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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第一幕 河川陣地防御戦

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「輸送段列が壊滅したぁ?」

 〈帝国〉トルクス自治領軍、第1猟兵旅団長、ラミール・アルメルガー准将は、その報せに唖然とした。

 日付は五ノ月五日、昼前の事であった。


「はい。昨日の夜、陣地後方の見張りに立たせていた兵が、森から煙の上がっているのを発見し、今朝早くに馬で様子を見に行かせたのですが……閣下がお休みの間に、勝手を働きました。申し訳ございません」

 旅団長副官、アリー・ケマル大尉は心底から申し訳なさそうに、その報告を口にしていた。

 アルメルガーは気にするなと手を振った。

 朝早く叩き起こされて指示を仰がれたところで、同じことを命じただろうからだった。

「それで、輸送中の輜重品が焼かれているのを見つけたってわけか」

「はい」

「不味いな」

 アルメルガーは、ここに来て初めて、深刻そうに口元を手で覆った。

 昨日から引き続き、猛砲撃を続行している砲兵隊の手持ち残弾数は既に底を突きかけている。

 最後に残った健全な戦力、第3大隊には来たるべき明日へ備えよと命じてある。

 今日一日敵を叩くだけ叩ききった後、明日届く補給を待ち、全力で攻勢に打って出るという目論見が音を立てて崩れていった。

「途中で、輜重兵一人を見つけました。敵襲から逃れた後、森の中を一人迷っていたそうです」

 ケマルの報告は続いていた。

「その兵の話によれば、輸送部隊は敵の伏撃を受けて、指揮官が戦死。あっという間の出来事で、抵抗する暇も無かったそうです」

「輜重兵じゃ抵抗なんて出来やしないだろう。連中は訓練不足な兵隊の寄せ集めだぞ」

 アルメルガーは顎を撫でた。

「襲撃してきた敵の規模は」

「保護した兵が言うには、中隊程度の規模だったと」

 ケマルは兵から得た情報をそのまま報告した。

 保護された輜重兵は敵の銃声に過剰な評価を下していた。

 これもまた、訓練不足の弊害であった。

「中隊ねぇ」

 しかし、他に情報源を持たないアルメルガーはその報告を信じる他ない。

 敵の数はともかく、後方に敵がいるというのは事実であるからだった。

「目の前の連中が出した別働隊にしちゃ、規模がデカい。連中の戦力は昨日のあれで全部出し切っているはずだ。だとすると、西側の敵旅団か?」

「或いは眼前の敵部隊は、我々が思うよりも遥かに大規模なのかもしれません」

 ケマルの言葉に、アルメルガーは首を横に振った。

「いや、奴らは一個大隊だ。それ以上の戦力をあの陣地に籠らせても、ほとんどが遊兵化しちまう。あそこにいる指揮官が、そんな無駄なことすると思うか」

「思い……ませんね。ええ」

 ケマルは渋々と言った態度で、アルメルガーの言葉に頷いた。

「しかし、どうなさいますか。この調子で砲兵たちに撃たせていたら、今日の夕暮前には砲弾の一発も残りませんよ」

「ああ。昨日まではそれで良かったんだがなぁ……」

 ケマルからの冷静な進言に、アルメルガーは頭をガシガシと掻いた。

「次の補給は、どれだけ急いでも三日はかかります。いえ、敵が潜んでいるかも知れない以上、護衛を付けざるを得ませんから。もっと時間を喰うでしょう」

「……第3大隊へ伝令。明日の攻撃は中止。別命あるまで待機。砲兵隊は、今までの集中弾幕射撃から、散発的な擾乱射撃へ切り替え。夜間砲撃も中止させろ。無駄玉撃ちまくれるほどの懐具合じゃなくなったからな。とにかく、敵をあの場に拘束し続ける事を優先しろ。休息中の臨時集成大隊には、陣地周辺の森を捜索させる」

 アルメルガーは嘆息するように、大きく息を吐きながら命じた。

 その命令にケマルは眉を顰めた。

「臨時集成大隊は疲れ切っております。中隊規模の敵が我々の背後に回り込んでいるとしたら……」

 その先は言わずとも、アルメルガーにはケマルが何を言いたいのか分かっていた。

 彼らは既に、十分に血を流した。その彼らをまだ戦わせるのかと問うているのだった。

「分かっている。敵を発見しても、本格的な交戦は控えるよう、指揮官には伝えておけ。敵の位置さえ分かればいい。対処は第3大隊にさせる。とにかく、奇襲を受けることだけはないようにさせろ」

「は」

 ケマルは姿勢を正して応じた。

 アルメルガーはその部下の姿を、目を細めて見つめながら、こいつはもうちょっと兵士に対する感情を切り離せれば、戦闘指揮官として完璧なんだがなぁと思う。

 まぁ、良い。それでも良い。

 彼は改めて、敵陣を見た。

「畜生め。もう少しだったんだがなぁ」

 楽しそうに鼻をふんと鳴らす。

「まったく。俺の企みが何一つ、上手く行きやがらねぇ。畜生」

 そしてアルメルガーは、猛獣が唸るように歯を剥き出して笑った。

「いよいよ、戦争らしくなってきやがった」


 オスカー・ウェスト大尉率いる別働隊が、陣地へと帰還したのはその日の真夜中、日付が変わろうとしている時刻であった。

 少々時間が掛かったのは、アルメルガーの放った捜索部隊の目をかいくぐる必要があったからだった。

「大隊長殿。ウェスト大尉殿がお戻りになられました。別働隊の損害は皆無です」 

 ヴェルナー曹長からそう聞かされたヴィルハルト・シュルツ少佐は、朗らかな態度で頷いた。

「うん。どうやら、上手く行ったようだ。敵はすっかり大人しくなったじゃないか」

 あの猛烈な砲撃は何処へやら。

 数日ぶりにこの川辺は、夜は静けさを取り戻していた。

「これで面倒の一つは片付いた。敵に次の補給がいつ届くかは知らないが、その時には既に手遅れだろうからな」

 ヴィルハルトは実に満足げに、ぱしんと両手を打ち合わせた。

「さて。それでは次はーー」

 続きを言いかけた時だった。

 ヴィルハルトは、ヴェルナ―が浮かべている表情に疑問を抱いた。

 誰もが知っている秘密を嬉々として打ち明けている子供の話を聞いている父親のような、穏やかな微笑みを浮かべている。

「どうした。何だ、曹長」

 ヴィルハルトが尋ねると、ヴェルナ―は上官に対して恭しく腰を折ってみせた。

「はい。お言葉ですが、大隊長殿。我々もそろそろ、尻尾巻いて逃げる準備をする頃かと」

「…………ああ」

 ヴェルナーから言われた言葉を、やや時間をかけて咀嚼したヴィルハルトは間の抜けた声を出した。

 悪戯が見つかった悪童のように、恥ずかしげに軍帽を深く被りなおす。

 刻時計をランプの灯りに照らして確かめた。

 五ノ月六日、第一刻。

 今、目の前の〈帝国〉軍部隊は今、夜間の射撃すら取りやめている。

 昼の様子からして、いくらか砲弾は残っているようだが、昨日のような攻勢に打って出られる程では無いのだろう。

 加えて、背後に存在するかも知れない敵という幻想にも取り憑かれている。

 こうなってしまえば、増援か補給が到着するまでの二、三日間は何も出来ない。

 少なくとも、今日と明日は大人しくしているしかない。

 そして、ヴィルハルトたち独立捜索第41大隊は七日までの間に敵を足止めしておく事さえ出来れば、戦う必要もない。

 つまり。今この瞬間、彼らの任務は達成された。

 後は撤退の準備を進め、時間が来たところで早々と、速やかに陣地を離れるだけ。

 何故、俺はそんな事を忘れていたのだろう。

「そうだ。そうだったな。……うん。やはり、戦争は一人では出来ない」

 ヴィルハルトはそう呟くと、顔を上げた。

「ありがとう、曹長。良く進言してくれた。大隊へ撤退の準備をさせろ。明日の日暮れと同時に、同地点を放棄する」

「承りました、大隊長殿」

「それから」

 ヴィルハルトは意地の悪い笑みを浮かべながら最後に付け加えた。

「兵站担当士官を呼べ。爆薬の残量について聞きたい」

続きは2日後。

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