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気付いたら書き溜めが割と溜まっていたので、やっぱり二日に一度の更新でやってみます。
作品紹介を直してない自分に対する戒めでもあります。
全話の前書きを信じた方には、速攻で手のひら返して申し訳ありません。
「ではまず、我軍の状況についてご説明を致します」
〈帝国〉遠征軍が司令部として使っている交易街ハンザの市庁舎内にある、大きな円卓の置かれた会議室へ集まった師団長以上の者たちに、いや、正確には円卓の上座に座るミハイルただ一人に対して、戦況図の張られた立板の前に立ったダンハイムは恭しく口を開いた。
「殿下のご到着とともに、増援と補給を受けた我が先遣隊の隷下師団は、その全てが完全充足。また、新たに〈帝国〉本領軍より第3鋭兵師団、第44重鋭兵師団、第21騎兵師団、第56重装騎兵師団、第6猟兵師団、第17砲兵師団を受け入れ、総勢21万の軍団へと膨れ上がりました。以降、我が軍は親征軍と呼称されます」
そこでダンハイムは、そっと腰を折った。ミハイルはそれに頷いた。
「先遣隊たる西方領軍諸部隊を第一軍、余とともに到着した本領軍諸部隊を第二軍とし、両軍をもって親征第一軍団とする」
西方領軍の師団長たちが口ぐちに「おお」とどよめいた。
彼らの興奮したような表情を眺めながら、上手いものねとリゼアは思った。
ミハイルは自らが率いて来た本領軍を第二として、第一の称号を西方領軍に与える事で先陣を切った彼らに報いたのだった。
無論、それは単純な呼び分けの為の数字ではあるし、あくまでも本領軍が主力の中核を担うだろう事は変わりがない。
ただ、ミハイルによって第一軍との名誉を賜る事で、西方領軍の面子を保つという配慮がなされた事は大きい。
これで彼らは忠誠心新たに戦争へと臨むだろう。
成程、第三皇太子は武よりも文に長けるという宮中での噂は真実であったようだと、リゼは内心でほくそ笑んだ。
国家開闢より続く版図拡大という国策が頭打ちになりつつある現在の〈帝国〉において、ミハイルはまさしく次期皇帝として最優であると彼女は判断していた。
いや、彼女だけでは無い。
重臣たちの中にも、表立って口にこそしないがそう考えている者が幾人か居た。
今後の〈帝国〉で重視すべきは対外戦争、新たな領土の獲得よりも、まずもって内政の整備による更なる国力増加を図るべきだというのが、彼らの統一意見であるのだった。
度重なる辺境での叛乱など、国内の不安要素は挙げ始めれば枚挙に暇がない上、日々募るばかりである。
そうした視点で見れば、ミハイルの上に居る二人の兄はどうにも武張り過ぎていた。
確かに将帥としての才覚もまた、皇帝たるには不可欠な要素であるのだろうが、今や大陸世界最大にまで膨れ上がった〈帝国〉軍の戦力と参謀組織を持ってすれば、多少の無能などどうとでもなってしまう。
リゼアは、己が望む〈帝国〉の未来に想いを馳せた。
ミハイルとは、帝都からここへ来るまで付き合いしかないが、その人となりについてはそれなりに理解したつもりであった。
皇帝の妾腹の子であるというミハイルは、その生まれ故に弱者への憐憫に事欠かない。
反対に、貴族たちに対する心証は芳しくない。
妾腹の生まれだというだけで軽蔑する者も少なくは無いからだ。
事実、次期皇帝を擁護しようとする貴族たちの中で、彼に付くものは上の兄二人に比べればあまりにも心もとない。
であるならば、彼が帝位につくために、ついた後に行うだろう事は弱者、〈帝国〉の一般臣民たちのより自由な権利を認め、より積極的に国家の要職に取り立てる事だろう。
文知に優れる皇帝の下で統制され、万民が一体となった〈帝国〉。
生まれの貴賤に囚われず、能力のある者を採用し、それに見合った地位を与える。
それが〈帝国〉に、〈帝国〉軍に齎す恩恵はいかほどであろうか。
無論、その〈帝国〉で軍権を持つのはこの私。
そうなれば、〈西方諸王国連合〉など何のことも無い。
問題は。
問題は、ミハイルが未だ帝位継承権を持っていない事だった。
武によって現在の地位へと付いた現・皇帝が第二子、即ち第二皇太子誕生の際に、“帝位を継承し得るのは、臣とともに戦野を駆け、自らの手で軍功を挙げた者でなければならない”という言葉を発した事が原因であった。
帝位継承権を掴む為には、彼らは自らの手で軍を率い、それなりの勝利を得ねばならないのだった。
上の二人は、既に獲得している。
彼らは既に、帝位を得るための政争を開始していた。
ミハイルと、彼を帝位に付けたがっている者たちにしてみれば、彼らに乗り遅れるわけには行かなかった。
だからこそ、今回の親征が決定されたのだ。
つまり、この小さな〈王国〉という国は、ミハイルが帝位継承権を得る為に必要な儀式を行うための生贄であるのだった。
「第一軍団長は先に申した通り、ルヴィンスカヤ中将を任じる」
ミハイルの言葉に、どよめきがぴたりと止まった。
ああ、もう一つ問題があった。
私が彼らから司令官として認められるかどうか。さて、どうかしら。
ただし、言葉ではそう考えていても、リゼアの心はその事について、全く問題だと捉えてなどいなかった。
「総兵力、21万。このような小さな国に随分と豪勢なものだ」
場の空気の全てを無視して、彼女はただ面白そうに、そう呟きを漏らした。
「これでは私が指揮するまでも無く、叛徒の軍勢に勝ち目など有りようも無いでしょう、元帥閣下」
リゼアがまるで世間話を振るようにミハイルへと話しかけたのを見て、ダンハイムの顔がぎりっと歪んだ。
如何に公爵家の出であろうとも、如何に軍功抜群の将軍であろうとも、神聖不可侵たるべき皇帝の直子であるミハイルに対して軽々しく口を開く彼女が許せないのだった。
「ルヴィンスカヤ中将、説明はまだ途中です。どうか、御発言は今少しお待ちいただきたいのですが」
彼は冷たい声でそう告げた。
「あら、ごめんなさい」
するとそれまでの男言葉を一転させて、リゼアは悪戯を咎められた少女のようにはにかんだ。
その無邪気さとあどけなさに、本領軍の歴戦の師団長や将軍たちの顔に父親のような慈愛の笑みを浮かべさせた程だった。
どうやら彼らは西方領軍の者と違い、リゼアに対して好意的な感情を持っているらしかった。
ミハイルもまた微笑みを浮かべていた。
ただし、それは慈愛というよりも異性に対する情愛に近い笑みであった。
ダンハイムが、その雰囲気を吹き飛ばすような咳払いをした。
「では、第1、2軍の指揮官に関してですが、第1軍司令官にはマゴメダリ・ダーシュコワ中将を充てたいと思います」
突然の名指しに、ダーシュコワは慌てたように立ち上がった。頭を下げる。
「よい」
それにミハイルは、元帥としての態度で頷いた。
「小官には身に余る光栄でございます。殿下」
ダーシュコワの声は僅かに震えていた。
「第2軍司令官には、アドラフスキ大将を充てる。良いな、アドラフスキ?」
「全身全霊でお受けいたします」
ミハイルの言葉に、タカのような目をした大将が立ち上がり、さっと一礼をした。
そのまま、何事も無かったかのように席に着く。
その顔からは、自分よりも階級の低いリゼアの下に付く事に対する不満は微塵も感じられなかった。
この温度差は何なのだろうかと、西方領軍指揮官たちは訝しんだ。
それに決着をつけるように、ミハイルが更なる言葉を発した。
「では、一応の配置が決まったところで、軍団司令官となるルヴィンスカヤ中将の階級が足らぬと考える者もいるだろう。よって、私は此度の軍に対する最初の命令を発令する。〈帝国〉軍中将、リゼアベート・ルヴィンスカヤを、現時点をもって即刻〈帝国〉軍大将に任命する。これは、〈帝国〉第三皇太子たる余の決定である」
その展開に、再び西方領軍指揮官たちは絶句した。
だが、リゼアは彼らの反応に取り合わなかった。
「謹んで、拝命いたします」
彼女は実に華麗な敬礼で、それに応じた。
「卿らにも、異論はないようだな」
ミハイルは居並ぶ指揮官たちの顔を見渡すと、満悦といった様子の笑みを浮かべた。
言われている彼らにしてみれば、〈帝国〉第三皇太子として発せられた言葉に対してどのような異論を挟めというのか。
彼らは〈帝国〉に君臨する皇帝の威光に対しては、ただただ平伏し、服従するよりも他にない。
「ダンハイム、続けよ」
一人、上機嫌な様子でミハイルはダンハイムを促した。
「はっ。それでは、編成の詳細については軍団長であるルヴィンスカヤ、大将と、両軍の司令官にお任せするとして。続いて、戦況のご報告に移らせていただきます」
ようやく我を取り戻したダンハイムは、努めて内心の混乱を表情に出さぬように口を開いた。
「我が軍は初戦において完全なる勝利を収めました、が……。ここからの説明は他の者に任せます。アルメルガー准将!」
名を呼ばれた、円卓の一席では無く、部屋の壁際に用意されていた椅子へ腰を下ろしていたラミール・アルメルガー准将は苦い顔を浮かべつつ立ち上がった。
嫌な事は全部、他人まかせって事かいと内心でダンハイムを罵りつつも、彼は戦況図の張られた立板の前に進み出た。
「あー、じゃない。ええと、ご説明の任を仰せつかりました、小官は〈帝国〉軍准将を任じられております、ラミール・アルメルガーと申します。以後、お見知りおきを……」
「お好きな言葉を使いなさい、ラミール」
アルメルガーのちぐはぐな言葉遣いに、リゼアがころころと笑いながら言った。
「お久しぶりね、アルメルガー将軍。貴方の人物はよぅく知っています。殿下もきっと、お気になさらないでしょう」
アルメルガーをかつての、祖国での呼称で呼びながら、彼女は同意を示すようにミハイルへと視線を向けた。
ミハイルはこれに首肯で応じた。
「准将。卿を此度の陣営に加えるよう望んだのは彼女だ。卿の扱いは彼女に任せている。構わぬ、好きな言葉を選ぶが良い」
「畏れ多くも殿下よりお許しを賜るとは、身に余る光栄であります」
アルメルガーはミハイルに対して、最敬礼を行った。
そして顔を上げる。
かつて、己を降した、祖国を滅ぼした張本人である女性に、にやりと笑みを向けた。
「実にお久しぶりですな、姫様。相変わらず、ご活躍なさっているせいで」
「ええ、それなりにね」
リゼアはアルメルガーに対して片目を瞑って言った。
「貴方が我が〈帝国〉に降ってからずっと、私は貴方を自分の幕営に加えたくて仕方が無かったのよ。ようやく、その望みが叶ったわ。これも殿下のお陰ね」
「それは恐悦至極」
花が咲く様な笑みを浮かべたかつての怨敵に、アルメルガーは実に芝居じみた一礼を送った。
ごほんと、彼らに割り込むような咳払いが聞こえた。
「アルメルガー、ご報告の続きを。ルヴィンスカヤ大将も、お戯れが過ぎますぞ」
ダンハイムだった。
氷のような鋭利な双眸に、激情の炎がちらついている。
悪ふざけもここまでだなと、アルメルガーは頭を掻いた。
続きは2日後。




