく応じた。

「まさに。何もかもが」


 〈王国〉軍独立捜索第41大隊と、ライナー・シュトライヒ少将から託された一個連隊を率いたヴィルハルト・シュルツ少佐が、この旧王都、城塞都市レーヴェンザールへと入城したのは未だ、シュトライヒ以下2万名の遅滞防御部隊が〈帝国〉軍相手に、〈王国〉領南東部の丘陵地帯で決死の抵抗を続けている最中であった。

 辿り着いたその場所で彼を出迎えたのは、いつか見た祖国の上級貴族たちの暗澹たる有様であった。


 レーヴェンザールにいる軍の責任者はどこかとヴィルハルトが尋ねると、尋ねられた兵は苦い顔を浮かべながら、やはり市街中央に聳える丘の上に建つ旧王宮、現在はレーヴェンザール侯爵、ユリウス・アイゼナハ・フォン・ブラウシュタインの官邸兼レーヴェンザール市庁舎として使用されている白い宮殿を指し示した。案内された先で彼を待っていたのは、元〈王国〉軍東部国境守備隊司令官、レイク・ロズヴァルド中将と、第3師団長のトゥムラー中将、そしてレーヴェンザール侯爵、ユリウス・アイゼナハ・フォン・ブラウシュタインその人であった。

 どうやら、何事かを言い争っていたらしいところに現れたヴィルハルトの姿を一瞥した途端、両中将は同時に顔を顰めてみせた。

「なぜ、貴官がここにいる。シュルツ少佐」

 まるで寝室に入り込んだ羽虫を見るかのような目つきをヴィルハルトへと向け、ロズヴァルドが言った。ヴィルハルトはこれまでの経緯、そしてシュトライヒから後任の遅滞防御部隊指揮を託されたことについて、かいつまんで説明した。彼が話している間中、ひどく迷惑そうな表情を浮かべ続けているロズヴァルドと、己には関係ないこととばかりに無関心を装っているトゥムラーの態度とは裏腹に、ヴィルハルトはレーヴェンザール侯爵のブラウシュタインがやけに興味深そうな視線を自分に向けていることに気が付いた。

「確かだな」

 聞き終えたロズヴァルドは、紙屑を放るような態度でヴィルハルトへ問いただした。

「確かに、シュトライヒ少将は貴官に対して、自分の死の後、遅滞防御戦闘の指揮を執るように命じたのだな」

「確かです」

 ヴィルハルトは背筋を伸ばして応じた。あの時の、シュトライヒの姿が脳裏には浮かんでいた。

「ならばよかろう」

 それまでどうでもよさそうにしていたトゥムラーが口を挟んだ。そして、嘲るように続ける。

「で、その指揮する部隊はどこにあるんだ?」

「元々自分が率いていた大隊の他は、シュトライヒ少将からお預かりした一個連隊。それ以外は、今のところ。自分はまだ、閣下から権限を引き継いでおりませんから」

 ヴィルハルトは視線を宙へと躍らせながら答えた。そして、尋ねる。

「付近の友軍部隊は、どうなっておりますか」

「オイゲン中将の王都召集とともに、戦闘に参加していなかった部隊のほとんどはここから北方8リーグの駐屯地へ帰営中だ。同時に、トゥムラー中将の第3師団もまた、後退準備を進めている」

 そう答えたのは、ロズヴァルドだった。

「軍本部は大河上に架かる唯一の橋、フェルゼン大橋防衛を第一に考えるはずだ。そのためにも、我が東部方面軍の主力は一早く周囲に展開、布陣していなければならない」

 彼の言葉に単純な疑問の表情を浮かべ、ヴィルハルトは尋ねた。

「それは、三軍司令官の協議による決定でしょうか」

 それに、ロズヴァルドは馬鹿にするような顔で答えた。

「いいや。三軍司令官の協議は未だ結果が出ておらん。だが、そうなるだろう。であるならば、事前に行動を起こし、準備を完成しておくのは〈王国〉軍将官として当然の判断だ」

 恐らく、という言葉すら口にせずに、なぜそんなことが断言できるのかと考えるほど、ヴィルハルトは愚かでも現実を知らぬわけでもなかった。なるほど。シュトライヒの言っていた通り、王都にいるお友達と愉快な手紙のやり取りでもしているのだろう。という納得だけがあった。

 だが、ロズヴァルドに反論する者がいた。

「違う」

 トゥムラーであった。彼は憤然とした様子で、肉のたっぷりと付いた両腕を組むと言った。

「大橋の前に広がっているのは複雑なことこの上ない地形である、山と湖の広がる湖水地帯だ。わしらはかつての国祖ホーエンツェルンと建国の英雄レーヴェンザール同様、そこに籠り、徹底抗戦で時間を稼ぐ。その間に中央及び西部方面軍が戦力を整え、これと協同した大反抗を行い、東部を取り戻すのだ」

 彼の語った、まるで子供の絵本のような夢物語を聞かされたヴィルハルトは思わず吹き出しそうになった。当然、そんなことをすればどんな目に遭うかもわからないので彼は両腕を背中に回し、左の手の甲を抓ってその衝動を耐えた。

 大反抗? 何を馬鹿な。未だ我が軍は動員令すら出ていないのだ。そして、平時兵力12万の内、約半数が配されていたこの東部方面軍はほぼ壊滅的状況にある。戦力の建て直しと、動員した新兵、予備役の再訓練にかかる時間はどれほどだ。そして、その間を〈帝国〉軍が大人しく付き合ってくれるはずもない。まだロズヴァルドの口にした意見の方がマシだ。祖国の領土半分を捨てる代わりに、存続は保たれる。だが。

「で、俺の城は見捨てられるってわけか」

 ヴィルハルトが一つの結論に至ろうとしていた時、それまで黙っていたブラウシュタインが口を開いた。

「貴様らはどうせ、最後まで追い詰められた後は橋を落とせばよいとでも思っているんだろうが。この旧王都レーヴェンザールを敵の手に落としでもした場合の責任の取り方くらいは弁えておるんだろうな」

 彼の言葉に、両中将は顔を顰めた。

 そう。その通りだ。ヴィルハルトは内心で彼らを細くせせら笑った。確かに、状況はどこまでも最悪だ。現実的に考えれば、もはや東部全域を見捨てる覚悟でもなければ〈王国〉軍はこの戦争を継続してゆくことなど不可能だ。だが、同じようにどこまでも現実の問題として、それはできない。何故か。

 国土の半分を戦いもせずに敵に明け渡すような軍を信用するものなど、誰もいなくなるからだ。そうなってしまえば、誰も軍になど従わない。本当の亡国の日々が待っている。

 だが、ブラウシュタインの発言に対して、ロズヴァルドは驚くほど厚顔無恥な言葉をもって応じた。

「だとしても、我々が軍人である以上、軍の決定には従うよりも他にない。それに私はただの一度も、この街を見捨てるなどと言った覚えはない。そして、残念だがブラウシュタイン卿、閣下が〈王国〉軍大将であったのは十年も昔の話。すでに退役された閣下が持つ権限では、我々に都市の防衛を要請することはできても、命令することはできない」

 今度はブラウシュタインが悔しげな表情を浮かべる番だった。ロズヴァルドの口にした言葉は事実であるからだった。


 〈王国〉における貴族とは、君主(〈帝国〉であれば皇帝)から領地を下賜され、その自治を許された領主という大陸世界一般の扱いとは異なっていた。領土が狭く、下賜できるほどの土地がないという理由もあるが、最大の要因としては国民皆兵という〈王国〉の国是が関係していた。

 領主とは即ち、自らが治める領地とそれを守護するための兵権を持つ者を指す。しかし、国民皆兵制度をとる〈王国〉では全軍権を国王(現在は女王)が掌握するもの(実態がどうであれ)となっている。各領主同士の争い、内乱を避けるためい取り決められた古い法律だが、未だその効力は失せていない。

 結局、ブラウシュタインがレーヴェンザールという都市名を冠して侯爵を名乗っているのは一つの名誉称号、あるいはただの役職名に過ぎず、実際に彼に与えられている権限は他の都市の市長と何ら変わるものではないのだった(もっとも、彼に与えられた権限の及ぶ範囲が極端に広いことを除けばだが。彼は〈王国〉東部全域における行政全てを統括していた)。


 彼らの言い合いを聞いたヴィルハルトは、自分が来る前に繰り広げられていた舌戦の内容はこれかと納得していた。

 つまり、ブラウシュタインは都市の防衛を軍に要請していたのだ。そして、ディックホルストがどう考えてかは分からないが、現在のレーヴェンザールにある軍の最上級者はロズヴァルドとトゥムラーの両中将。彼らの互いに意図するところは別としても、どちらもこの場所に留まるつもりがない。

 嫌な予感がした。先ほど、今までの経緯を語っていた時。自分を見ていたブラウシュタインの目つきを思い出した。

 だが、結局その場はロズヴァルドによって締め出されてしまった。

 貴族の罵り合いを聞かされることほど生産性のない時間はないだろうと思っていたヴィルハルトは内心でほっとしつつ、退出した。


 ライナー・シュトライヒ少将が最後に送った伝令が、レーヴェンザールへと到着したのはこの三日後のことであった。

続きは三日後。

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