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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第二幕 〈王国〉東部防衛戦

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前回の更新でついに累計一万PVを突破しました!


これも読んで下さるみなさまのおかげ、

心よりの感謝を

これからもどうぞ、お付き合いくださいませ

 〈帝国〉軍の目を掻い潜るようにして、その前衛部隊が〈王国〉軍の防衛線とぶつかっている前線へと到着したヴィルハルト・シュルツ少佐率いる独立捜索第41大隊は、その日の早朝、索敵によって発見した敵輸送部隊を襲撃していた。

 目的は敵の運んでいる弾薬、実包を奪うことだった。


 小銃の黎明期であるこの時代の大陸世界では、どこの国でも採用されている小銃の口径はほぼ同じである。

 そして、弾丸といえば文字通りの丸い鉄球でしかない。

 国や軍により、その製造工程や技術に多少の差はあれど、弾丸については多くの小銃で流用可能なものだった。


 ならば、何故敵から奪う必要があったかといえば、第41大隊は本来の任務、〈帝国〉軍総司令部への奇襲という目的を果たすために必要最低限な弾薬しか持ってきていないからだった。

 任務に必要な迅速さを保つためという事はもちろん、敵司令部に張り付いているだろう戦力に対して一時的な突破さえ叶えば良かったので、自然、兵一人当たりが持つ弾薬の数はそう多くない。

 当然、敵前衛部隊、つまりその気になっている戦闘部隊とまともな交戦が出来る程の残弾数では無かった。

 よって、現地徴発という〈帝国〉軍がもっとも得意とするところを模倣させてもらったのだった。


 戦闘はむしろ、野盗の襲撃といった様相だった。

 やはり〈帝国〉軍の輸送部隊は練度も士気も低い兵の寄せ集めでしかなく、第41大隊は手際良く彼らを屠った。

 戦いそのものはすぐに終わり、逃げる敵兵たちは見逃した。

 どの道、皆殺しにする事は難しい。そして、追っている時間すら惜しい。

 すぐに敵輜重兵が投げ出していった荷物を漁り、目当てのもの、弾丸や火薬だけを奪った。

 敵兵の持ち物や、投げ捨てていった輜重から不必要なものまで略奪することは、ヴィルハルトが固く禁じた。

 兵からの反感は無かった。

 今の彼らにとり、命よりも重いものなど無いからだった。

 必要な物を揃えた後で、彼らは更なる目標へ向かい振り向いた。

 大地から砲煙の吹きあがっている場所。〈帝国〉砲兵部隊の布陣地点。

 ヴィルハルトは近寄ってきた大隊将兵へ振り向くと、素早く命じた。

「目標はおよそ1リーグ先。この襲撃が周辺部隊に知れ渡る前に片づける。俺は第1中隊を率い、敵陣横合いから強襲する。カロリング大尉、君の第3中隊は敵後方から近付け。第2中隊は我々を援護しつつ、後方を警戒」

 アレクシア・カロリング大尉は端正な面立ちを鉄仮面のように固めたまま頷いた。

 彼女は、敵輸送部隊を襲い実包を奪うというヴィルハルトの策略に最後まで難色を示していた。

 やはりまだ、二言も三言もあるような態度だったが、ヴィルハルトの凶悪な視線で貫かれると、すぐに配下の中隊を引き連れて、行動を開始する。

 既に状況は動き出している。

 自分たちの行動が他所へ知られる前に、彼らはこの後の大仕事を終えねばならなかった。

 ヴィルハルトも駆け出した。


 〈帝国〉軍砲兵部隊の陣地はすぐに視界に入った。

 第41大隊にとってありがたいことに、戦闘が行われている最前線から、射程距離ぎりぎりである1マイル(現実世界での約1kmに相当)の地点に布陣していた。

 これならば、砲兵たちを襲った後に前線へ駆けても、敵が気付く前に肉薄できる。

 ヴィルハルトはひっきりなしに咆哮を上げ続けている砲列をさっと見渡した。

 どうやらこの場に布陣している敵砲兵は、一個大隊だとあたりを付ける。

 十分に殲滅は可能。

 これから自分が成そうとしている事を思うと、心が躍った。


「装填させろ、曹長」

「はい、大隊長殿」

 ヴィルハルトの命令を聞いたヴェルナー曹長が、兵たちを怒鳴りつけた。

 かしゃかしゃとさく杖が銃身内を擦り、火薬を突き固める音が響く。やがて静かになった。

「装填、完了いたしました。大隊長殿」

「うん」

 頷いたヴィルハルトは、中隊へと振り直った。

「よろしい。それでは中隊総員、大きく息をしろ」

 彼の命令に兵たちが深呼吸を繰り返す。

 ヴィルハルトも三度ほど、大きく深呼吸をした。

 肺の中に新鮮な空気が満ちる。頭がすっきりした。

「では。目標、前方の敵砲兵大隊。射撃は各自、自由にしてよろしい。中隊、前へ! 続け!!」

 ヴィルハルトの号令一下、隊列を無視して160名に近い男たちが突き進んだ。

 やがて、あと少しというところで〈帝国〉砲兵の一人に気付かれた。

 顔面に驚きを浮かべ、大声を上げようとする。

 彼の役目を奪うように、ヴィルハルトの背後で一発目の銃声が響いた。

 〈帝国〉兵は声の代わりに、盛大な血飛沫をあげて敵の襲撃を戦友へと教えた。

 敵が一斉にこちらへ振り返る。

 その誰もが、完全に虚を突かれた顔つきをしている。

 彼らへ、ヴィルハルトの後背から打ち出された銃弾が降り注ぐ。

 悲鳴、絶叫、混乱。

 ヴィルハルトの口に鋭利な笑みが浮かんだ。

 敵陣では、持ち場から逃げ出す者が続出した。

 そこへ、ヴィルハルトの考えに照らし合わせるかのように、別方向からの一斉射撃が響く。

 敵後背から回り込んでいた、アレクシアの率いる第3中隊からであった。

 敵は逃げ場を失い、さらなる混乱と恐慌に飲まれた。

「総員、銃剣装着!!」

 駆けつつ、ヴィルハルトが怒鳴った。

 ガチャガチャという鉄が擦れる不穏な音が響く。

「総員、銃剣装着確認しました」

 ちらと兵を振り返ったヴェルナーが報告した。

「よし、このまま突っ込む」

 言って、ヴィルハルトもまた自らの軍剣を抜いた。

 しかし、〈帝国〉砲兵たちは何時までもただ混乱しているだけでは無かった。

 突き進んでくるヴィルハルトたちに対して、野砲を盾にしてうずくまっている。

 単純な疑問がヴィルハルトの頭に浮かんだ。

 何故、逃げない?

 〈帝国〉軍といえども、まさか、砲兵が銃兵相手に殴り合って勝てると思っているわけでもないだろう。

 彼のその疑問は、すぐに回答を得た。

 どうやら陣地中央、こちらからは見えない位置に待機していたらしい〈帝国〉鋭兵のおよそ一個中隊が、彼らの行く手を阻むようにして駆け出してきたからであった。

 成程。護衛として鋭兵中隊を伴わせていたのか。

 ヴィルハルトたちの前に、〈帝国〉鋭兵が射列を組んだ。

 見れば、後方の第3中隊に対しても同規模の鋭兵たちが砲兵隊を守るように列を組んでいる。

 どうやら護衛に就いていたのは一個中隊では無く、一個大隊だったようだ。

 さて、どうしたものか。

 ヴィルハルトは小さく唇を噛んで考えた。

 兵数で言えば、ほぼ互角。戦って勝つことは不可能では無い。

 だが。

 敵鋭兵が装填を始めた。

 終える前に肉薄するのは不可能な距離。

 しかし、足を止めたところで間に合わないのは同じこと。

 ならば。

 覚悟を決め、ヴィルハルトはさらに足を速めた。

 大きく息を吸う。

 乱れた呼吸を打ち払うように、大声を吐き出した。

「突撃!!」

 彼は、切れ味よりも頑丈さに重きをおいた無骨な軍剣を敵へ突きつけて叫んだ。

 背後で部下たちが一斉に鬨の声を上げる。

 応じるように銃声。

 だが、敵からでは無かった。

 ヴィルハルトの指揮する第1中隊の左翼後方、ちょうど、第3中隊との間を縫うようにして銃弾が彼らを追い越し、装填を終えつつあった〈帝国〉軍鋭兵の射列に飛びかかった。

 さっとその方向を確認する。

 前衛の援護と、後方の警戒を任せていたユンカースの第2中隊からであった。

 どうやらユンカースは中隊の半分をヴィルハルトたちの援護に回したらしい。

「助かりましたな」

 戦場の喧騒に掻き消されぬよう、ヴェルナ―が怒鳴るように言った。

「まったくだ。後で礼を言っておこう」

 ヴィルハルトも同じように返した。

 後があればな、とは口に出さない。

 ともかく、第2中隊からの援護のおかげで敵には少なからぬ動揺が走っていた。

 その隙を突き破るように、ヴィルハルトたちは進んだ。

 しかし、後方にもう一つ待機していた中隊が前進してくる。

 彼らは既に装填を終えていた。

 発砲音。敵の射列が白煙で隠される。

 周囲に、ぶーんという羽虫の飛び交うような音が満ちる。背後から悲鳴。

 その全てを無視して、ヴィルハルトは敵へと切り込んだ。

 小銃を構えようとしていた敵兵の胸を思い切り蹴りつける。

 体勢を崩し、仰向けに倒れたその敵兵の胸を踏みつぶすように体重を掛けた。

 軍靴の厚い靴底から伝わってくる、小枝の折れるような感触。

 急いで応戦しようとした右隣りにいた敵には、その肩口に軍剣を突き刺した。すぐに硬い骨に当たり、刀身が止まってしまう。

 舌打ちをしつつ、ヴィルハルトは軍剣を捩じるようにして敵の傷口を搔き回した。

 苦痛に満ちた絶叫が上がる。

 それを聞くとヴィルハルトは嬉しそうな、酷薄な歓喜を顔面に張り付け、その敵兵も蹴り飛ばした。

 彼の後に続いて殺到した部下の一人が、彼に銃剣を突き立てるのが見えた。

 改めて軍剣を構え直す。

 後続の中隊が再装填を終える前に、彼らも片づけなければならないのだった。


 ヴィルハルトの率いた第1中隊と同様に敵陣へと突っ込んだ第3中隊からの、二方向からの同時突撃を防ぎきる事はできず〈帝国〉鋭兵たちは壊乱した。

 こうなってしまえば、あとは楽なものだった。

 残された砲兵たちは、銃兵のように白兵で戦う為の訓練を受けてはいない。

 何名かの砲兵将校たちが護身用に持っていたらしい短銃からの発砲以外、これといった抵抗はほとんど無かった。

 殺人を快楽とする異常な大隊長の狂気により率いられた第41大隊にとって、敵砲兵の虐殺は簡単な仕事であった。

続きは2日後。

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