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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第二幕 〈王国〉東部防衛戦

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今まで書いてきた話の中では、今話は自分の中でもかなり綺麗に纏まったと自負しております。

 〈王国〉親征戦における、〈帝国〉軍の事実上の総指揮官であるリゼアベート・ルヴィンスカヤがその光景を目撃したのは、軍団隷下の各部隊の視察に回っている最中の事だった。

 先日着任したばかりでありながら、指揮下部隊の現状を知るために司令部を空けて動き回る事は彼女自身が望んだ事だった。

 そうした点、実に活発な指揮官であるのだが、随分と長い間、馬車に揺られ続けた彼女は退屈の極地にあった。


 その耳に、威勢の良い指揮官の号令と下士官の裂帛の怒号、そして銃声が飛び込んだ。

 弾かれたように頭を上げたリゼアは、御者へと馬を止めるように命じると、窓から首を突き出した。

 まさにお転婆な姫君そのものの仕草で、外へ向けられた彼女の目に映ったのは、丁度〈帝国〉西方領軍、恐らくはクウェルフスキ中将の第14師団に属するだろう小隊が、小さな村へ向かって突撃を仕掛けている光景だった。

「彼らは何をしているのかしら?」

 リゼアは馬車の中に頭を戻すと、向かいに座る男へと尋ねた。

 純白の布に銀糸の刺繍が施された〈帝国〉軍の近衛部隊である親衛隊の軍装を着た人物だった。

「恐らく、村に立て籠もっている叛徒の抵抗に遭っているのではないかと」

 リゼアに護衛の為に付けられた親衛隊一個中隊の指揮官である、ケレンスキィ大尉が畏まるように答えた。

「この国の村々は、各村で武装した自警団を独自に組織しているそうです。当然、一つ当たりの規模は大した事も無いのですが、村を一つ見つけるたびに銃弾を撃ち込まれるせいで、全軍の進軍速度にやや遅れが出ていると聞いております」

「ほう」

 ケレンスキィの言葉に、リゼアの蒼玉の瞳がきらりと輝いた。

「面白い。一つ、見物してゆくか」

 言葉遣いを男性の者に切り替えた彼女に対して、ケレンスキィが厳かな態度で言う。

「危険です。閣下」

「危険から私を守るのが貴方の仕事でしょう。そのお仕事をさせてあげるわ」

 軍人というよりも、どこかの大貴族に仕える執事のような態度で窘めるケレンスキィに、リゼアは快活な笑みで応じた。

 正直言って、彼女はどこまで行っても変わらない穏やかな平原が続くこの国の景色に飽き始めていたのだった。

 無論、〈帝国〉本領の荒地で育ったリゼアとしては、〈王国〉の自然豊かな風景に感動を覚えないわけでは無い。

 ただ、彼女にとっては手を離してしまえばどこまでも混沌に落ちてゆく戦場の情景の方が、よほど心躍るものだった。


「難儀しているようだな、少尉」

 顔中を渋くしながらも、彼女に続いて馬車を下りたケレンスキィを引き連れて、リゼアは村の制圧部隊を指揮しているらしい、若い少尉に親しげな声をかけた。

「いえ、大した事では……」

 面倒そうに応じた少尉だったが、目の前に居る通りがかりの馬車から降りて来た人物の、その胸元に縫い付けられた階級章を目にして、言葉を失った。

 弾けるような勢いで、彼は背筋を伸ばした。

「これは! ルヴィンスカヤ大将閣下であらせられますか!?」

「いかにも」

 少尉から送られる、畏敬に満ちた敬礼を受けつつ、リゼアは慣れたように頷いた。

 自分の知らない誰かが、自分の名を知っている事には今さら驚かない。

 常備500万から成る〈帝国〉軍の中にあっても、将官の階級にある女性は彼女ただ一人きりであるからだった。

「自分は、〈帝国〉西方領軍第14鋭兵師団第177鋭兵連隊第2中隊所属の、パヴェル・コーマル少尉であります! この大陸に軍功轟く閣下にお会いできたことは、小官一生の栄誉であります!」

「そう、それは良かった。よろしく、コーマル少尉」

 リゼアが太陽のような笑みで応じると、コーマルは頬を真っ赤に染めていや、あのともごもご口を動かした。

 そんな彼から視線を外したリゼアは、村へと目を向ける。

 中からは怒声と罵声、そして悲鳴が混じりあう喧騒が響いていた。

 先ほどの突撃に参加しなかった兵たちは苦吟の呻きを漏らすか、永遠に続く沈黙をもってその合唱に参加していた。

 生と死が生々しく対立したそれこそ、まさに戦場音楽。

 リゼアの視線に気が付いたコーマルは、気まずげな顔になると、再び背筋を伸ばした。

「ああ、いえ……その、どうやらこの村に立て籠もっている連中は付近の村々からも人数を集めたらしく。その、今までの村に比べて時間が掛かっているのは、事実であります」

 彼は恥じるように視線を落とすと、言い訳をするように言葉を続けた。

「ですが、それももう終わります。五日間続いた抵抗ですが、既に叛徒どもは弱り切っておりますから。先ほどの攻撃で、そろそろ決着が着く頃かと」

 コーマルのその言葉に、リゼアはそれはそうでしょうねと内心で嘆息した。

 たかだか農村ひとつの制圧に、一個小隊を投入しているのだから。

 これで制圧できなかったなどと言う事になれば、〈帝国〉軍史上最悪の汚点として彼は名を残すだろう。

 村の中から一発の銃声が響いた。それに一斉射撃の轟音が山彦のように答えた。

 その後にやって来たのは、気味の悪い静けさ。

「終わったようね」

 リゼアが呟くとともに、喧騒の止んだ村の奥から一人の兵が駆けて来た。

「少尉殿、制圧しました」

 兵が告げた。コーマルは頷いた。

「捕虜がおります」

 兵が続けた。

 コーマルはそれにも頷いた。

 リゼアへちらりと視線を向ける。

「会ってみよう」

 リゼアは答えた。

 背後に立つケレンスキィが、小さく溜息をもらすのが聞こえた。

 やはり、彼女はそれを無視した。


 村の中は、荒れ果てていた。

 あらゆる家の戸口と壁には真新しい弾痕が残り、その周囲には見間違いの無い生々しい赤い液体がこびりついている。

 硝煙と血臭が濃く香る戦闘直後の空気の中、戦死者の遺体は放置されたままだった。

 軍服では無く、粗末な布で作られた服を着ている死体に混じって、〈帝国〉兵の死体もある事をリゼアは確認した。

 兵に案内されるまま、リゼアたちは村の外れにある粗末な小屋の前まで来た。

 恐らくは農具などをしまっておくための倉庫なのだろう。

 製鉄の技術がそれなりに発達したこの時代でも、鉄製の農具は農民たちからすればまだまだ高級品だ。

 個人で所有できるものは少なく、多くの場合で村ごとに購入した農具を共有しているのが当たり前だった。

 小屋の前には抵抗していた農民の生き残りらしい四人の男が、〈帝国〉兵に銃を突きつけられていた。

 まともな武器、小銃を手にしているのは一人だけで、あとの三人はくわすきと言った農具を握っている。

 どうやら、中心人物であるらしい銃を握っている男は、まだまだ青年といった年頃だった。

 彼の手にしている小銃の銃床は、浴びたばかりの返り血でてらてらとぬめっていた。

 青年の足元には出来立ての死体、〈帝国〉兵だった、が自らの身体から流れ出した血だまりの中へ突っ伏している。

「どうした! 制圧したのではなかったのか!」

 コーマルが、彼らを取り囲んでいる兵たちを一喝した。

 一番近くに居た兵が、銃口と視線を逸らすことなく彼に答えた。

「それが、軍曹殿が奴から銃を取り上げようとして近づいたところを……」

「突然、殴り倒されたという訳か」

 リゼアが兵の続きを継いだ。

「はい、そうでありま……す」

 突然聞こえた女性の声に、おやとした表情で兵が顔を向けた。

 他の兵たちも同様に、リゼアへと視線をずらした。

 唖然としたような、驚きの表情を浮かべた彼らに。

「目を逸らすな。敵は未だに戦意を失ってはいない!」

 リゼアの一喝が響いた。

 慌てて、視線を戻すと銃を構え直した兵たちだったが、しかし、不意を突いた反撃は行われなかった。

 敵もまた、驚いているようだった。


 そんな彼らを観察した後で、リゼアはコーマルに声をかけた。

「少尉、少し良いか? 彼らに興味が湧いた。

「は、はぁ……」

 若い少尉は曖昧な返事を返した。

 それを了承と受け取ったリゼアは、兵に囲まれている四人の男たちへ向けて一歩踏み出した。

「私は〈帝国〉軍、リゼアベート・ルヴィンスカヤ大将である。諸君の指揮を執っていた者は誰か」

 彼女の口から発せられたのは、〈帝国〉公用語では無く、主に〈王国〉で、そして〈西方諸王国連合〉の諸国で話される事の多い西方語だった。

 リゼアの言葉に応じて立ち上がったのは、やはり銃を手にしている青年だった。

「自分であります。閣下」

 彼は、もはやそうしなければ立てないのか、小銃に縋るようにして立ち上がると、上官に対する礼説に則った敬礼を行った。

「貴官の名は?」

 リゼアは尋ねた。

 彼を貴官と呼んだのは、彼が軍人であるか、或いは軍に属した事があるのだろうと直感したからであった。

 彼女の直感は正確であった。

「ハル・フォレスター中尉であります。……もっとも、現在は予備役ですが」

 フォレスターと名乗った青年は、己の体力と気力が許す限り背筋を伸ばした。

「そうか。フォレスター中尉。既に、貴官の友軍は北へと退却したが」

「存じております、閣下」

「ならば」

 間髪入れずに応じたフォレスターへ、リゼアは一度言葉を切った。

 彼の有様を、その蒼玉の瞳に焼き付けるように改めて眺める。

 フォレスターの全身には至る所に生傷があった。肩や額に巻かれた薄汚い布にも、赤い血が滲んでいる。

 彼の周りに居る三人も、また同じだった。

 薄汚れ、傷つき、血を浴びて、血を流し、もはや何かに縋らなければ立ち上がれないほどに疲弊しているのにもかかわらず、彼らの目には未だ煌々とした戦意の光が灯っている。

「ならば、何故、貴官らはこれほどまでに抵抗した。何故、これほどまでに戦った。よもや、そのような貧弱な装備で我が〈帝国〉軍に敵うと驕ったわけでもあるまい。既に友軍から見放され、生き残る可能性も、勝利する可能性も無いだろう無益な戦いを行ったその理由は何だ?」

 リゼアの、その問いに。

「それは」

 フォレスターは、小銃に縋るのを止め、己に残された命の全てを総動員するように立つと答えた。

「それは、閣下。ここは私たちの国なのです」

 彼の言葉に、彼の後ろで完全に打ちのめされていたはずの男たちもまた、手にした武器とも呼べないような、粗末な凶器を手に立ち上がった。

「ですから、どうか。お許しを」

 フォレスターのその言葉に、男たちの膝に一斉に力が入った。

 彼は今まで杖のように扱っていた小銃を、その有様からは想像も出来ぬほど素早く構えた。

 それにリゼアはただ微笑み、頷くと目を閉じた。

「良い。さす許す」

 良い国なのだろうな。そう、思っている。


 カチンと、虚しい音が聞こえた。

 周囲で一斉に銃声が響いた。

 リゼアは目を開けた。

 硝煙が風に吹かれて晴れる頃には、哀れで勇敢な四人の男たちは、この世での全てを終えていた。


 リゼアは少し不満げに顔を顰めると、振り向いた。

「彼は装填していなかった」

 責めるような口ぶりで、短銃を握っているケレンスキィへ言った。

 青年の額に穴を穿った短銃からは、まだわずかに硝煙が揺らいでいる。

「はい」

 ケレンスキィは、リゼアに向かい当然のように頷いた。

「他の農民はともかくとして。彼の健闘は称えられるべきだった。将校としての扱いで捕虜にすれば、敵軍に関する情報も手に入ったというのに」

 けれど、恐らく彼は何も話さなかったでしょうね、という確信を抱きつつもリゼアは言った。

「ですが、万が一という事もございます。そもそも、叛徒の予備役中尉風情が〈帝国〉軍中将に対して銃口を向けた時点で万死に値する大罪です」

 ケレンスキィは短銃を腰に戻しながら続けた。

「何よりも、ミハイル殿下から直々に仰せつかっております。“我が身の如く”お守りせよと」

 彼はやはり執事のような丁寧な仕草で一礼をした。

 リゼアは溜息を吐いた。

 まったく。

 如何に私自身の、それから殿下の目的の為避けては通れぬ、仕方のない儀式とは言え、これではやり難くて仕方が無い。

 それにしても、私を個人的に護衛する為に親衛隊まで動かすなんて。

 あの坊や、一体戦場を何だと思っているのかしら。

 まぁ、良いわ。しばらくは殿下の児戯のような恋愛ごっこにも付き合ってあげましょう。

 私が全てを手にする、その日まで。

 リゼアベート・ルヴィンスカヤは、そう胸の中で、小さく微笑んだ。

続きは2日後。

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