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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第一幕 河川陣地防御戦

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今さらですが、作中の距離単位について。

1リーグ=人が1時間で歩く距離=約4㎞

1ヤード=約1m

と言う具合に設定しています。


分かりにくい設定で済みません・・・・・・<(_ _)>




 ぶーんという羽虫が飛び交うような音を立てて左右から襲い来る銃弾の中を、〈帝国〉トルクス自治領軍第1猟兵旅団第1連隊、臨時集成大隊第2小隊の兵士たちはがむしゃらに駆けていた。

 川岸から敵の前衛が籠る左右の陣地を抜けるのは、果てしなく遠い道のりであった。

「へへ、やりましたね曹長! 俺たちが一番乗りですよ!」

 ようやく、弾丸の驟雨が届かぬ場所まで辿り着いたところで、兵士の一人がやけに明るい声を出した。

 乾いた笑みが浮かんでいるその顔は、戦友の血で濡れている。

 ようやく敵前衛を突破した彼らは、当初の半数以下にまで目減りしていた。

「余計な事を口にしとる暇が在ったら。さっさと発煙筒の用意をせんか、馬鹿者!」

 第2小隊の指揮を執っているロザノワ曹長(本来の小隊長である少尉は川を渡りきる前に戦死していた)は、その兵士を厳しい声で怒鳴りつけた。

「それとも敵の銃弾では無く、味方の砲弾に当たって死にたいのか、貴様は」

 ロザノワが恐ろしく唸ると、彼はいそいそと腰に吊った雑具入れを漁り始めた。


 ロザノワが兵士を罵った理由は、彼の虫の居所が悪かったからでは、もちろん無い。

 そうしなければ、生死の境を駆け抜けてきた兵士の心が壊れてしまうからだった。

 兵士が戦場で負うのは、何も肉体的な傷だけでは無い。

 むしろ、戦闘によって生じるのは肉体的な負傷よりも、精神的な外傷の方が深刻である事が多い。

 一旦、精神の均衡を崩した者はどれほど長く療養させたところで、一生をそのままで終える可能性が高いからであった。

 そうした精神的外傷の多くは、戦闘中よりも戦闘が終わった直後に発症する。

 今まで戦闘の興奮、高揚に包まれていた心が突然、丸裸になり、敵兵を殺したという事実や目前まで迫った死の恐怖が一挙として押し寄せ、罪悪感や後悔、恐怖といったものが兵士たちを苛むからであった。

 もちろん、戦場でそうした感情を弄んでいる時間など無い。

 考えている間に殺される。

 もしくは飛び交う敵弾を、一瞬で全ての苦悩を解き放ってくれる存在として歓迎する。

 そうなってしまえば、もはや誰も助けられない。

 むしろ、積極的な自殺の道ずれにされてしまう。


 そのような悲劇を防ぐのも下士官の役目でもあった。

 兵士たちは日頃の訓練の中で、下士官の号令一下、思考を放棄して命令に服従するように教育される。

 そうして反復的に刷り込まれた条件反射は、戦場であっても機能を続ける。

 軍曹や曹長たちの大喝を耳にした途端、あらゆる不安や恐怖と言った苦悩が吹き飛び、命令を実行する事以外、何も考えられなくなる。

 たとえ戦場であっても、営庭にちじょうにいるのと同じような心境に戻るのだ。

 つまり、下士官たちが兵士を必要以上に怒鳴りつけるのには、キチンとした理由があるのだった。


 だからこそ、死と隣り合わせの状況を潜り抜けた直後だからこそ、ロザノワは兵士たちにとって敵弾よりも、死よりも恐ろしい存在で無ければならなかった。

「おい、貴様、その化粧をさっさと落とせ」

 ようやく雑具入れから発煙筒を見つけ出した兵士に向けて、ロザノワは懐から取り出したハンカチを投げつけた。

「あ、ありがとうございます」

「済んだら、さっさと着火しろ」

 その兵士は慌てて顔に付いた血を拭うと、発煙筒の蓋を外した。

 燐寸を着火する要領で、筒から突き出している薬頭を蓋の上部に塗りつけられた側薬で擦ると、シューという音とともに火と赤い煙噴き出す。

 そのまま手に持っていては火の熱で火傷してしまうため、もうもうと煙を吐き出すそれを兵士は足元の地面に投げ捨てた。

 しばらくすれば、対岸に配置された観測兵が煙を見つけ、砲撃を中止させる。

 野砲が黙るのを待っている間に、ロザノワたちの位置へ後続の部隊が追い付いてきた。

「よし、よくやった、曹長。他の者も」

 現在、小隊の指揮を執っているらしい中尉が言った。

 銃弾の嵐を抜けて来た彼の額は冷や汗で濡れているが、率いて来た兵士の数は多い。

 先行したロザノワ達が多くの敵を引き付け、囮と盾の役を果たしていたからであった。

「ありがとうございます、中尉殿」

 ロザノワはまったく下士官らしい態度で彼に応じた。

「君たちには、後でキツイやつを一杯奢らせてもらう。上官として、確約しよう」

「有り難くあります」

 大真面目な表情でそう言った中尉に、ロザノワは感心した。

 この中尉、大隊では普段、融通の利かない頑固者として認知されていた。

 戦場で、しかもこの状況でそんな事を口に出来る機転と度胸があったとは、と思ったのだった。

 まぁ、上官として確約、なんて堅苦しい言葉を付け加えるあたり、やはり頑固者には違いないだろうが。

 ロザノワは自身の中にある、彼に対する評価を書き換えた。

「では、まずは生きて帰らねば。中尉殿、ご指示を」

 ロザノワは中尉に対して、戦場である事を忘れない程度に丁寧な態度を示しつつ言った。

「敵指揮所があると思われるこの丘の制圧は、後続の者たちに任せる。我々がまず排除するべきは敵の砲兵であると思う。曹長、何か意見は」

「仰る通りであると思います」

「では、丘を回り込んで敵砲兵の砲列へ攻撃をかける。曹長、君の部隊で先導してくれ」

「はっ」

 ロザノワは素早く応じた。連れて来た部下たちに振り返る。

「聞いていたな、お前ら」

「また、先頭ですか」

 戦友の血を拭った顔を嫌そうに歪めながら、兵が言った。

「黙れ。次に同じような糞を口から漏らしやがったら、敵では無く俺が貴様を殺す! ……よし、第2小隊続け!」

 ロザノワは駆け出した。

 彼の部下たちは、この世の全てを呪いながらその後を追う。


 敵砲兵からの直接射撃を避けるため、丘の麓を這うようにして進んだ彼らの先に広がっていたのは、背後で戦闘が続いているとは信じられないくらい長閑な緑の野であった。

 しかし、そこには確かに戦場である事を証明する黒々とした鉄の塊が鎮座している。

 一列に並んだ敵の野砲、その砲列であった。

「曹長、何か、おかしくないですか」

 小銃を構え、辺りを油断なく見回している兵の一人が呟いた。

「ああ」

 ロザノワはそれに頷きを返した。

 敵の砲列は確かに発見した。しかし、本来ならばその間を動き回っているはずの影、敵砲兵たちの姿が全く見えないのだった。

 一瞥した限りでは、その砲列は完全に放置されているように見えた。

「罠、ですかね」

 幾らか不安そうな声を兵士が漏らす。

「かもしれんが、俺たちのやる事は変わらん。おい、装填しておけ」

 兵士たちが装填を終えるまでの間、ロザノワは背後に目をやった。

 中尉と目が合う。どちらともなく頷きあった。

 あちらの小隊も装填を始めた。

 奇妙なほどに静まり返っている草原の中、金属がぶつかり合う音がどこまでも奇怪に響く。

 ロザノワは意を決して踏み出した。

 慎重に前進を続け、敵砲列まで残り10ヤードほどの所で一度、部下たちを停止させる。

 周囲に目を凝らしたが、敵兵の影も形も見えなかった。

 つまり、目の前には敵の野砲が無防備に晒されているだけであった。

 心臓が奇妙に跳ねる。

 帝都一の美女が目の前で寝息を立てているような気分になる。

 問題はその美女に、上官よりも先に手を出してよいのだろうかという事だった。

「中尉殿!」

 ロザノワは振り向くと、後続の小隊に向かって声を張り上げた。

「ここまで確保しました! こちらまで来ていただけないでしょうか、敵は見当たりません!」

 中尉はその言葉に一瞬だけたじろいだようだったが、すぐに部下を引き連れて前進を始めた。

 もう少しで合流――その時であった。

 乾いた破裂音の合唱が地面から、いや、草葉の間から発せられた。

「がっ!?」

 突然の銃声に肉体が反応する間も無く、ロザノワの頭部から脳漿が飛び散り、緑の絨毯を汚した。


「小隊止まれ! 止まれっ!!」

 目の前でロザノワたちが全滅する様を目にした中尉は叫んだ。

 状況を確認するため、さっと視線を走らせる。

 草原の所々から、小銃の射撃によって生じたに違いない白煙が上がっている。

「射列を組め! 敵は地面に伏せている!」

 中尉は即座に命令を下した。

 銃声の大きさ、そして発砲煙の数から、敵の数は一個小隊、五十名ほどであると推論していた。

 彼が率いている数と、そう変わらない。応戦は十分に可能。

 わずかな時間でその決断を下せた彼は、まさに大陸世界最強の〈帝国〉軍、その将校として恥じぬ者だっただろう。

 ただし、草原に身を隠していた〈王国〉軍が一個小隊であればの話であった。

「発砲煙の上がっている辺りを狙え! う――」

 中尉の命令、その先を部下たちが聞く事は無かった。

 彼の号令を掻き消すかのように、〈帝国〉猟兵たちが狙いを付けていた位置とはまた違う方向から一斉に銃声が轟いたからであった。

 彼らは悲鳴すら上げる暇も無かった。

 全てが済んだ後、草原に穏やかな風が吹き抜け、草の間で滞留していた白煙を攫って行った。

 後に残されたのは、やはり奇妙な静けさだけだった。

続きは2日後。

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