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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第二幕 〈王国〉東部防衛戦

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みなさまから感想や評価、ブクマを付けていただいたからか、一日の平均アクセス数がちょっとビビるぐらい伸びております。

ありがとうございます。


事前にお知らせした方が良いと思ったので、この場をお借りします。

これから数話中にタイトルが変わると思います。

ようやく、しっくりくるのが思いつきそうなので。

西方領軍の緑色と、本領軍の赤色に見事に分かれた、20万から成る〈帝国〉親征軍の隊列が、陽光を受けて瑞々しく光る大地を踏みつけて進む。

〈帝国〉西方領軍第101鋭兵師団並びに第66猟兵師団、トルクス自治領軍第1猟兵旅団が中核になり、その両翼を第77軽甲騎兵師団、第21騎兵師団の騎兵たちが固める先鋒集団は、それだけで既に6万に近い。

 なお、クウェルフスキ中将率いる第14鋭兵師団は占領地確保の為に国境域に留まる事になっていた。

 だとしても、先鋒集団だけで〈王国〉東部方面軍の総兵力七万に比肩している。

 その上、後に続くのは、〈帝国〉本領軍の六個師団から構成される親征第二軍、赤色の軍衣に身を包んだ将兵14万。

 それはあまりにも圧倒的な光景であった。


 西方領軍と本領軍のそれぞれの部隊の規模に比して、兵力に格差が大きい理由は〈帝国〉軍内の編成の差である。

 〈帝国〉軍は、〈王国〉軍の方面軍のように(とは言え、規模の面から見ても圧倒的な違いがあるのだが)、西方領軍、東方領軍、南方領軍、そして本領軍と大きく四つに分けている。

 通常、各領軍の一個師団は、例として第101鋭兵師団を取り上げるならばその編成は、鋭兵(銃兵)二個旅団(各旅団は四個鋭兵連隊基幹)、一個砲兵旅団、一個騎兵連隊を中心とした各支援大隊、中隊から成る。

 当然、戦闘状況によってその場、その時で最も適した編成を取られるのだが、兵力はおおよそ一万五千から八千の間を行き来する。

 対し、皇帝直轄とされる本領軍の編成はと言えば、ただの一個師団だけでも二万を超える。

 比較の為の例として、帝国第三代皇帝にあやかった“雷帝師団”の別称を持つ第3鋭兵師団を上げるならば、その編成は三個鋭兵旅団(連隊数は各両軍と同様)、一個砲兵旅団、一個騎兵大隊の他に最低でも大隊規模の支援部隊が付随する。

 “重”の称号が付く第44重鋭兵師団や、第56重騎兵師団に至っては隷下旅団の連隊数が通常の四個連隊から、六個ないし八個に増え、その兵力は単一の師団だけで三万に届くという、他国の軍では一個軍に匹敵する規模を持つ。

 さらに言えば〈帝国〉が戦ってきた戦争の、その全てに投入されてきた本領軍は、練度、実戦経験においても各領軍を、いや、この大陸世界の如何なる軍隊をも凌駕していた。

 極端に言ってしまえば、〈帝国〉軍が大陸世界最強最精鋭と呼ばれる所以の全ては、単に本領軍のみを指しているのだ。

 彼らの行進はまさに、その名に恥じぬ鉄槌を〈王国〉へ振るわんとしている光景であった。


 先陣を任された西方領軍で構成される親征第一軍が、〈王国〉領東部の丘陵地帯に敷かれた〈王国〉東部方面軍の防衛線、その第一陣と接触したのは、大陸歴1792年、五ノ月中旬の事であった。

 先んじて火蓋を切ったのは、〈王国〉軍だった。

 彼らが構築した火力網、その制圧地域に足を踏み入れた〈帝国〉軍へと向けて、無数の丘の上に構築された砲座と銃眼を備えた掩体壕から一斉に、野砲の唸りが上がる。

 先頭を進んでいた〈帝国〉西方領軍第101鋭兵師団の将兵、その緑色の軍装の群れの渦中で次々に爆発が生じ、黒煙が彼らを飲み込んだ。

 煙の晴れた後に残されるのは、人の四肢が散りばめられた赤い大地。

 しかし、それすらも瞬く間に彼らはその軍装で緑へと塗り替える。前進は止まらない。

 〈帝国〉軍将兵の地面を叩きつける軍靴の足音に怯えたように、〈王国〉軍の野砲がさらに悲鳴を上げ続ける。

 やがて、整然たる隊列のあちこちで絶叫が響き始めた。

 肉体の一部を失った者の苦吟の呻き、戦友を探す兵の声、現実の恐怖に撃ち負けた者が上げる狂声。

 それら全てを耳にしつつ、爆風とともに撒き散らされた戦友の血と内容物に濡れてなお、しかし足を止める事の無い、それが許されない、皇帝の兵士たち。

 戦争におけるあらゆる艱難辛苦かんなんしんくを味わってきた〈帝国〉軍ではあるが、ただの恐怖を理由に退いた事など一度もない。

 皇帝の軍に全滅はあれど、敗北は在り得ない。

 例えこの大陸全土を戦友の遺骸で埋め尽くしても、彼らはそれを踏み越えてゆくだろう。

 最後の一兵が斃れるその日まで。


 彼らをそんな運命から救ったのは、戦場の空気を貫くように吹き鳴らされた一本の喇叭であった。

 それを耳にした緑の軍勢は一度動きを止めると、各指揮官の号令に従い整然と後退を始めた。

 後ろへ下がった鋭兵たちの代わりに、焦げ茶の軍服を着た猟兵たちが彼らの築きつつある強固な大隊横列の前方へと散って行く。

 鋭兵のすぐ後ろからは師団砲兵隊、軍直轄砲兵隊の独立大隊が重い尻を引き摺るように、暗い口をぽっかりと開けている鉄塊を前へと押し出して来る。

 完全に〈王国〉軍の火制域から逃れたわけでは無いにも関わらず、陣形変換に彼らが要した時間は他国の平均的な軍隊と比べるまでもなく、僅かなものであった。


「陣形変換、完了いたしました。閣下」

 望遠筒から目を離し、〈帝国〉親征軍次席参謀である〈帝国〉本領軍の赤い制服に身を包んだ大佐が口を開いた。

 やけに頬骨の突き出した輪郭の、眠そうな目をした人物だった。

「よろしい」

 応じたのは、同様に本領軍の制服を纏った豊かな金髪の女性、〈帝国〉親征軍団司令官、リゼアベート・ルヴィンスカヤ大将であった。

 彼女たちが立っているのは、隊列の先頭からわずか1リーグにも満たない地点にある、小高い丘の上だった。

 事実上の軍総司令官が身を置くにはあまりにも戦場に近すぎるその場所へ、彼女が立っている理由はただ二つ。

 まず何よりも、後方で安逸としながら戦闘の指揮を執るという発想が彼女の中に存在していない事。

 そして、戦場を睥睨するのに手頃な場所が、この小高い丘以外に無かったからであった。

「しかし、よろしかったのですか。探索攻撃をこれほど早く切り上げてしまって。損害を簡単に計算しても、あと一刻続けたところで十分に問題の無い範疇に収まるはずですが」

 次席参謀が、その参謀という役職に就く者特有の、奇妙なほどに感情を感じさせない声で尋ねた。

 彼は今、頑なに総司令部を、というよりも、この軍の名目上の総司令官である〈帝国〉第三皇太子ミハイル・ニコライヴィチ・ロマノフ元帥の傍から離れようとしない参謀長の代わりにリゼアの補佐を任じられている。

「今少し、部隊を押し出して敵の火力の限界と、射耗を計っても宜しかったのでは?」

 次席参謀はリゼアからの返事を待たずに意見を続けた。

 つまりは兵の命を差し出す代わりに敵の火力網の穴、及び残弾を少しでも消耗させてしまえばという、人道上の観点から見れば決して許されない、けれど参謀としては何処までも正しい彼のその意見に。

「不要だ」

 リゼアはその言葉を押し下げるように、片手をさっと振り下ろして答えた。

「敵の特火点の位置はおおよそ把握できた。やはり、丘と丘を射線で結んでいるようだ。それだけ分かれば十二分。あれ以上続けたところで、兵を苦しめるばかりで益は無い」

 彼女の蒼玉の双眸が向けられている先では、なおも着弾による爆発が続いている。

 しかし、そこに布陣するのはあまり密集した隊形を組まずに行動するトルクス自治領軍の猟兵たち。

 砲撃の激しさに比べれば、被害はあまり多くない。

 かつて彼女の頭を一度ならず悩ませた彼らの戦術に、リゼアは微笑んだ。

 そもそも、〈帝国〉軍が銃兵をさらに鋭兵、猟兵と二分するようになったのは彼らの戦い振りに感銘を受けたからこそだった。

 しかし、だからと言って悲劇が起こらぬわけでは無い。

 爆炎に包まれ、この世での姿を失う者は確実に存在する。

 それを目にしていながらなお、輝きを増す瞳をさっと次席参謀に振り向けると、リゼアは命令を下した。

「それでは、速やかに隷下部隊に伝達。当初の予定と変わらず、砲兵隊は前衛部隊の進軍速度に合わせ、移動弾幕射撃開始。各隊は爾後、これに協同した行動を開始せよ」

「畏まりました、閣下」

 彼女の瞳に浮かぶ光と、その美しさに胸を打たれた次席参謀は厳かに一礼した。

「では。伝令!!」

 そして、その顔からは想像もつかぬほど鋭い声を出し、伝令を呼んだ。


 次席参謀から言い渡された命令を素早く手元の書類へ書きつけた何名もの伝令将校たちが、一斉に愛馬に鞭を打ち、戦場へと駆けてゆく。

 やがて、戦場のあちこちで金管楽器による吠え声と、兵たちの挙げる蛮声が上がった。

 各隊が命令の伝達を受領した合図だった。

 6万の大部隊が、一斉に行動を開始した。


「さぁて、何処に居やがる……?」

 急先鋒を務める〈帝国〉トルクス自治領軍第1猟兵旅団長、ラミール・アルメルガー准将が舌なめずりしながら、獰猛な獣のように歯を剥き出して言った。

 飛来する全ての砲弾をこの世の物と認識していないかのように無視しつつ、敵陣に目を凝らす。

 背後で、友軍の野砲が砲弾を吐き出す轟音が轟いた。

 〈帝国〉軍砲兵部隊による全力射撃。

 それはここ数週間の〈王国〉軍の血が滲むような努力を嘲笑うかのように、火力量はほぼ互角、いや、地点によっては〈帝国〉軍が勝ってさえいた。

 その実戦経験の差を思えば当然の事ではあるが、弾着精度に至っては、今布陣したばかりとは思えないほど精密であった。


 だが、〈王国〉軍の砲撃も劣りこそすれ、負けてはいなかった。

 その理由は〈王国〉東部方面軍司令官、アーバンス・ディックホルスト大将が、防衛線の火力運用について実に明確かつ簡潔な命令を下していたからだった。

 現役兵はともかく、いや、現役兵ですら実戦経験を一度も持たない。

〈帝国〉軍からすれば新兵と大差がないのだ。

 それに輪をかけて能力が劣る、営庭から去って久しい予備役の砲兵たちに精密な射撃など初めから期待していなかったディックホルストは、それぞれの砲座に対して、この砲はあの地点、こっちの砲はあの場所に敵が来たら撃てと命じていた。

 戦況に対して半ば以上、無意味な砲撃が増えてしまうのは否めないが、とにかくこれで兵たちは考える必要が無くなっていた。

 そもそも、この作戦の構想は各防衛線で〈帝国〉軍に可能な限り損耗を与える事なのだから、結果としてはこれでも良いのだった。

 何よりもこの短期間で野戦において〈帝国〉軍とほぼ同量の火力集中を実現させる事の出来たディックホルストはまさに名将であった。

 無論、彼は素直に認めたがらぬかもしれないが、〈王国〉特有の法律、平時における武器弾薬の、些か多すぎる最低備蓄量を定めた“平時最低備蓄法”の存在も決して無視できるものではなかった。


「閣下、友軍からの支援砲撃が始まりました」

 血眼で敵陣を見据えているアルメルガーに、旅団長付副官であるアリー・ケマル大尉が耳打ちをした。

 既に開戦の狼煙は上がっている。命令の催促をしているのだった。

「よぉし!」

 アルメルガーは腰に吊っていた、祖国では伝統的な武器である反りの強い曲剣を抜き放つと、大声を上げた。

「では、全軍前へ。友軍からの支援砲撃の着弾点に合わせ、速やかに敵へ肉薄せよ!」

 移動弾幕射撃。

 それは友軍の進軍速度に合わせて、砲撃の着弾点を随時前進させてゆく戦術である。

 前進する歩兵を守るため、その前方に砲弾の雨による壁を作る、と言えば理解しやすいだろうか。

 しかし、当然、この戦術は友軍誤射の危険性をたっぷりと孕んでいる。

 数多の実戦経験を持ち、それにより練り上げられた精密な射撃技術を持っている〈帝国〉砲兵で無ければ決して実現不可能な戦術ではあるが、その危険性を完全に排除するほどの域には至っていない。

 であるからこそ、アルメルガーたちがその危険を一手に請け負う事になったのだ。

 疑問は無い。その理由は最早、説明するまでもない。

 彼らは祖国での自治を買い取るために、〈帝国〉に血の支払いを続けるより他にない。


「全軍、総攻撃開始!!」

 丘の上に立ったリゼアは自らの軍剣、細身の直剣を振り抜いて命じた。

 ほぼ同時に、厳つい顔つきの喇叭手が唇を口金に当て、あらん限りの息を吹き込んだ。

 軽快な旋律によって奏でられる〈帝国〉軍行進曲、“双頭の龍の旗の下”が戦場へ高らかに鳴り響く。

 

 こうして、凄惨な鉄と血の宴が始まった。

 〈王国〉領東部の丘陵地帯に広がる初夏の草原は、いまや地獄と同義になった。

今話、次話とちょっと分量が多くなってしまいました・・・


続きは2日後。

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