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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第三幕 城塞都市・レーヴェンザール攻防戦

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大変お待たせいたしました。更新再開です。

新しいPCの操作性などに色々と手こずり、本話も書き上げたばかりで、ほとんど推敲も出来ておりませんが、お楽しみいただければ幸いです。

 旧王都、レーヴェンザール。

 それは国祖である初代〈王国〉国王ホーエンツェルンとともに、〈王国〉独立に尽力した英雄として語られる伝説の傭兵の名を冠した、〈王国〉東部最大の都市である。

 〈王国〉領南東部に広がる丘陵地帯が終わり、森林と山岳が広がる北東部へと向かう間に横たわるわずかな平野。領土を分割するように流れている大河の畔に寄り添うようにして築かれているレーヴェンザールは、その全周を白石造りの堅牢な城塞によって取り囲まれ、さらに城壁の外周には大河から直接水を引き入れた深く、幅の広い堀が巡らされた城塞都市であった。

 〈王国〉東北部の山々から産出される白石を積み重ねて造られた城壁は、高さおよそ16フィート、幅2フィートほどにも達する。大陸戦乱期、戦闘を念頭に建築されたこの城壁上には当然、胸壁と銃眼(建築当時は弓を射かけるためのもので、射眼と呼ばれていた)を備えた歩廊が通っており、さらに六つの望楼を兼ねた壁側塔が等間隔に突き出していた。

 都市へ入るためには大河に接している西側に整備されている河川港へ船で入港するか(当然だが、内門が存在する)、南北と東側に設けられている門を通る必要がある。ただし、比較的最近になって(それでも五十年は昔の話であるが)新設された南北の門は跳ね橋式となっており、通行可能な、門が下ろされている時間帯は決まっていた。唯一、正門である東門だけは大きな鉄製の門扉があり、門前の堀の上にはアーチ状の石橋が掛けられているため、当直の衛兵の許可が下りればいつでも通ることができた。

 全周が6リーグにもなる城壁が囲う内部も、当然広い。ほぼ円形に築かれた城壁内の直線距離は2リーグにもなり、一つの都市としては広大と言って良かった。レーヴェンザールの市街は内部中央にある丘の上に建つかつての宮殿、現在はレーヴェンザール侯爵、ユリウス・アイゼナハ・フォン・ブラウシュタインの官邸兼市庁舎である白い石造りの城を中心に広がっている。かつては長期籠城戦にも耐えられるようにと、壁内の土地の多くは耕作用地として使われていたのだが、平穏の時代が続くにつれてその面積は減ってゆき、代わりに市街地が広がっていった。

 それでも東門側には未だ多くの耕地が残されてはいる。東門をくぐり市街を目指す場合、その道はおよそ半リーグほどもあった。だが、それらの土地は食糧生産を目的としたものではなく、実態は都市の景観を保つためや市民の憩いの場として使われるようにと色とりどりの花や木が植樹されているだけのものばかりであった。

 前述した南北の門が新たに設けられたのは、市街の拡充とともに増加した人口に伴う正門の混雑が主な理由であった。当然、市街はそれを念頭に置かれた幅広の三日月形になるよう設計されているため、南北の門を潜ればすぐに市街地へと入る。


 このような都市構造を持つ城塞都市レーヴェンザールは、かつての大陸戦乱期においては幾たびもの敵襲を退けてきた堅牢な要塞であった。しかし、今日こんにちの火砲の発達により、そして戦争そのものが大きく運動戦を重視するものへと変わると、城壁は戦術的にも無価値に等しい旧時代の遺物だと捉えられるようになった。

 こうして三十年ほど前に現在の王都へと首都が遷都されたのだが、それでもなお、このレーヴェンザールは〈王国〉国民にとって特別な都市であり続けた。


 その理由は〈王国〉史における重要な役割を果たしてきた都市であるということはもちろんだが、何よりも国民たちの心を掴んでいたのは、都市を取り囲む城壁に施された装飾であった。

 レーヴェンザールの城壁の内外には、かつての〈王国〉歴代の国王や諸侯たち、そして英雄と語り継がれる者たちの肖像が彫り込まれているのだった。正門である東門の門扉は当然として、南北の跳ね橋の裏表にさえ(もっとも人が歩行する表部分については申し訳程度に抑えられているのだが、閉じた際に露見する裏側は特に)微細に入った彫刻の数々が刻まれていた。近年ではレーヴェンザールの周囲を巡る堀に小舟を浮かべ、ぐるりと城壁外を一周しながらこの彫刻群を遊覧するという興業が人気を博していた。

 つまるところ、〈王国〉国民にとり(特に年配者は)、旧王都レーヴェンザールとは〈王国〉の歴史そのものを伝え説く、独立と王位の象徴であると同時に、〈王国〉に住むものならば一生に一度は訪れておきたいと願う観光地でもあるのだった。


 しかし現在、城壁を囲む堀の水上には小舟など一隻も見当たらない。

 本来であれば大河と直接繋がっているため、泳ぐ川魚の姿さえ見て取れるほど澄んだ流れを湛えているはずの堀は今や、悪戯好きな巨人によって底を乱暴に掻きまわされたように濁りきっていた。常であれば、遊覧船が回っている間以外のほとんどは下ろされているはずの跳ね橋も、装飾を隠さぬ程度に開け放たれている東門も、現在はまるで楽園へ至ろうとする人間の侵入を拒む天の門かのように、ぴったりと閉ざされている。

 美麗な装飾の施された城壁にすら、そこかしこに大槌で打ち砕かれたような跡があった。東門の左右を囲む国祖ホーエンツェルンと、〈王国〉独立最大の功労者であるレーヴェンザールの彫像は、その顔面のほとんどを失っている。

 そのような有様になっている理由は明白であった。

 今、レーヴェンザールを取り囲むものは、城壁と堀だけではないからだ。

 〈王国〉東部中央に広がる狭い平野は現在、緑と赤の軍装に身を包んだ二十万を下らない〈帝国〉親征軍主力によって埋め尽くされていた。

 遡ること一月前から、〈王国〉の旧王都はこの圧倒的な敵軍により、完全に包囲され続けているのだった。


 レーヴェンザールを囲む〈帝国〉軍の隊列、その中ほどで動きがあった。

 砲座に据え付けられた四門の、臼のような形をした口径ばかりが大きく、銃身の短い砲に向かい、禍々しく底光りをする巨大な鉄塊を兵が数人がかりで運んでいる。まるで魔女の育てるような、でっぷりと肥え太ったカボチャのような大きさのそれは、言うまでもなく砲弾であった。

 そして、兵たちが運ぶその砲弾を飲み込もうと待ち構えている、愚鈍という言葉を形にしたかのような見た目の砲は、その見た目通りに臼砲、そしてその用途から“攻城砲”と呼ばれるものだった。

 ぽっかりと口を開けた、底の浅い砲口へ専用の計量箱で測り取られた黒色の火薬がざらざらと流し込まれ、巨大なさく杖がそれを突き固める。その上から屈強な男四人がかりで持ち上げられた砲弾がどっかりと落とされる。

 砲の仰角は大きく取られていた。

 これは、臼砲というものはそもそも重量物を火薬の爆轟する力で空中高く打ち上げ、目標を上から叩き潰すことが目的の大砲であるのだから、当然と言えば当然である。その上で、今装填されたものは並みの火砲に使われる砲弾が玩具にみえるほど巨大な鉄塊だった。

 まさに攻城砲の名に相応しい、巨大な鉄の暴力そのもの。威力に関しては説明すらも不要であろう。

 砲口が向けられた先にあるのは当然、レーヴェンザールの城壁だった。

 照準がつけられているのは、その東門付近であった。


 四門の攻城砲、その砲長全員が装填完了を指揮官に伝えた。

 彼らの後ろに立っていた砲兵指揮官は頷くと、振り返る。その視線の先、彼の立つ場所から1マイルほどは離れた丘の上にたつ軍司令官に対して、砲撃許可を求めるための発煙筒を持った部下に着火を命じた。すぐに薬頭が火とともに赤い煙を吹き出し始める。

 返答は即座であった。軍司令官の傍らに立った喇叭手が、高らかに金管を吹き上げる。

 麗しき姿の軍団司令官が、金髪を風になびかせながら優雅に手を振るのが見えた。

 内心に誇らしさと歓喜を湧きあがらせた砲兵指揮官は再び、自らが指揮を執る砲列へと向き直る。目標の最終確認を行い、すべての砲員が準備万端を告げた。

 砲兵指揮官は大きな満足とともに頷くと、腰に吊っていた軍剣を引き抜いた。

 そして、大喝とともにそれを振るう。ぐんずりとした攻城砲の尻についている打石器が、一斉に落ちた。

 万単位の人間が集まっている状況には似つかわしくないほどの静寂。

 一拍の後、天空すら打ち砕かんばかりの轟音が大気に満ちた。

 攻城砲が、その大きな口蓋から火山のように噴煙と鉄弾を吐き出した。打ち上げられた四つの鉄塊は初め大きく上昇し、やがて火薬の爆轟から受け取った衝撃を使い果たすなり、急激な角度をもって落下を始めた。

 そして、弾着。

 レーヴェンザールの城壁の一部が白煙とともに木っ端となって宙に舞った。粉塵が巻きあがる中に岩と鉄が擦れ合う、巨人の歯軋りのような音が続く。東門の周囲を固めていた城壁の一部は、もうもうと土煙を上げながら瓦解し、左手側の門扉が金切り声を上げながら堀の中へ沈んだ。

 〈帝国〉軍将兵たちが一斉に、歓声を上げた。

 一月もの間、ただひたすら敵が籠る要塞を包囲している、という以上の意味もない日々がようやく終わったからであった。隊列の至るところから、その破壊を齎した者たちへの惜しみのない称賛が叫ばれた。

 そして、それらを上回る大音声で、最前列に立つ連隊長や大隊長たちが口々に突撃命令を下し始めた。歓声が止み、隊列は一斉に突撃隊形へと形を変える。

 正門へかかる石橋には瞬く間に〈帝国〉軍将兵が殺到した。乗り遅れた部隊も、重い装具を纏った兵たちに堀を越えさせるため、木材を組み合わせて作られた渡し板を運びつつ城壁に空いた穴へと駆ける。


 やがて、一陣の西風が立ち込める土埃を払うように吹いた。

 攻城砲の齎した破壊の効果をその目にしようとした〈帝国〉軍将兵の顔に期待が満ちた。


 果たして、その彼らが見たものは。


 大小様々な砲が自分たちに向けて、ぽっかりと暗い口を開けている情景であった。

 期待の笑みを顔面に張り付けたまま固まった〈帝国〉軍前衛部隊の者たちへ、その最初の一門が死を吐き出した。一度目の砲声のすぐ後を追うように、全砲門が一斉に唸りを上げる。

 瞬く間に、彼らが突破のために開いたはずの穴は、鉄火を吐き出す竜のあぎとへと変貌した。砲煙が満ち、再び城壁内が白く濁る。着弾。爆発。砲撃に加わっている各砲の射程の差か、あえて弾着点をずらしているのか。突破口の正面に展開していた〈帝国〉軍部隊の隊列に、満遍なく死が降り注いだ。

 歓声はすぐさま、悲鳴へと変わった。砲撃音と悲鳴が混じり合う混声合唱が始まる

 ただし、先鋒を任されていた〈帝国〉軍部隊はその合唱に参加することもなく、この世から消滅した。彼らがこの大地に立っていたという証拠は、その場に残された血と肉と土の混合物のみが物語っている。


 〈王国〉軍史上、最大の激戦と呼ばれることとなる、レーヴェンザール攻防戦はこうしてその幕を開けた。

続きは(たぶん)二日後。遅れたら申し訳ありません。

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