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少し遅れました。済みません。
ブックマークが増えてる!!
ありがてえ、ありがてえ・・・・・・!(男泣き)
対岸を埋め尽くしていた〈帝国〉軍猟兵の姿が、爆炎によって覆われる様を目撃した、〈王国〉軍右翼陣地指揮官、エルンスト・ユンカース中尉はいつも通り後悔していた。
――俺は一体全体、こんなところで何をやっているんだ?
戦争をやっているなんて、王都に居る母と妹になんて言い訳すればいい。
ああ。畜生。こんな事なら、大人しく中央で阿呆貴族どものご機嫌取りでもしておけば良かった。
陣地後方から二度目の一斉砲撃、着弾によって生じた爆風の名残が対岸から押し寄せて、内心で自分を罵倒し続けている彼の頬を撫でた。
エルンスト・ユンカースは貧しくはないが、決して裕福とも言えない家の生まれであった。
早くに父親を亡くした後、一時期一家は貧困の底へ落ちかけたが、母親の寝食すら惜しんだ努力により、貧しさを感じる事は少なかった。
それどころか、彼と彼の妹は初等教育にも通う事が出来た。
息子が王立大学院は無理にしても、何らかの上級教育学校への進学が望める程の頭脳を持つ事が判明すると、母親はしきりに彼へ進学を薦めるようになった。
しかし、その頃になると実家の金銭事情にそこまでの余裕がない事くらいは予想がついていたユンカースの考えは反対であった。
出来るならば、何処かそれなりの商会にでも雇って貰い、母の苦労を減らしたいと望んでいたのだった。
この頃から、後悔を友として
結局、彼は母の願いと自分の願望を如何にか現実へ折り合いを付けさせることにした。
つまり、進学と同時に学費が掛からず、それどころか俸給の出る士官学校を選んだのだった。
無論、この理由を母に打ち明けた事は一度も無かった。
とは言え、試験に受からねば入校も何もない。
落ちたら落ちただと開き直っていた彼だったが、幸いと言うべきか、不幸と言うべきか。
当時、〈王国〉前王の国策を受けて、平民出身の受け入れ枠を大きく広げていた士官学校は彼の入学を許可した(ヴィルハルト・シュルツやエルヴィン・ライカなども、この恩恵を受けた一人であった。そうでなければ、そもそも孤児の出身である者が将校になどなれるはずが無い)。
士官学校の成績は中の上。つまりは無難な位置であった。
まともな態度さえ取っていれば、少佐くらいまでは順調に昇進し、定年間際に中佐。
退役後は年金を受け取る、のんびりとした余生が待っている。
―― はずだった。
それがほんの些細な気まぐれと、いい加減に貴族たちのご機嫌取りに飽き飽きしていたという事もあったが、国境部隊への異動と言う名誉ではあるが誰もやりたがらない仕事に自ら名乗り出てしまった。
そして現在の、この様であった。
畜生。あの時。馬鹿な事をせずに中央軍に残っていれば……。
いや、どの道後悔していただろうな。
士官学校では無く、普通の学校へ進学していたら。いや、そもそも進学などしなければ。
軍になど入っていなければ。
どうせ、その時はその時で何か別の事に後悔していただろう。
俺の事だ。どうせ、そうに決まっている。
ユンカースはいつものように、そう決めつけた。
「中隊長! 敵が橋に到達します!」
傍らで敵陣を盗み見ていた軍曹が報告し、彼は堂々巡りを繰り返す思考の渦から現実に目を向けた。
「平射砲の準備は」
内心がどれほど後悔で埋め尽くされていようと、その口から出る声には冷静さのみが響いていた。
「いつでも撃てます」
軍曹が即座に応じた。ユンカースは頷いた。
「しっかり抑えておけよ。敵が橋を渡りきるまで、絶対に撃つんじゃないぞ」
「はい」
答えた軍曹の声には何処か、何を今さらと言うような響きがあった。
あえて気付かぬふりをして、ユンカースは壕から頭を出して敵陣を睨んだ。
最後の弾着。その砲煙が晴れた後には、焦げ茶の軍装に身を包んだ集団が損害など受けていないかの如く突き進んでくる。
「中隊総員、装填。射撃は中隊長の命令を待て」
彼が囁くように命じた命令は直ちに中隊全員へと伝わった。鉄の擦れ合う音が壕内に満ちる。
30名ほどの敵猟兵が橋を一気に駆け抜けると、その先頭が地面へと足を付けた。
瞬間、ユンカースは腰に吊っていた軍剣を抜き放った。
「平射砲、撃ち方始め!」
野砲よりも甲高い砲撃音が響き、壕よりも前に構築された掩体内に砲座を据えていた三門の平射砲が一斉に火蓋を切った。
一拍の間も開けず、砲弾が人の群れに飛び込む。
直線状に居た何名かの腕や足、或いは胴体が吹き飛び、焦げ茶で装飾されていた集団に新たな色彩を追加していく。
しかし、敵は止まらない。
流石は〈帝国〉軍。いや、流石は〈トルクス特別自治領〉軍猟兵。
その勇猛さに舌打ちする代わりに、唇を舐めて湿らせるとユンカースは次の命令を下した。
「中隊、射撃用意! 目標、敵猟兵先頭!!」
軍剣を振り上げると、彼は壕から出た。
彼の後ろでは兵士たちが壕から半身のみを露出させて、銃を構えた。
突っ込んでくる敵、そこまでの距離を目視で図る。
小銃の一斉射撃による効果が最も高まる50ヤードまであと少し。
頬を汗が伝った。
瞬きを忘れ、息を大きく吸い込む。
敵猟兵の目がユンカースを捉えた。目が合う。黒目と白目の境まではっきりと見えた。
その敵へ向けて、斬撃を飛ばさんばかりの勢いで軍剣を振り下ろした。
「撃てぇ!!」
背後に銃口を連ねた、180の小銃が一斉に火花と白煙を噴き出す。
ユンカースの眼前で、先ほど目が合った敵猟兵がばったりと倒れた。
しかし、敵はまだ諦めない。
「次弾装填! 平射砲、放て!!」
命令一下、平射砲が再び発射された。
人の身では決して抗う事の出来ない、鉄の暴力が再び振るわれる。
濡れた紙を指で突くように、敵の列に穴が生じた。
「装填終わりました!」
軍曹が叫んだ。
「よし、各自照準自由! 狙え!」
一度目の一斉射撃、平射砲による直接火力投射。
それでいてなお、半数以上の敵が残っている理由を、敵が散開している為だと気付いたユンカースはそう命じた。
180の銃口がそれぞれ、ゆらゆらと揺れた後でぴたりと動きを止めた。
「撃て!!」
再度、火と煙、そして鉄を吐き出す合唱が鳴り響く。
駆けていた敵猟兵がバタバタと倒れ、僅かに生き残った者たちが這うようにして後ろへ退いて行った。
「お見事です」
軍曹がそっと囁いた。
「次が来ているぞ。装填を急げ」
軍曹からの、見直しましたと言わんばかりの称賛に、ユンカースはぞんざいに手を振って答えた。
右翼陣地は敵の突撃第二波も同様に粉砕した。
左翼から的確な援護を受ける事が出来たため、一度目よりも楽だったかも知れない。
兵士たちからは余裕のようなものさえ感じられる事に、ユンカースは見事なものだと素直に思った。
右翼陣地に籠る第2中隊は、彼が第12旅団から引き続き指揮している兵士ばかりだ。
死線を共に潜り抜けた上官と一緒の方が、兵士たちも安心だろうという大隊長からの気遣いで人員の入れ替えはほとんど行われていない。
だが、正直なところ彼らは皆、敗残兵と呼ばれても仕方のない者ばかりであった。
当たり前だ。ユンカースも含めて第12旅団の生き残りは全員、〈帝国〉軍の圧倒的な戦力と火力に成す術もなく逃げまどって来ただけなのだから。
しかし、この大隊と合流し、再編されたこの中隊の戦力は明らかに倍増していた。
その理由を、ユンカースは考えずとも理解できた。
元々、この大隊に居た下士官たちを何名か受け入れたからであった。
その部隊の戦闘力を向上させる要素として、装備や士気の高さ、指揮官の質は当然としても、何より部隊の屋台骨となる下士官の能力を無視する事は出来ない。
部隊戦闘と言うものを、計画的な殺人計画として考えた場合の将校、下士官、兵士がそれぞれ果たす役割を当てはめていけば、その理由は明白である。
殺害する対象を決定し、計画を立案し、その為に必要な様々なものを用意して実行を命じるのが指揮官、将校の役割だ。
そして、その命じられた計画を一寸の狂いも無く実行に移すのが下士官の仕事である。
兵士は凶器に過ぎない。
だからこそ、この大隊に居る下士官たちの程度の高さにユンカースは舌を巻いていた。
命令は簡潔であれば良く、必要以上の言葉は要らず、一旦命令を発してしまえばあとは各々が状況に応じて適時調整、最適化してくれる。
なんともはや。
あの大隊長、一体どんな教育をしていたんだ。
三度目の突撃を追い散らした後で、ユンカースは呆れたような溜息と共にそんな事を考えていた。
軍曹がやって来て、損害は皆無ですと伝えた。
よろしいと彼は一息ついた。
胸の中で後悔が頭をもたげはじめた。が、対岸では新たな敵が動き出していた。
すぐに思考を切り替えて、新たな敵に備えた。
ここまで来て、ユンカースはようやく自分が戦闘を嫌っていない事に気付いた。
理由は単純だった。
戦闘中は後悔している暇も無くなるからだった。
その事に思い至り、なんてこったと内心で嘆いた。
新しい後悔の種が生まれたが、すぐに銃声で掻き消された。
つまり、戦場こそが彼をあらゆる後悔から解き放つ唯一の楽園だった。




