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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第一幕 河川陣地防御戦

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 世界が夜の薄闇に飲まれつつある中で、森の中を通る小道を視界に収められる位置に付いたオスカー・ウェスト大尉率いる独立捜索第41大隊の別働隊各員は、木々の影に隠れ、息を潜めて待っていた。

 ウェストが伏撃地点に選んだのは、森が副道の両脇を囲みだしてから数百ヤードほどの地点であった。

 森を抜けてしまえば伏撃の意味が無くなってしまうし、あまり深い地点で待ち伏せても、現在、大隊と戦闘中の敵部隊に襲撃の音を聞きつけられてしまうかも知れないから、この辺りが最適だった。


 しかし。さてどうしたものかと、ウェストは群青に染まりつつある空を眺めながら、銃を構え続けて固まってしまった腕を揉み解すように回した。

 彼らがこの地点で伏撃態勢をとってから、かれこれ4刻近くが経とうとしている。

 敵の輸送部隊は影も形も見えないどころか、その気配さえ感じられない。

 もしかすると、こちらへ向かっているだろう敵輸送部隊は、今日の所は行軍を取りやめて、既に野営に入っているのではないかという考えが頭から離れないのだった。

 これ以上暗くなった場合は一度、伏撃配置を解除するべきだろうとウェストは思っていた。


 この時代の大陸世界の軍隊は、夜に行動することを極端に嫌っていた。

 夜、火や明かりの焚かれている人家や街から離れてしまえば、そこには星明りのみが照らす深淵が広がっているのだから、ある意味当然と言えば当然である。

 いくら隊列を組んで行進していると言っても、暗闇に絡め取られて部隊からはぐれる者は絶対数存在するし、雲が気まぐれに星々を隠してしまえば、部隊の進むべき方向はあっさりと見失われてしまう。

 夜間の戦闘、夜戦に至っては、それを発想する軍人など皆無に近かった。

 宵闇は敵味方の区別が付かない上に、ただでさえ高いとは言えない前装銃の射撃精度は著しく下がる。

 果敢な指揮官が白兵を決行したとしても、突撃した先の部隊が友軍だったなどという事になれば、冗談にもならない。

 よって、夜の行動、特に戦闘は忌避すべきというのは、大陸世界一般の軍事的常識であった。

 ただし、嫌っているというだけで、夜間の行動が無理だという話では無論、無い。

 夜間の行軍は兵各自に松明やランプを持たせれば、落伍者の数は激減させることが出来るし、方位針が狂いでもしていない限り、指揮官が方向を見失う事は無い。

 戦闘であっても、照光弾を雨あられと打ち上げ敵陣を照らし出せば攻撃や防戦は十分に可能だ。

 しかし、松明やランプに使う松脂や油を兵士全員に行き渡らせるには膨大な量が必要になるし、戦場では常に貴重な火力である砲兵に照明弾を打ち上げさせても益は少ない。

 そもそも、昼間ならばそんな面倒をする必要すらない。

 だからこそ、軍隊は夜間行動を無理とは言わないまでも、嫌っているのだった。


 何よりも現在の〈帝国〉軍は、夜間行軍を強行するほどに追いつめられてなどいないだろう。

 ならば、今日はこの辺りが頃合いか。

 ウェストがそう考えた時だった。

 それまで彼のすぐ近くで、ベッタリと地面に寝そべっていた兵の一人がびくりと身体を揺らすと、起き上がった。

「どうした」

 ウェストは彼に鋭い視線を送りながら、小さく尋ねた。

「馬の足音が。まだ、少し遠いですが」

 その兵は腹這いでウェストへ近づくと、そう報告した。

 彼は決して寝ていたわけでは無く、地面に耳を押し付けて、音を聞いていたのだった。

 ウェストは頷いた。自分も地面に耳を当てて、神経を研ぎ澄ませる。

 ぼうとした無音の中に、あるかないかの規則正しい振動が耳朶に伝わった。

 蹄鉄の音。もう一つある、がたがたと連続するのは馬車の車輪だろうか。

 ウェストは顔を上げた。

 現在の〈王国〉領東部国境地域で、馬車を連れて歩いているような者たちは〈帝国〉軍以外にまず居ない。

「音からして、半リーグの距離と言った所でしょうか。もう小半刻もすれば、はっきりしてくるはずです」

 同じように聞き耳を立てていたファルケ軍曹が、曖昧だった事柄を明確な言葉に置き換えて言った。

 薄闇に包まれ始めている副道の先を睨みながら、ウェストは考えた。

 ちらりと空を見上げる。完全な日没まで、あと一刻半といったところだった。

 刻時計を取り出す。午後第5刻の少し前を指していた。

 本来ならば、そろそろ部隊に野営の準備をさせ始める頃だ。

 であるのに、敵は輸送部隊を前進させ続けている。

 焦っているのか、若しくは急がなければならない事情があるのかも知れない。

 いや。そもそも、この辺りで敵に出くわす事など夢にも思っていないのかも知れない。

 ならば、どうする。俺が敵の指揮官であれば。

「別働隊は、伏撃配置のまま待機せよ」

 敵は恐らく、あと一刻はこのまま移動を続けるはずだ。

 仮にどこか適当なところで野営を始めた場合でも問題は無い。

 むしろ、格好の餌食だ。

 ウェストはそう判断した。


 隣り合う互いの表情すら確認することが難しい、誰そ彼の森の小道に、ゆったりとした蹄の音が響きだした。

 影のような一団が、ウェストたちの睨む副道の先へと姿を現した。

 馬車三台、荷馬が十頭ほど。その周りを中隊規模の兵士たちが取り巻いている。

 先頭には騎乗している者が三名、恐らくは部隊の指揮官と先任の下士官だろう。

 間違いなく〈帝国〉軍の輜重兵、輸送部隊であった。

 ウェストは腰に吊っていた望遠筒を取り上げ、目に当てた。

 王都に残してきた妻から、東部方面軍異動の際に贈られたものであった。

 夫には内緒の蓄えがあったらしい。値を聞けば、それなりの高級品であった。

 戦場で抱くにはあまりに場違いな感情が、ウェストの胸を暖めた。

 しかし、彼はすぐにその想いを胸の奥へ仕舞いこむ。

 妻からの贈り物は、薄闇の中でも僅かに残った陽光を拾い上げ、ウェストへと敵情を教えてくれた。

 〈帝国〉軍が補給を重視しない軍隊であるせいか、輜重兵の態度は正直に言って、良いとは言えなかった。

 だらだらと歩を進める兵士たちからは、覇気というものが感じられない。

 各自一丁の小銃を肩にかけているものの、護衛らしき兵士の姿は見えなかった。


 ウェストは周囲の森の、影という影に潜ませている部下たちへ向かい、大きな手振りで指示を出した。

 射撃は一度。後は白兵。最優先に排除する対象は、先頭を進む騎乗している三名。

 彼の指示は全て、無言で伝えられた。

 彼の部下たちは声を出さずに、自らが潜んでいる茂みをわずかに揺らして応じた。

 銃を構えたのだった。

 ウェストは自らも銃を構えた。

 肺の空気が一斉に漏れ出しそうになる重圧に、歯を食いしばって耐えた。

 射撃は自分に続くよう、既に言い聞かせてある

 焦れるような足取りで進む〈帝国〉軍輸送部隊が、彼らの銃口の先へと踏み込んだ。

 夜の帳が落ち始めているとはいえ、山々の間からわずかに世界を照らしている夕焼けの光が、彼らの姿をはっきりとウェストの網膜へと浮かび上がらせる。

 突然、先頭を進む〈帝国〉軍将校が部隊に停止を命じた。

 彼と同じく騎乗している部下の下士官に、何事かを指示している。

 先行し、野営できる場所を探せ――というような内容だった。

 目の前で立ち止まった敵を見逃すようなウェストでは無かった。

 その指揮官の胸へ銃口を向け、引き金を引いた。

 チっと撃鉄の先に嵌められた火打ち石が当たり金と擦れ、火花を生じさせた。

 粒のような二、三個の火花が一瞬だけ口を開けた火皿の中へ吸い込まれる。

 点火薬が着火し、火皿に閉じ込められた火は唯一の脱出路である小さな穴の開けられている銃身内へ向けて殺到し、弾薬と共に突き固められていた装薬を爆轟させた。

 破裂音とともに、仕掛け花火のように一筋の炎と白煙によって押し出された弾丸が、銃口から飛び出す。

 馬上の〈帝国〉軍輸送部隊指揮官が、胸から血を零して落馬した。

 彼が地面に落ちるよりも早く、ウェストが中隊から選抜した40名の見事に揃った銃声が後を追う。

 ウェストはすぐに銃を地面へおくと、軍剣を抜いた。

 〈帝国〉兵の一人が、最初の悲鳴をあげると同時に、彼は叫んだ。

「小隊、突撃!!」

 ウェストは誰よりも早く、敵へと躍動した。

 〈帝国〉兵たちへ向け、暗闇から襲来した悪鬼の如く襲い掛かる。

 そこにファルケが、そして兵士たちが次々と加わる。

 完全な不意打ち、完璧な奇襲。

 指揮官を失ったという状況を理解できないままの〈帝国〉輜重兵たちは、まともに対応する事も出来ず、戦闘はすぐに終了した。


「逃げる敵を追うな! 敵が残していった荷物を確保しろ!」

 ウェストは怒鳴った。

 敵の抵抗は皆無に近かった。

 ほとんどの〈帝国〉兵は、ウェストたちの姿を見るなり我先に逃げ出していた。

「ファルケ軍曹、損害は」

「我々は無傷です。敵はほとんど逃走しました」

 答えたファルケは、そこで一度言葉を切った。

「それに、どうやらこの連中、白兵の訓練も受けていないようです」

 地面に押し倒され、数人がかりでめった刺しにされた敵兵の遺体へ哀れそうな目を向けながら、彼は言った。

 ウェストは頷いた。

 〈帝国〉軍輜重兵の中にも、わずかに抵抗の意志を示した者も居たが、彼らは銃の扱いにすら手間取っていた。

「〈帝国〉軍は兵站にそれほど気を配らない。輜重兵は取りあえず銃が扱えて、荷物を運ぶ人頭さえ揃えられれば十分なのだろう」

 ファルケにそう答えつつ、ウェストの中ではある考えが浮かんでいた。

 もしも、本当にそうであるならば。

 〈帝国〉軍の輜重兵が、弱兵の集まりであるのならば。

 ヴィルハルト・シュルツの提唱した少数部隊による敵後方の攪乱戦術と、その為に作り上げられたこの独立捜索第41大隊は、〈帝国〉軍にとって恐るべき脅威になり得るのではないか。

 もちろん、今は一個大隊に過ぎない。

 いくら〈帝国〉軍の輜重部隊が弱兵だとしても、敵全軍の補給線を壊滅させるのは不可能だ。だが……。

「ウェスト大尉殿?」

 この戦争のその先、そこでの何かを考え始めていたウェストを、ファルケがそっと呼びかけた。

「ああ」

 ウェストは思考を中断させた。ファルケたちは命令を待っているようだった。

「すまん。何、下らん事を思いついていた」

 そう言った後で、すっと辺りを見回した。

 〈帝国〉軍はほとんどの荷を置いて逃げたようだった。個人で背負わされていたものはともかく、馬車と馬はそのまま残されている。

「荷物を一点に集めて焼け。馬車には砲弾薬が満載されているはずだから、導火線を設置し、距離を取って火を点けろ。馬は逃がす。連れていけないからな。済んだら、速やかに撤退する」

 そこまで言ったところで、ふと、ヴィルハルトヤツならこう命じるだろうなと考えがウェストの頭に浮かんだ。彼は呟くように付け加えた。

「それから、不必要な略奪は禁止だ」

 言った後で急に恥ずかしくなり、空を見上げた。

 すでに一番星が輝き始めている。

「兵どもが納得するでしょうか」

 答えたファルケは、不満そうな顔であった。

 古来より、戦場で打ち倒した敵からの略奪は、勝利した者に与えられる神聖な権利だった。

 命を賭けて戦った彼らから、その権利を取り上げる事は天主にも出来ない。

「不必要なと言っただろう。物入れに収まる程度ならば黙認する。足が遅れる程の場合に限り、これを没収する」

 ウェストは不機嫌そうな声で言い、紙巻を取り出して咥えた。

 輜重品への放火は速やかに行われた。

 流石に馬車を爆破した際はそれなりの轟音が響いたが、砲声の満ちている戦場までは届かないだろう。

 撤退時、ウェストは部下たちの何名かが満足げな表情を浮かべているのを発見した。

 彼らの制服の物入れは、来た時よりも少し膨らんでいた。


 まったく。戦争って奴は。

 ウェストは嘆息した。

 ようやく、軍人の、自分の商売が何であるのかを分かりかけていた。

 将校とは、部下の命と敵の命をやり取りする商人に他ならない。

 結局、戦争とは金銭の代わりに命と暴力を用いる、どこまでも原始的な経済活動なのだ。

 だとして、俺はやり手の大旦那になれるのか。

 ウェストは、自分がそうなっている様を想像した。

 あまり気分の良いものでは無い事だけは確かだった。

 奴は、どうだろうか。


 どういう訳だか、彼はヴィルハルト・シュルツが大商会の元締めになっている様をありありと想像する事が出来た。

 その店は戸口から売り台に至るまで、全てが血に塗れていた。

続きは2日後。

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