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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第二幕 〈王国〉東部防衛戦

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お待たせしました。更新再開です。

ただ、書き溜めがあまりないのでしばらくは月曜、金曜の週二日更新でやらせてください。

(⬆ これ、嘘になりました)

どうか、よろしくお願いします。


とにもかくにも、いよいよ戦争は本番。

 ヴィルハルト・シュルツ率いる〈王国〉軍独立捜索第41大隊が初戦を終えてから五日後。

 〈王国〉へと攻め込んだ〈帝国〉軍が現在、その司令部を置いている〈王国〉東部国境域、交易街ハンザには師団長を始めとする高級将校たちが一堂に集まっていた。

 町の入り口から、彼らが一列に居並んだ市庁舎の中庭へと続く街の大通りには、その両脇を固めるように兵たちが整列していた。

 誰一人として微動だにせず続く、兵たちの整列が続く大通りには、面している建物の至る所で〈帝国〉旗がはためき、静かな興奮が着実に募って行くその雰囲気は、閲兵式か、いや、むしろ何事かの式典に近い。

 その催しの主賓となる人物の影が街の入り口、レンガによってアーチ状に組まれた門の向こう側へ薄っすらと浮かび上がる。

 それを認めた場の責任者の合図で、控えていた軍楽隊が一斉に、盛大な演奏を始めた。

 金管が上げる高らかな音色と、打楽器による重低音が織りなす荘厳なその響きは、〈帝国〉初代皇帝の戴冠を讃えて作曲されたものであった。

 “聖帝の御世よ、永遠なれ”と題の打たれたその楽曲は、〈帝国〉で行われるあらゆる式典、祭典の折に演奏されるため、〈帝国〉に住む者たちの中に知らぬ者は居ない。

 壮大にして、荘厳な演奏の始まった街の中へと最初に足を踏み入れたのは、一本の剣に双頭の赤い龍が絡みつく、〈帝国〉旗を手にした徒歩の旗手であった。

 彼の手にする旗が、西風に吹かれて翻った。

 それに先導されるようにして白馬に跨りアーチをくぐったのは、白色に金糸の刺繍が施された装飾の上から赤いマントを羽織った人物であった。

 陽光を受けて太陽のように輝く金髪。いささかの狂いも無い造形の面立ちに浮かぶ典雅な表情。それでいて、鍛えられ、引き締まったその体躯。

 再びの西風が吹いた。

 その人物が羽織るマントが風を受けて膨らむと、内側に描かれた紋様を衆目へと露わにした。

 一本の剣に絡みつく双頭の赤い龍。〈帝国〉旗と同じ、皇帝家の紋章。

 それを身に着けることが許されるのは、〈帝国〉広しといえどただの四人。

 皇帝その人と、その継承権を持つ三人の直系の男子のみ。

 彼が目の前を通るとともに、兵たちは一斉に手に持つ武器を掲げた。

 街中に響き渡る楽曲に覆い被るように、“〈帝国〉万歳”の唱和が徐々に大きくなってゆく。

「万歳! 万歳!」

「〈帝国〉万歳!!」


「〈帝国〉第三皇太子、ミハイル・ニコライヴィチ・ロマノフ殿下、万歳!!」


 今や滅亡の道を辿り出した〈王国〉へと、その滅びを齎すために、〈帝国〉遠征軍の総司令官が遂に到着した。


 万雷の喝采を浴びながら、数多の臣下を引き連れた〈帝国〉第三皇太子、〈帝国〉軍元帥、そしてこの度の〈帝国〉遠征軍総司令官である、ミハイル・ニコライヴィチ・ロマノフは、先遣隊を率いた諸将の居並ぶ交易街ハンザの市庁舎、その中庭へとやって来た。

 彼を待ち構えていた高級将校たちが、一斉に跪く。

「ご到着、心よりもお待ちしておりました。ミハイル・ニコライヴィチ・ロマノフ殿下」

 〈帝国〉軍参謀長、マラート・イヴァノヴィッチ・ダンハイム大佐が始めに口を開いた。

 皇太子を出迎えているのだから、この中で最も爵位の高い彼が率先するのは当然の事だった。

「出迎え、ご苦労である。ダンハイムよ」

 ミハイルは、そうした生まれで無ければ絶対に出来ない、雅さに満ちた発音で口を開いた。

「はっ。そのお言葉だけで、無上の喜びにございます」

 名を呼ばれたダンハイムは、全身を歓喜に震わせながら応じた。

「他の者も、ご苦労。立つが良い」

 ミハイルの言葉を受け、跪いていた諸将が一斉に立ち上がった。

 直立不動の体勢だが、顔だけは伏せるようにしている。

 末子とはいえ、皇帝家。許しなく顔を拝む事は出来なかった。

「長旅で、さぞお疲れでしょう、殿下。まずはどうぞ、中へお入りください。殿下をお迎えするにはあまりにも粗末な建物ですが、内装と調度の品は整えさせてございます」

 ダンハイムが半直角に腰を折りながら言った。

「ダンハイム。今の、この余は一軍の司令官である立場だ。皇太子に対する礼は不要である。一軍人としての態度を示せ」

「畏まりました。元帥閣下」

 ダンハイムは再び、最敬礼で答えた。

 その態度に、ミハイルは優雅に眉を動かすと、まぁ良いかと呟いた。

「休息は後で良い。余はまず、軍司令官として戦況報告を受ける事を望む」

「では、すぐに」

 そう応じたダンハイムが顔を上げると、ミハイルに続いていた臣下たちの中からこちらへと歩み寄ってくる者が居た。

「殿下、あの方は」

 ダンハイムが眉間に険悪な皺を刻みながら小さく言った。

「おお、そうだ。卿らには彼女を紹介しておかねばなるまいな」

 ミハイルはそう言うと、歩み寄って来た女性を受け入れるように両腕を広げた。

 それは豊満な肉体を〈帝国〉本領軍の赤い制服に身を包んだ、明るい金色をした長い髪を風にうねらせている女性だった。

 顔には未だあどけなさを残しながらも、蒼玉の瞳と口元に浮かべた笑みからは、何者にも屈しないだろう意志の強さが伝わってくる。

 ダンハイム以外の諸将たちが、一斉に小さくどよめいた。

 ミハイルに紹介されるまでも無かった。

 その女性に、ダンハイムを始め彼らには一人しか心当たりが無いからであった。

「こちらは、リゼアベート・ルヴィンスカヤ中将である」

 ミハイルは世に二つとない宝物を誇るかのように、横へ立ったその女性の名を諸将に告げた。

 彼女、リゼアはダンハイムたちへ洗練された仕草で敬礼を送ると口を開いた。

「お初にお目にかかる。殿下のご紹介の通り、私はリゼアベート・ルヴィンスカヤ。女の身ながらも、皇帝陛下の藩屏の一人として、畏れ多くも〈帝国〉軍中将に任じられております」

 その口から発せられたのは、この世の男性のほとんどを魅了してやまないだろう、音楽的な響きのある声は女性そのものであるにもかかわらず、口調は男性のそれであった。

 場に居並ぶ師団長たちが次々に、上位者に対する礼を行った。

 ダンハイムですら、最後ではあったが、彼らと同じように礼を行った。

 参謀長であるダンハイムとは違い、師団長に任じられる者は全て中将の位に在る。

 であるから、当然。その礼は同階級である彼女に対してでは無かった。

 彼女の家名に対してであった。

 ルヴィンスカヤ公爵家。

 それは〈帝国〉における重臣中の重臣であり、皇帝家とも血の繋がりを持つ名家中の名家であるからだった。

 ダンハイムの持つ侯爵位よりも上位。

 〈帝国〉において三つしかない爵位の最上級である公爵家。

 その上には、ただただ皇帝が君臨するのみ。

 そして、当代のルヴィンスカヤ公爵の一人娘と言えば、〈帝国〉軍唯一の女性将校として知らぬ者は居ない。

「ルヴィンスカヤ中将について知らぬ者は卿らの中に居ないだろうが」

 リゼアの自己紹介を実に嬉しげに聞いた後で、ミハイルが口を開いた。

「彼女こそが、我が〈帝国〉に反乱を繰り返していた東方、南方の諸部族を平定し、“辺領征伐姫へんりょうせいばつき”との異名を持って讃えられる我が軍の至宝。その将才と軍功は卿らも聞き及んでいる事と思う。此度は、余の求めに応じて極東征伐の最中に在りながらも馳せ参じてくれた」 

「ミハイル殿下の下、聞きしに勝る名将たちと轡を並べられる事は身に余る栄誉であります」

 彼女は再び、優雅に一礼した。

 師団長たちの顔に、微妙なものが浮かんだ。

 辺領征伐姫の名を知らぬわけが無かった。

 彼女の成した事、その軍才はもはや〈帝国〉軍内に一つの神話として語られている。

 それに加えて、〈帝国〉最上位の爵位。

 どうやらこの戦争において、彼らはただの添え物に過ぎないという事が分かったからであった。

 そして、次の瞬間、ミハイルの口からは衝撃的な一言が発せられた。

「余は彼女に、此度の軍の総指揮を委任するつもりである」

 その言葉を聞いた全員に、動揺が走った。

 彼らはそれを長年の教養と経験、そして意地で表面に出す事は無かったが、彼らの無言は内心を隠しきれなかった。

 当然だ。一軍の総指揮権を中将に与えるなど、異例中の異例であるからだ。

 ダンハイムに至っては絶句に近かった。

 ただしこれは、事実上の総指揮権をミハイルが手放した事についてでは無い。

 〈帝国〉軍大元帥である皇帝と、その直系である三人の皇太子もまた元帥の位を持つが、これは最高権威者に贈られるまったく形式的な階級である。

 彼らが実戦に出る際は、必ず経験豊かな指揮官がその補佐、事実上の総指揮を任される事が当たり前であった。

 ダンハイムは当然、ミハイルを補佐するのは、帝都にその名を馳せる〈帝国〉軍六元帥の誰かであると考えていた。

 それを、このような小娘一人に与えてよいのか。

 彼は内心でそう、疑問を抱いた。

 自分よりも爵位が上であろうと、彼の忠誠心は皇帝ただ一人に向けられているため、それ以外の者に対しては最低限の礼節を保った態度のみしかとらないダンハイムらしい考えであった。

 リゼアは彼らの動揺を知りつつも、無視した。

「よろしく、お願い申し上げる」

 優雅に一礼をしつつ、彼女は当然のように、そう言った。

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