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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第二幕 〈王国〉東部防衛戦

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「ところで、少佐」

 〈王国〉軍大将、アーバンス・ディックホルストは少佐という階級名を強調して発音しながら、ヴィルハルトへと呼びかけた。

「到着早々、司令部に顔を出すくらいなのだ。君には何か考えがあるのではないかね?」

 その目には何処か、期待するような光があった。

 先ほどヴィルハルトの示したものを、見極めようとしているようだった。

「はい、閣下」

 ヴィルハルトは腰を折ると、丁寧に応じた。

 しかし、次の瞬間に口に出された言葉には、慇懃無礼の極みのような響きがあった。

「今回の防衛線、縦深防御という作戦ですが、そこにもう一つ、我々が勝機を掴むための一手を加える事が出来ると、小官は愚考しております」


 勝機。

 彼はそう口にした。

 決して“勝利”では無いが、現在の〈王国〉軍の置かれた状況、圧倒的多勢を前にした少数が口にする言葉としてこれ以上の希望はなかった。

「……と、言うと?」

 ディックホルストは無理やり唾液を飲み込み、乾いてしまった喉をどうにか湿らせると、尋ねた。

「そろそろ、自分の大隊には本来の任務を与えてはいただけないでしょうか」

「本来の任務……つまり、」

 何かを思い出したように、ディックホルストの目が見開かれる。

「はい。閣下が防衛線を指揮なさっている間に、我々は敵の目を盗み、前線のその後方へと潜り込みます。そして」

「敵の補給線を叩く」

 ディックホルストが先走った。

 ヴィルハルトは首を振った。

「はい。閣下。いいえ、そうではありません」

 彼は軍隊で叩きこまれた上官への返答、はい・いいえの形式で応じた。

「確かに補給線を断てば、前線の〈帝国〉軍は弱体化するでしょう。しかし、我々には、〈王国〉軍には、より高価値な目標が存在すると自分は判断しています」

 ヴィルハルトは言った。

 凶悪な目つきのその奥に、異様な光が灯った。

 それは狂気に近かった。

「それは、何だね」

 背筋に冷たいものを走らせながら、シュトライヒが尋ねた。

 初夏の熱気だけでは説明のつかない汗が、その額に浮かんでいる。

「敵軍の司令部です」

 ヴィルハルトはその問いに、傲然と答えた。

 そして、傲慢と狂気をちらつかせながら続ける。

「我が大隊は〈帝国〉軍総司令部、いえ、それが不可能でも、敵総司令官の排除を目的に行動します。上手く行けば、それでこの戦争は終わるでしょう」

 彼の脳内に秘されていた構想を聞いた二人の〈王国〉軍将官は唖然としていた。

 上官二人の、そのような態度を歯牙にもかけず、ヴィルハルトはさらに言った。

「幸いにも、この辺りの地理は熟知しております。野戦軍が司令部を置くのに適している地形はそう多くありません。主戦場がこの町を中心としたものになるならば、大体の見当もつきます。後は、閣下が出来うる限り前線での戦闘を長期化、可能であれば激化して頂ければ……」

「もうよい、話は分かった」

 ヴィルハルトの言葉を遮るように、ディックホルストが片手を上げながら答えた。

 上げた手をそのまま、顎へと持ってゆく。

「……なるほどな。確かに、如何な〈帝国〉軍であろうとも戦地で突如として司令部を失えば、混乱は避けられまい。それに敵の司令官は十中八九、〈帝国〉六元帥の誰かだろう。その一角を失った衝撃は、〈帝国〉軍にとって看過出来るものでは無い。貴官に対して危険を多く背負わせる事になる作戦だが。あとはわしが余程の失態を犯さぬ限り……」

 そこまで、思考を口に出した途端、あることに思い至ったディックホルストは大口を開けて笑い始めた。

 目の前の少佐が、彼が与えた大隊で部下の将校に対して示したという態度、その噂を思いだしたのだった。

「つまり、貴官はわしも試しているのだな」

 実に楽しそうに、彼はヴィルハルトへ言った。

「いえ。決してそのような、余りにも畏れ多い事です」

 ヴィルハルトは目元を隠すように軍帽を深く被って答えた。

 ディックホルストは上機嫌にふんと鼻を鳴らした。

「よろしい。シュルツ少佐。貴官の提案を採用する」

「有り難くあります、閣下」

 ヴィルハルトは再び、丁寧に頭を下げた。

「作戦の発動時期、及びその全指揮は貴官に一任する」

 ディックホルストは頷きながら椅子の上で背筋を正すと、まさに一軍の司令官としての態度で命じた。

「発令する。ヴィルハルト・シュルツ少佐。貴官は大隊長を務める〈王国〉東部方面軍独立捜索第41大隊を率い、敵軍総司令部へと攻勢をかけ、これを撃滅せよ」

「承りました、東部方面軍総司令官、ディックホルスト大将閣下」

「ただし、その前に休養を取り補給を受けろ」

 ディックホルストはそう言うと、顎で退室を促した。

「はい。では、自分はこれで部隊に戻ります」

 ヴィルハルトはディックホルストとシュトライヒへ敬礼を捧げると、失礼しますと身を翻した。


 ヴィルハルトが退室しようと、扉に手を掛けた途端であった。

 彼がそうするよりも早く、扉が開いた。

「失礼致します、閣下。ご報告が……」

 そこに立っていたのは、一人の女性士官であった。

 胸元に抱いている大量の書類から目を上げた彼女は、ヴィルハルトを認めるとわずかに目を開かせた。

 ヴィルハルトもまた、突然目の間に現れた女性士官の顔に顔を顰めていた。

 その彼女は女性というよりも、まだ少女であった時間の方が長い年齢であるようだった。

 短く整えられた柔らかなとび色の髪と、その相貌に輝く翡翠の瞳が、快活な少年のような印象を抱かせる。

 と、ふっと突然、ヴィルハルトの目の前から彼女の顔が消えた。

 慌てて視線を落とすと、自分に向けて小さく下げられた彼女の後頭部が見えた。

「これは、失礼いたしました。ノックもせずに」

「ああ、いや」

 ヴィルハルトには、彼女に見覚えがあった。

「気にしないでくれ、スピラ中尉」

 その言葉に頭を上げた彼女、カレン・スピラ中尉はその少女のような、少年のような顔に笑みを浮かべた。

「私の名前を憶えておいででしたか、シュルツたい、いえ、少佐にご昇進なさったのでしたね」

 おめでとうございますというカレンの祝福の言葉に、ヴィルハルトは視線を彼女から逸らしつつ応じた。

「東部方面軍司令官付の副官の名前を忘れるほど、俺は不躾な男ではないつもりだが」

 顔だけは彼女に向けながら、可能な限り視線を合わせようとはせずに、ヴィルハルトはそう言った。

 それに、確か。

 彼女はディックホルストの養女として育てられたという話を思い出していた。

 17年前の、あの〈帝国〉軍の襲撃で両親を失ったという噂だ。

 そんな彼女に、ヴィルハルトはどのような感情で接したら良いのかが分からない。

「まぁ」

 だが、カレンはヴィルハルトのそうした態度も気にせず、クスクスと笑った。

 そうすると、彼女の顔は本物の少年のような明るさに満ちた。

 この差は何なのだろうかと、一瞬ヴィルハルトは疑問を抱いた。

 だが、その疑問はすぐに消えた。

 理由など分かり切っているじゃないか。

「少佐殿のご活躍を、私も耳にしました。今後のご武運も、お祈りしています」

 カレンはまったく邪気の無い表情で、彼に敬礼を送った。

「有難う。俺が祈らない分まで、君が祈っておいてくれ」

 ヴィルハルトは答礼を返した。

 承知しました、少佐殿と答えたカレンは、道を開けるように一歩、後ろに引いた。

 ヴィルハルトはその隙間から逃げるように、そそくさと歩き去った。

続きは2日後。


最近、自分の書いている話が面白いんだか面白くないんだか分からなくなってきているのと、本当にこれでいいのかと疑心暗鬼に陥っているので、よろしければポイント評価のほうを何卒、お願い致します。

切に。切に。どうか。助けると思って・・・

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