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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第二幕 〈王国〉東部防衛戦

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感想への返信文を書くのがめっちゃ緊張する。

なんていうか、嬉しさが爆発した上に、せっかく読んで感想までくれた人にこの文章で失礼はないだろうか、とかいろいろ考えた結果、訳のわからない文章になっています。

どうか広い心で、「何言ってんだこいつ?」と許してください。

 それは第41大隊の作戦準備が進む営庭での一幕だった。

 書類仕事に飽き飽きとしたヴィルハルトは、残りをエルヴィンに押し付けて、自分は兵たちの様子を見て回っていた。


 営庭へと出て曲がった腰を伸ばしていたヴィルハルトは、本来ならばその場に居ないはずの人物を発見した。

「デーニッツ中尉」

 ヴィルハルトは眉間に皺を寄せると、その人物の名を呼んだ。

 軍人にしてはいくらか恰幅の良い腹回りと、ふてぶてしい顔つきをしている男が振り返る。

「大隊長殿」

 そう敬礼したのは、大隊砲兵中隊長であるデーニッツ中尉だった。

 小銃を肩に担いでいる。

「こんなところで何をしている」

 ヴィルハルトは不機嫌に言った。

「我々は森を超えて敵陣を突破する。砲兵は連れて行かないと、作戦説明時に言ったはずだが。小銃など担いで、何の冗談だ」

 今回の任務は迅速さが必須になる。

 足の遅い砲兵を連れてゆくわけには行かなかった。

 木々によって射線の遮られてしまう森に砲を入れたところで無意味という事もある。

 何よりも、練成に時間の掛かる砲兵は今の〈王国〉軍にとって一人でも多く欲しい人材だ。

 そうした判断から、ヴィルハルトは大隊砲兵中隊を司令部直轄として残して行く事を決定していた。

 その指揮官であるデーニッツが、何故、小銃などを持ってこんな場所に居るのだろうか。

 様々な疑問に顔を顰めているヴィルハルトに対して、デーニッツはにやりと笑うと言った。

「いえ、何。自分もどうか連れて行ってはもらえないかと、今しがた大隊長殿にお願い申し上げようと思っていた所なのですよ」

 ヴィルハルトはますます不機嫌な顔になった。

 彼が何かを口にしようとするのを見て、デーニッツが先手を打った。

 ヴィルハルトを押しとどめるように手のひらを突き出す。

「まぁ、まずは聞いてください。分隊や小隊の指揮を下士官に任せたとしても、それにしたってまず将校の数が足らんでしょう? それに自分は貴方の下で白兵の訓練も受けていました。邪魔にはならないと思っとります」

 今回の任務は、その性質上、新たな増員、それも新兵か予備役から復帰したばかりの兵ばかりを受けいれても無意味であるため、結果、作戦に投入できる戦力はわずかに人員の欠けた三個中隊。

 480名ほどの兵、そしてヴィルハルトを含めた10名の将校。

 確かに、指揮官が足らぬどころの話ではない。

 だとしても、自分よりも年上の部下であるデーニッツのその言葉に、ヴィルハルトは不機嫌さを忘れて不思議そうな顔になった。

 砲兵たちに白兵の訓練をさせたのは確かだが、それは最悪の事態に陥った時でも最低限の自衛が出来るようにと考えただけであって、あくまで彼らの本来の任務から逸脱した仕事をさせるつもりでは無かったのだが。

 それを置いても、ヴィルハルトにはもっと単純な疑問があった。

「何故、そこまでして戦おうとするのだろうか、君は」

 彼の、本当に分からないという口調でされたその質問に、デーニッツは一瞬、戸惑ったような表情を浮かべた。

 それから照れたように頭の上に手を置くと、言った。

「そりゃあ、国の為とか将校の義務とか理由は色々ありますが……自分の場合、一番の理由は貴方への恩返しですよ。大隊長」

「恩を売った覚えはないが」

 デーニッツからの返答に、ヴィルハルトはさらに首を捻った。

 それに、デーニッツは不敵な笑みを浮かべると、丁寧な口調で説明した。

「この大隊に来てからの三年間は、兵器廠の倉庫番をして、いじけているよりもよほど楽しい毎日でした。そんな日々を与えてくれた貴方に対する恩返しですよ」

 それは彼にとって、本当の事だった。

 幼いころから頭の巡りが早かったデーニッツは、その頭脳を認めた故郷の村の篤志家による援助によって初等教育を施され、どうにかこうにか、士官学校の平民枠に収まった。

 だが、そこからの軍歴は決して華々しさとは無関係であった。

 昇進が遅れているのは本人の態度によるところが大きいが、平民出身らしく31にもなって未だに中尉。

 三年前、ディックホルストの鶴の一声で新設された、怪しげな実験部隊に送り込むには適任だと思われたのか、兵器庫の倉庫番として飼い殺しにされていたところを、唐突に第41大隊への配属が決まった。

 以来、彼の退屈と後悔に満たされていた毎日は終わりを告げ、夢のような日々が始まった。

 戦争が始まるまで、この大隊に配備されていたのは旧式の騎兵砲が二門きりだったとはいえ、他所の部隊であれば形式的な射撃訓練を年に一、二度、多くても数か月に一回というところを、望めばほぼ毎日実弾での射撃訓練が許された上、いざ演習ともなれば実戦さながらに撃ち放題とくれば、これが楽しくないわけが無い。


 彼らが扱う大砲と言う兵器は、一般的には無骨で粗野な想像をされる事が多いが、その使い手たる砲兵たちは軍の中でも科学、特に算術に理解を示す者たちが多く配属されている。

 何故ならば、砲術とは一つの算学であるからだ。

 砲口から撃ちだされた砲弾が、どのような曲線を描いて飛ぶか、何処へ落ちるか。

 そして、狙った場所へ落とすにはどのような方向で、どれだけの仰角を取ればよいのか。

 その為には火薬の分量から砲弾そのものの大きさ、重さ、そして天候や風速に至るまで、あらゆる条件を加味した実に複雑な計算が必要とされるのが、大砲という兵器だ。

 よって、砲兵とは軍の中でも極端に専門化された、一種の科学者の集団と呼んでも良い。

 これが彼らの錬成に時間の掛かる理由だった。

銃兵ならば一年鍛えれば良い所を、使い物になる砲兵を育てるには三年は必要だとされている。

そして、あらゆる科学は理論の下、実践の繰り返しによってのみ研鑽されてゆく。

隊の予算を半分以上食いつぶしてまで、実験的な実弾射撃訓練を許可されていたこの大隊は、まさに砲兵士官であるデーニッツにとっての楽園であったのだった。


「そんなものかな」

 やはり、良く分からないという顔でヴィルハルトは言った。

「そんなものですよ。人が他人に好意を抱く理由なんて」

 デーニッツが答えた。

「それに、気付いていますか、大隊長。兵らは皆、やる気に満ちています」

 そう、彼は腕を広げた。

 デーニッツが示した先には、兵たちが歩いていた。

 誰もが固い決意を浮かべつつ、しかし隣を歩く戦友と笑いあっている。中には大口を開けて馬鹿笑いをしている者までいた。

 とてもではないが、これから余りにも強大な敵の軍団の真っ只中へ突撃を仕掛ける者たちの態度とは思えない。

「確かに、危険な任務です。成功の見込みもあるのかどうかも分からない。ですが、それが何だというのですか?」

 デーニッツは言った。

「成功さえさせれば、国を救った英雄になれる。彼らは皆、そう思っとるんですよ」

 まぁ、私も同じですがとデーニッツは付け加えた。

「英雄か」

 ヴィルハルトはデーニッツの言ったその単語を、まるで遠い異国の言葉のように発音した。

 何かに耐え切れなくなったように、軍帽を深く被り目元を隠した。

「成程。よろしい。デーニッツ中尉、貴官の同行を許可する。第2中隊に付け」

「はっ。有り難くあります!」

 デーニッツは勢いよく踵を合わせると、閲兵を受けるかのような敬礼を行った。

 ヴィルハルトはさっと答礼し、足早にその場から逃げ去った。

「英雄だと」

 兵舎に、無理を言って用意してもらった執務室へと戻る途中、誰にも聞こえないような声で彼は吐き出すように言った。

 英雄。英雄だと。

 意味が分かって言っているのか。馬鹿野郎。

 戦場で英雄と呼ばれる者はただ大量殺人を成したか、あるいはそれを殺した者を指すことを。

 そんなものの為に、そんなものになるために、命を賭ける価値があるのか。死ぬ意味があるのか。

 そもそも、殺す理由になるのか。

 畜生。誰も彼も。

 英雄。英雄。英雄だと。

 そんなものは大嫌いだ。


 内心を吹き荒れる黒々とした感情に晒されながら、しかしヴィルハルトには分かっていた。

 兵たちがそう考えるように、いや、そう思い込むように仕向けたのは自分自身に他ならないと。

 だからこそ、彼は。

 ヴィルハルトは空を仰いだ。

 初夏のどこまでも続く紺碧の空に、重量感のある雲海がゆったりと流れている。

 俺は。

 その空とは正反対の感情を胸に抱きながら、ヴィルハルトは大きく息を吐きだした。

 俺は、騙しているのだ。欺いているのだ。

 彼らを進んで、地獄へ突撃させるために。

 何故か。それが俺の背負った責務であり、担った役割だから。

 いや、本当にそうか?

 ああ、俺は。


 ――最低だ。

続きは二日後。


あ、だからって感想はいらないとかそういう話じゃないです。はい。

むしろウェルカム。

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