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戦鬼の王国  作者: 高嶺の悪魔
第一幕 河川陣地防御戦

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28

 ドライ川東方渡河点での戦闘が始まってから、二刻余りが経過していた。

 その日、六度目となる〈帝国〉猟兵による突撃が開始された時、彼らの後方から一斉に砲煙が生じた。

 遂に砲兵の布陣が完了したのだった。

 〈帝国〉軍砲兵の砲撃は、今まで意趣返しと言わんばかりの苛烈さで、対岸に布陣した〈王国〉軍部隊を叩き始めた。

 しかし、その鉄量に対した効果は今のところ、挙がっていない。

 〈王国〉軍砲兵は丘の稜線を盾にして、今もなお突撃を仕掛ける〈帝国〉猟兵たちを血祭に上げ続け、その砲撃をどうにか掻い潜った先頭部隊が橋を渡り、敵へ肉薄したところで突撃支援砲撃が打ち切られると、陣地に立て籠もり続けている〈王国〉軍前衛部隊が何事も無かったかのようにたちまち応戦し、瞬く間に粉砕されてゆく。


「埒が開かないな、これじゃあ」

 その日何度目かになる突撃が粉砕されたのを見たラミール・アルメルガー准将は流石に嫌そうな顔を浮かべてぼやいた。

「既に第1、3中隊は壊滅的です。各級指揮官は撤退を求めています。……代わりに第2大隊を前進させたところで、今のままでは同じ有様になるでしょうね」

 副官であるアリー・ケマル大尉も苦い顔を浮かべて言った。

 アルメルガーは後頭部を掻きむしった。

 戦いそのものは嫌いではないが、これでは部下を戦わせているというよりも挽肉機に突っ込ませているようなものだった。

「擲弾砲中隊を前進させてみては」

 ケマルが進言した。

 擲弾砲とは平射砲と共に歩兵砲の分類に含まれる、携行性と速射性を重視した砲であった。

 一撃の威力が低い代わりに、歩兵と同じ速度で移動できる。

「野砲で散々叩いているにもかかわらず、元気いっぱいに反撃してくる奴らに対してか?止めとけやめとけ」

 アルメルガーは手を払うようにして進言を却下した。

 いや、この若い中尉が言わんとする事も分かる。要は猟兵と共に突っ込ませて、直接敵の指揮所を叩いてみてはどうかと提案しているのだ。

 戦意旺盛なのは良いが、危険が大きかった。

 位置に付くまでに敵に補足されて、対砲迫撃射を受けてしまえばあっさりと壊滅してしまう。

「では、どうなさい――」

 ますかと、ケマルは言い切る事が出来なかった。

 戦場となっている場所から、砲撃とは違う爆発音が聞こえたからだった。

 咄嗟に振り向いた彼らが目にしたのは、味方の兵士ともども川に架かった小さな橋が木っ端みじんに吹き飛んでいる光景であった。

「……閣下。橋が、爆破されました」

「おぅ」

 顔面中を渋くさせながら、ケマルが見たままを報告した。

 アルメルガーは投げやりに応じた。

 衝動的に頭を抱えたくなったが、辛うじて堪える。

 戦場で指揮官がとるべき行動では無い。

 代わりに葉巻を咥えて火を点けた。

 紫煙を鼻からもうもうと立ち上げながら、アルメルガーは頭の中で状況を整理した。

 これで自分たちは、戦闘を続ける為に兵士たちを川に突っ込ませる他無くなった。

 小川と言えど、水の中では足は遅くなる。

 川の中で転びでもして銃が濡れてしまえば、使い物にならない。

 迂回するのはどうだろうか。

 敵に悟られぬように、離れた場所から部隊を渡渉させる。

 しかし、渡るにしても東側は深い森が広がり、土地勘の無い兵を進ませたところで迷うのが目に見えている。

 西側はと言えば、敵の旅団が布陣している。気付かれずに渡るのは不可能に近い。

 では、架橋するか。

 あの砲弾の雨の中で? 冗談にもならない。


「大したもんだ、やっこさんは」

 アルメルガーは長々と嘆息した。

 例え、どれほど彼が軍事的才能を有していた所で、ここまで状況が固まってしまった後で出来る事は限られていた。

 あの場に布陣する敵が、ここまで計算していたとするのならば、大したものだった。

 しかし、諦める事も任務を放棄する事も出来ない。

「閣下?」

 痛みを覚えるほど強く額を揉んでいると、ケマルが心配する声で呼びかけた。

「攻撃を中止する。戻って来た連中を労ってやれ」

「は」

「第1大隊の生き残りを第2大隊に編入して再編しろ。それから、砲兵指揮官を呼べ。あの敵、舐めて掛かると痛い目に遭いそうだ」

 再び顔を上げたアルメルガーの顔には、野性的な表情が浮かんでいた。

 若い大尉はそれを見ると、ほっとしたように息を吐いた。

 無論、彼らの理性は任務の中止を叫び続けている。

 今更この場所を占領したところで、大勢には何らの変化も望めないからだ。

 しかし、例えこの任務にどれほど軍事的価値が無くとも、ここで死んでゆく部下たち、その犠牲は決して無意味では無い。

 戦場で流される彼らの血こそが、彼らの滅んだ祖国、故郷の独立自治を得る為の代償に他ならないからであった。


 ―― 三日後。

 河川陣地における防御戦に関して、ヴィルハルト・シュルツ少佐は概ね満足していた。

 確かに敵の砲撃は、我軍の同規模の砲兵部隊に比べれば遥かに激しいものだが、やはりと言うべきか、ひたすら強固に作らせたこの陣地は見事に敵の砲弾を耐えている。

 しかし、当然ではあるが、問題が全く無いわけでは無かった。


 陽がすっかり落ち、群青へと染まった空に散発的な砲声が響いている。

 今日の戦闘が一区切りついたところで、ヴィルハルトは大隊本部の天幕へと戻ってきた。

「各隊の損害をまとめたところ、今日までに戦死12名、負傷34名が報告されています」

「戦死の詳細は」

 うんざりしたような顔つきのエルヴィン・ライカ中尉から報告を受けたヴィルハルトは、目頭を揉みながら言った。

 12名という数字の意味について考えている。

「第2中隊から8名。兵7名、下士官1名。第3中隊は兵が4名です」

「下士官は誰だ」

「アルフレッド・ドーマス伍長。第12旅団からの増援で来た者です」

 ヴィルハルトの安堵したような溜息は、砲声に掻き消された。

 着弾し、巨人が足踏みでもしているような振動が大隊本部の天幕を揺らす。

「この調子だと、明日はまた増えますよ」

 エルヴィンは顔を顰めていった。

「分かっている」

 ヴィルハルトは不機嫌そうに応じた。

 再び、砲撃音。遠くから伝わってくる着弾の衝撃。


 これこそが、全ての問題の原因であった。

 敵と接触してからというもの、突撃を仕掛けられれば叩き返し、こちらからは一切打って出ないというヴィルハルトの方針がどう災いしたのか。

 或いは、橋を吹き飛ばした事が引き金になったのかもしれない。

 〈帝国〉軍は力押しによる突破という戦法を、陽が暮れた後もひたすら砲撃を続けるという戦法に切り替えて来たのだった。

 恐らく、昼の間に当たりを付けてあるのだろう、夜に闇の中にあってさえ、〈帝国〉軍の砲撃は嫌になるほど精確だった。

 お陰でこの三日間、昼夜問わず前衛部隊はひたすら壕の中へ閉じ込められている。

 もちろん、この陣地はたとえ一晩中だろうと十日だろうと、砲弾で打ち据えられたところで、崩されることはないだろうという確信はある。

 それこそ、敵が攻城砲でも持ち出してこない限り。

 だが、砲弾が削り取るのは地面だけでは無い。

「今日の戦死者三名の内、二人は退避に遅れた事が原因ですが、もう一人は退避壕に入ったにも関わらず、突然叫んだかと思うと榴弾降り注ぐ外へ飛び出したとか」

 珍しく冗談っぽさを忘れているエルヴィンが手元の資料を叩きながら言った。

 流石に三日も寝ていないと、この男でも不機嫌になるらしい。

 そう。絶え間ない砲撃は、そこにいる人間の精神を確実に食い荒らしていくのだった。

 ヴィルハルトは凶悪な目つきを更に歪めながら、その報告について考えた。

 確かに身動きはとれないが、実際のところ状況はそれほど悪くは無い。

 後方から伝えられた期限である、あと四日程度ならば耐え凌ぐことは可能だろう。

 任務は完遂できる。

 しかし、その後はどうだろう。

 このまま撃たれ続けていては、撤退もままならない。

 兵の損害も無視できない。

 任務の価値に対する代償が大きくなりすぎる。

 何よりも。

「このまま持久し続けても、面白くないな」

 ヴィルハルトは組んだ両手の上に顎を置いて、ぽつりとそう漏らした。

 しばらく何事かを考えた後で、唐突にウェスト大尉を呼ぶように言った。

続きは2日後。

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