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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第一幕 河川陣地防御戦

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「ウェスト大尉、予備隊の一部を率いて敵の後方へと潜り込め」

 天幕へ入るなり大隊長から命令を投げつけられたオスカー・ウェスト大尉は、いつも以上に眉をぐっと引き寄せ、長々と息を吐いた。

「目的は分かっているな」

 ヴィルハルトは彼の態度を無視して尋ねた。

「敵の輸送部隊を襲撃する」

 ウェストはあっさりとヴィルハルトの意図を読んで答えた。

「そうだ。これほどの砲撃を続けるには、余程の弾薬が必要だ。恐らく、敵は切れ目なく補給を受け続けているのだろう」

 ヴィルハルトは立ち上がると、台の上へ広げた地図を指し示した。

「君は西側の森へと入り、副道をやってくる敵輸送部隊を叩け。一度でも補給が途切れれば、敵は砲撃を中止せざるを得ない」

「加えて、敵はこちらから何かを仕掛けてくるとは思っても居ないはず。後方の補給線が襲撃されたとなれば、別働隊が動いているかもしれない、つまり、挟撃を受けるかもしれない可能性について考える。敵は慎重になる。必要もないのに、後方の安全を確保するために兵を割く」

 ウェストは、ヴィルハルトの示した作戦の効果についてさらに掘り下げた。

「結果。撤退が楽になる」

 ヴィルハルトがまとめた。

 その顔には微笑みのようなものが浮かんでいる。

 自分の考えを一から説明しなくても良い事に喜んでいた。

「つまり、それが狙いか」

 ウェストは嫌そうに首を振った。

「危険な任務だ。君以外には任せられない」

 その彼を見上げるように、ヴィルハルトは顔をいつものそれに戻して言った。

「君が拒否したのならば、俺が襲撃隊を直卒する。その間、大隊の指揮は君が――」

「指揮官は、戦場において部隊の主力を常に掌握しているべきだ」

 ヴィルハルトの言葉を遮るように、ウェストがやや大きな声を出した。

 その素っ気ない態度にヴィルハルトは頷いた。

「よし。君には一個小隊を預ける。予備隊から信用できる兵を選び、直ちに任務にかかれ。三日以内に敵輸送部隊を襲撃し、陣地へと帰還せよ。ただし、接触した敵が輸送部隊とは限らない。敵の増援であった場合は戦闘を禁ずる。その時は速やかに情報を持ち帰る事を任務としろ」

「了解致しました。……もしも、増援だったらどうするつもりだ?」

 ウェストは馬鹿真面目な態度で敬礼を送った後、試すような顔で付け加えた。

「今は特に。まぁ、最後の最後は裸足で逃げ出すだけだな」

 ヴィルハルトは答礼をしつつ、こんな時でも何かに噛みつかねば気が済まないのかと言いたげに口の端を引き下げた。


「不味いな」

 翌朝、夜明けとともに照らし出された敵陣を眺めながら、ラミール・アルメルガー准将は昨日と変わらないその様子に唸っていた。

「三日三晩の砲撃でも、びくりともしませんね」

 傍らに控えるアリー・ケマル大尉が応じた。

「敵にとってはこのままでも良いのでしょうが」

「こっちは困るぜ。何せ、連中を叩き潰せと命令されているんだからな」

「司令部も、しびれを切らしているようです」

 ケマルは何かを案じる顔つきになって言った。

「司令部と言うよりも、あの参謀長殿が、だろう」

「ええ。最優先で補給を送っているにも関わらず、何をやっているのか。ただちに敵部隊を撃滅せしめぬ場合、軍の総力を持って我々ごと蹂躙する、と気炎を吐いていらっしゃるそうです」

「何を馬鹿な」

 芝居がかった口調で参謀長の真似をしたケマルに、アルメルガーは呆れたように呻いた。

「たかだか一個大隊相手に全軍をぶつける? それもこんな狭い地形でか? 本気でやったら、〈帝国〉軍史上どころか大陸世界史上最悪の軍事的誤断として語り継がれるぞ」

「言って聞く人では無いでしょう。その気になったら、この辺りの森を切り開いてでも実行しますよ、あの方は」

 大きなため息とともにケマルは言葉を吐き出した。

 やれやれだと、アルメルガーも首を振る。

 この手の話が冗談にならないのが〈帝国〉という国、と言うよりも皇帝に仕える忠臣たちなのだった。

 そもそも、アルメルガーが求めるままに補給を送ってくる時点でどうかしている。

 いや、まぁ考え方によっては現場からの要請を素直に受け入れる度量の大きな人物、とも捉える事が出来るが、その目的が何の軍事的価値も有さない地点に立て籠もる敵を殲滅する事、その理由は〈帝国〉軍に敗北の文字は無いという下らない意地なのであった。

「とにもかくにも」

 ぼやくのは終わりだとばかりに、ケマルが高い声を出した。

「どうにかしてこの状況を打破しない事には、参謀長殿が有言実行しかねません」

「そうだな」

 アルメルガーはどっかりと地面に胡坐をかいて座り込んだ。

 旅団長としてそれはどうかと言う恰好のまま、顎を撫でて考える。

「閣下」

「ああ。……仕方が無いか」

 アルメルガーはふぅと息を吐き出すと、覚悟を固めるように眉間に皺を寄せた。

「手持ちの弾薬、残量はどれくらいだ」

「それなりに余裕はあります。特に擲弾砲はほとんど活躍していませんから、一門当たり二百発は残っています。野砲についても、どの道、明後日には再び補給が届きますから。今日か明日の一日程度ならば、盛大にやってもお釣りが出るでしょう」

「猟兵どもは牙を研いでおるか」

「常に」

 アルメルガーの脳内に幾つかの可能性が浮かぶ。

 彼はその中から、最良だと思われる未来の為の一手を選択した。

「一度、砲撃を中止させろ。陣形を変える。猟兵と擲弾砲中隊には仕事だと伝えろ」

「はい。閣下」


 敵の砲撃が止んだ。

 夜明け前には指揮所へと戻っていたヴィルハルトは、その異変を誰よりも早く感じ取っていた。

 すぐさま壕から飛び出すと、望遠筒を覗いて敵陣を確認する。

 異変の原因、その理由はすぐさま判明した。

「擲弾砲を前に出してきたな」

 対岸で動き回る、鉄で出来た円筒を背負った敵兵を見てヴィルハルトは感心したような声を出した。

「中隊規模。強気ですな。対砲迫撃射が怖くないのでしょうか」

 同じ光景を目にしたヴェルナー曹長が言った。

「もちろん怖いはずだ。だから……」

 ヴィルハルトはその言葉に頷くと、擲弾砲を背負った兵の後ろから出現したものを視界に収めて、口元を綻ばせた。

「思った通りだ。見ろ、猟兵が前進してきた」

 擲弾砲中隊を追い越すように、騎銃のみを片手にした猟兵たちが続々と川へ向かって移動している。

「強引に切り込んでくるつもりでしょうか」

「どうかな」

 ヴィルハルトはヴェルナーに目をくれる事も無く答えた。

「もっと、何か別の狙いがあるように思える……擲弾砲だけでは陣地を潰せない事は、敵も知っているはずだ」

 独り言のように呟いて、望遠筒から目を離したヴィルハルトは腕を組んだ。

 確かに速射の出来る擲弾砲の方が、再装填に時間の掛かる野砲よりも制圧力に関しては優れている。

 それを猟兵の突撃支援に使うのは、まぁ、理解できる。

 しかし、この状況ではどうだろうか。わざわざ、野砲の砲撃を打ち切ってまで前進させる必要があるか。

 ……いや、むしろ擲弾砲の前進を支援する為に猟兵を突撃させるのだとしたら。

 だとしても、射程の短い擲弾砲で丘の裏手に隠れているこちらの砲兵隊やこの指揮所を狙い撃つには川を渡らねばならない。

 ならば、やはり――。

「敵、突っ込んできます!」

 ヴェルナーの声に、思考が中断された。

「砲兵隊、応戦開始」

 ヴィルハルトは命じた。

 その口元にはにやけたような笑みが浮かんでいる。

 流石に、こちらが考えを纏めるまで待ってはくれないかと思っていた。

 しかし、だからと言って状況に流されるままという訳にもいかない。

「曹長」

 ヴィルハルトはヴェルナーを呼んだ。

「予備隊の様子を見て来い。俺の命令があり次第、即座に行動に移れるように尻を叩いておけ」

「はっ」

 さて。

 どうなるのだろう。敵は何をしてくるのだろう。

 俺はどうするべきだろう。

 得体の知れない期待感を募らせているヴィルハルトの見下ろす対岸で、最初の擲弾砲による砲煙が上がった。

続きは二日後。

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