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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第一幕 河川陣地防御戦

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日が昇る前なので、セーフです。

 砲声の途切れた草原に、〈帝国〉軍猟兵の死体が打ち捨てられたように転がっている。

 永遠に続くかのように思われる静寂の中で、そよ風が何度か草木の頭を揺らせた時だった。

 あちこちで草の茂みが蠢くように震えると、やがて立ち上がった・・・・・・

 それらは、全身に草や葉を括りつけて偽装していた〈王国〉軍独立捜索第41大隊の予備隊、その将兵たちであった。


「どうだろうか、曹長」

 地に伏せている間、身体を覆っていた草の塊を退かしながら立ち上がったヴィルハルト・シュルツ少佐は、まったく満足そうな表情を浮かべて、傍らで銃を構えていたヴェルナー曹長へ尋ねた。

「斉射は二度のみ。短時間で敵小隊を鏖殺。完璧であります、大隊長殿」

 立ち上がったヴェルナーは、上官の言葉にそう応じた。

 ヴィルハルトは頷いた。

「曹長、予備隊は二列横隊を組め。銃は装填しておくこと」

「承りました、大隊長殿」

 厳かに敬礼をし、ヴェルナ―は兵士たちに向かい裂帛の号令を掛けた。

 空色の軍服をいくらか泥で汚した兵士たちが慌てて横列を組み、小銃を装填している間に、ヴィルハルトも自らの小銃を取り上げた。

 第一射は彼が撃った。

 小銃の銃口からは、硝煙の香りが未だ立ち昇っている。

 ヴィルハルトはそれを装填した。軍剣は鞘に納められたままだった。

 壕に籠って飛び込んでくる相手を切りつけるのならまだしも、互角の条件で銃剣が装着された小銃を持つ相手と戦うには、余程剣術の心得が無ければ難しいからだ。

 ヴィルハルトは自分がそれほどの剣の使い手であるという自負を微塵も抱いていないし、将校が銃など持つべきでは無いという貴族的な見栄とも無縁であった。

 見栄など戦いが終わり、生き残った後で張れば良い。

「大隊長殿」

 ヴェルナーが、予備隊の準備完了を知らせた。

「うん」

 ヴィルハルトは頷き、予備隊の面々を見回した。

「ウォーレン少尉、ヴェルナー曹長、それぞれ前列と後列の指揮を任せる。ただし、射撃は大隊長の命令によってのみ行う」

「はっ!」

 名を呼ばれた二名は姿勢を正すと、敬礼をした。

 ヴィルハルトは答礼を返しつつ、散歩にでも出かけるような気軽さで彼らに言った。

「では、これより渡河してきた敵への逆襲を開始する。全軍、続け」

 小銃を持ち直し、ヴィルハルトは彼らへ背を向けると踏み出した。

 何があっても、先頭を進むつもりであった。

 安全な後方から突撃を命令するような上官には、誰も従わない。

 ただし、ヴィルハルトの場合はまた別の理由もあった。

 部下に、自分の顔を見せるべきではないだろうと思ったのだった。

 先頭を進むヴィルハルトの顔には、飢えた肉食獣が肉塊を前にしたような表情が浮かんでいた。


 ヴィルハルトの後に続いて、予備隊が二つの丘の間を抜けた先は獲物で溢れていた。

 ヴィルハルトはさっと戦場を睥睨した。

 すでに三個中隊近くの敵猟兵が渡河を終えている。

 一個中隊程の兵によって確保されている橋頭堡には、死体が山と積み重なり、その高さは刻一刻と増え続けているにもかかわらず、彼らは懸命にその場を死守していた。

「敵橋頭堡を制圧し、渡河した敵の退路を断つ。予備隊、前進!」

 ヴィルハルトは背後に控える140名ほどの兵士たちへ命じた。

 そこで両翼の陣地から激しい銃撃を受けつつも、突破を図ろうとする敵猟兵の集団が見えた。

 人数は40名ほど。

 こちらに気付いたようだった。

 〈帝国〉猟兵たちは一斉に鬨の声を上げて、駆け足を速めた。

 ヴィルハルトの顔に、歓喜が込み上げた。

「第一列、撃ち方用意! 目標、前方のこちらへと向かう敵集団!」

 自らも銃を構えつつ、命じる。

 予備隊は即座に命令を実行した。一呼吸も置かぬうちに、隊列が整う。

「狙え!」

 前列の指揮を執っているウォーレン少尉が言った。

「撃て!!」

 ヴィルハルトは一人早く引き金を引きながら、命令を発した。

 一拍の間。そして、見事に重なった銃声が彼の後を追う。

 狙った敵40名の内、6名ほどに命中した。まだ距離が遠い。

 だが、これで良い。僅かに敵の足並みが乱れた。

「第一列下がれ! 装填!」

 ウォーレンがすぐさま、兵士たちに指示を出した。

「第二列、前へ!」

 ヴェルナーが怒鳴り声で応じた。

 第二列は先ほどと同じ敵へ狙いを付けた。

 確認するように、ヴェルナ―がヴィルハルトへと視線を送る。

 ヴィルハルトは自らの小銃を装填しつつ、頷きを返した。

「撃て!!」

 ヴェルナーの号令一下、第二列の兵士たちが死を撃ちだす。

 倒れた敵は先ほどよりもさらに多かった。

 敵は止まらなかった。むしろ、足を速めている。

 その場に留まり続けても、待っているのは死のみであると、誰かが気付いたようだった。

 ヴィルハルトは再び銃を構えた。

 射列は既に入れ替わっており、彼の命令を待っている。

「狙え!」

 ウォーレンの号令が聞こえた、その時だった。

 予備隊が行った二度の射撃に応じるように、左右の陣地から一斉に銃声が響いた。

 熱湯に放り込まれた氷のような速度で、前方の敵集団が赤く、紅く溶けてゆく。

「射撃中止、前進!」

 彼は命じた。

 橋頭堡を確保している敵が、新たな敵の出現に気付いたようだった。

 慌てて隊列を組み直そうとしている。

 しかし、ヴィルハルトたちの登場により元気を取り戻した左右両陣地からの銃撃が激しく、思うように準備が整っていないようだった。

 その隙をヴィルハルトは見逃さなかった。

 指示を出している人物を探す。居た。距離は30ヤード。小銃の射程圏内。

「予備隊総員、撃ち方用意! 目標、川岸に布陣する敵猟兵中隊中央! 第一列は膝射態勢を取れ!」

 彼は予備隊全力での射撃を命じた。

 自らも、敵指揮官らしき人物へ向けて照準する。

 その後の展開を考えると、愉悦に近い感情が胸の中で膨らんだ。

「撃て!!!」

 彼は命じた。140に近い銃口から、一斉に銃弾が飛び出す。

 不思議な事に、射撃の規模に比べて〈帝国〉軍の死傷者の数は多くなかった。

 だというのに敵中隊には狂ったような混乱が発生した。

 確かに、死者の数はそれほど多くは無い。ただし、撃たれた者の立場が問題であった。

 ヴィルハルトは部下の兵士たちを、射撃の際には可能な限り敵の指揮官と思わしき人物を狙えと教育していた。

 指揮を執る者が突然居なくなれば、当然、兵士たちは混乱する。

 たとえ〈帝国〉軍であっても。

「予備隊、銃剣装着」

 射撃の効果が無くならぬうちに、ヴィルハルトは命じた。

 当然のようなその口調に、予備隊の兵士たちは戸惑う事無く従った。

 誰よりも早く、指揮官の小銃には銃剣が付いていたからであった。

「総員、銃剣装着、確認しました!」

 さっと部隊を見回したヴェルナーが報告した。

「味方の銃撃が一段落ついたところで、行くぞ」

「はっ」

 左翼から発砲音が響いた。

 ようやく、指揮の取れる者を発見して持ち直しかけていた敵兵に、再び狂乱の渦が巻き起こる。

 右翼からの射撃がそれをさらに搔き回した。

 ヴィルハルトは反射的に大声を上げていた。

「前線を押し戻す! 予備隊、突撃に移れぇっ!!!!」

 撃ちだされた弾丸のように飛び出した彼の後ろを、兵士たちが言葉にならぬ声を上げながら続いた。

 〈王国〉軍から、初めて本格的な反撃を受ける事となった猟兵たちはその敵に、特に先頭を進んでくる敵指揮官の姿に圧倒されていた。

 その顔には、地獄の悪鬼どもを引きつれた魔王のような、残酷な悦びに満ちていたからだった。

 〈帝国〉軍猟兵の隊列で、一人の少尉が装填を命じた。列の端からは銃剣装着を命じる曹長の怒鳴り声が轟いている。

 兵士たちがどちらに従った方が良いのかを迷っている間に、ヴィルハルト達はその隊列へと突入した。


 走り込んだ勢いそのままに、ヴィルハルトは目の前にいた敵兵目掛けて銃剣を突き出した。銃身ごと貫通して、その背中から銃剣の切っ先が突き出した。

 地の泡を吹きながら、おぞましい絶叫を上げるその敵の腹から、ヴィルハルトは力任せに小銃を引き抜いた。

 腹に詰まっていたモノと共に、夥しい血液が地面に零れ落ちる。

 全身を濡らした返り血の香りを楽しみながら、ヴィルハルトは次の敵を探した。

 今殺した敵兵のすぐ横に居た兵と目が合った。

 戦友の血で真っ赤に染まったヴィルハルトの、その凶悪な目つきに射止められた哀れな〈帝国〉猟兵は武器を構え直す気力さえ失われたように、口をだらりと開けた。

 股間の辺りから水滴が滴る。失禁したらしかった。

 ヴィルハルトは呆けた顔のその敵を蹴りつけて、川へ突き落した。胸を踏みつけて、全体重を乗せる。

 その間に、逃げようとしていた敵兵の脇腹を銃剣で抉っておく。

 悲鳴を上げたその敵に、彼の部下たちが殺到した。

 訳の分からぬ喚き声を上げつつ、数人がかりで何度も刺突している。

 ふと気付けば、足元の抵抗が終わっていた。

 死んだ、いや、殺した敵兵の胸からヴィルハルトは足を退けた。


 そこへ、一発の銃声が響いた。


 ヴィルハルトの肩を、灼けるような痛みが掠めていった。

 彼はそれを無視して、銃声の聞こえた方向へと顔を向けた。

 自分を撃った敵はすぐに見つかった。

 10ヤードほど離れた先に立つ敵兵が、小銃の先から硝煙を立ち昇らせていた。

 若い兵だった。

 その兵はヴィルハルトと目が合うなり、全身をガクガクと震わせ始めた。

 彼の顔が憤怒で染まっていたからであった。

 ただし、それは撃たれた事に対する怒りでは無かった。

 何故外したのだと、心の奥底にいる自分がその敵兵を罵倒していた。

 部下の一人が、「この野郎」と怒鳴りながら、その敵兵へ飛びかかった。

 川へと引き倒された敵兵に向かって、銃剣が何度も突き立てられている。

「大隊長殿!!」

 ヴェルナー曹長の、叫びに近い声が聞こえた。

 組み合っていた体格の良い敵兵をさっさと殴り倒し、駆け寄って来た。

「ご無事ですか!?」

「ああ。少し掠っただけだ。心配には及ばない」

 望み続けていた、何かの機会を永遠に失ったような顔つきでヴィルハルトは答えた。

 ヴェルナーが心底安堵したように、息を吐き出す。

 ヴィルハルトは頭の中がすっと冷静になってゆくのを感じた。

 殺戮に没頭していた彼の脳が、ようやく周囲の状況を認識し始めた。

 すでに敵は撤退を開始していた。

 紅く染まった流れの中を、飛沫を上げながら駆け戻っている。

 逆襲は成功。攻撃はもう十分だった。

 むしろ、自分たちもすぐに撤収しなければ、再開されるだろう砲撃の餌食になってしまう。

「攻撃中止。撤収する。逃げる敵を追う必要は無い」

 ヴィルハルトは何処か、夢を見ているような表情でヴェルナーへ命じた。

「損害は、曹長」

「八名ほど」

「そうか」

 ヴィルハルトは、一瞬だけ顔を伏せた。

 八名という数字、その意味について、心の中で叫び続けているもう一人の自分を黙らせる。

 顔を上げた。

「ともかく、敵の攻撃は凌いだ。撤収を急げ。負傷している者には必ず、誰か一名が付き添う事。予備隊の存在を知った敵が次の手を打ってくる前に、安全を確保するのだ」

 言って、陣地へと振り返ったヴィルハルトの瞳には、信じられない光景が飛び込んできた。

いや、済みません。完全にアウトです。

待ってくれていた方には心から謝罪します。


遅れて申し訳ございません(平伏のポーズをしつつ)

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